第72話 第八階層 階段の先へ

 そこでアル様が僕の肩をトントンと叩いた。

「そもそもなんだがね、精霊は本来実体を持たないものなのだよ。普通にカウントされなくても問題はないんだ。召喚士もダンジョン内で従魔を召喚することができるしねぇ……。何事にも例外はあるということさ」

 そういえば、精霊界は実体のない世界だから、妖精界のように人間が入り込むことはできないって、ずっと前に聞いたことがあったような……?

 ないような?


 メエメエさんも鼻息を荒くしている。

「エレメンツですから、大抵の者には触れることができません。空気のような存在なのです。我々はハク様の魔力のおかげで、こうして実体を保つことができています。ハク様ありきの存在なのです!!」

 七人の精霊さんとミディ部隊も、キリリ眉毛でコクコクとうなずいていた。

 精霊さんの神秘かな~。


 あれ?

「じゃあ、ワームに飲み込まれたメエメエさんは、そのダンジョンのことわりに誤認識されたの? だって精霊は個体としてカウントされないんでしょう?」

「ああああああ! トラウマが蘇りましたぁぁぁ~~ッ!!!」

 急にメエメエさんが悶え苦しみ出し、床をゴロゴロと転げ回っている!

 全員がギョッとして、一歩後ろに退いたッ!?


 それを見たアル様が腕を組んで首をかしげる。

「あれじゃないかね? ダンジョンにとっては、メエメエさんの存在感が明確過ぎて、苛立ったんじゃないかね?」

「つまりメエメエさんが、ウザ黒羊と認定されたってこと?」

「そうかもしれないねぇ~、あっはっはっは~~!」

 笑うところなのかわからないけど、メエメエさんなら納得だよね。

「さすがはメエメエさん! ダンジョンに嫌われた闇落ち精霊!」

「キィ~~ッ!!」

 褒めたのに、モフモフアタックが飛んできたよッ!?

 周りの大人たちは苦笑しているだけだった。


「まぁ、冗談はさておき、グリちゃんたちも強大な力を持った精霊王だから、確実に敵認定されているはずだ。ミディちゃんたちのように、階層を飛び越えることは不可能だろうさ。ハクと一緒に地道に踏破するしかないねぇ」

「は~い!」

 みんなは手を挙げて、いい子のお返事をしていた。

「はいニャ!」

 そこに子ネコ型ニャンコズも混ざっているね。

 うん、間違いなくクロちゃんシロちゃんも、ダンジョンから敵認定されていると思うよ!

 地面のある階層では大活躍だったもんね!



「ところで、第七階層の宝箱は確認したの?」

「はい。時間がなかったので、簡単に中を確認しただけですが……」

 メエメエさんの話では、魔法の釣り竿・魔法の網・空気ブローチとカチューシャの四種が入っていたそうだ。

 ほかは何かの鉱石で、あとで詳しく解析すると言っていた。

「釣り竿と網はクルーザーの収納庫に入れたそうです。空気ブローチとカチューシャは詳しく調べたいというので、ラビラビさんに預けてきました。また全員分用意してくれると思いますよ」

 へぇ。

 名前だけ聞いても使い方がわからないよね。

「ああ、耳栓も頼みましたから!」

 ついでのようにメエメエさんがつけ足していた。


 ラビラビさんから渡されたミニチュアクルーザーは、いったんユエちゃんの影の世界に預かってもらった。

 持ったままでは歩きにくいし、何か起きたときすぐに対処できないのは困るもん。

「任せて! 必要になったらすぐに言ってね!」

 ユエちゃんもお仕事を任されてウキウキしていたよ。

 これで準備完了かな?




 第七階層の安全地帯を出て、次なる階層へ向かって階段を下りていく。

「ここも水の階層だぞ」

 第八階層に探りを入れたジジ様が、元気な声で教えてくれた。

 父様とアル様に挟まれながら進む僕に、アル様も笑顔で話しかけてくる。

「やぁやぁ、なかなか景観のいい場所だったよ! ダンジョンでなければ避暑地になるのにねぇ」

 へぇ?


 階段の出口に、明るい光が差し込んでいる。

 ヒューゴが先頭に立って一歩踏み出せば、ジジ様とライさんが光の中に消えていく。

 そのあとにエルさんが続いて、アル様が僕のほうを見て告げた。

「すぐに水上になるから、ブーツに魔力を通しなさい。うっかりこけないでおくれよ?」

 おどけたように笑って僕に指示し、先に踏み出していけば、空いた場所にルイスが並んだ。

「坊ちゃん、準備はいいッスか?」

「うん。大丈夫だよ」

 指示どおりブーツに魔力を通して、父様とルイスに挟まれながら一歩前に出れば、外のまばゆい光に目がくらんでしまったよ!

 暗い場所からいきなり明るい所に出ると、こうなってしまうよね。


 僕のすぐ後に続いたメエメエさんと精霊さんたちが、上空で歓声を上げている。

「離れるなよーっ!」

 ジジ様の鋭い声が響いた。

「はーい!」

「了解です!」

 素直に応える声が聞こえたよ。


 やがて目が慣れてきたので足下を見てみれば、音を立てて流れる川の真上に立っているんだよ!

 水は透明度が高く、底の石がはっきりと見える。

 清流と言っていいんじゃないかな?

 流れはかなり早く、周囲に魚や魔物の影は見当たらない。

 川幅が四~五十メーテくらいはありそうな大河の両側には、これまた豊かな森が広がっていた。


 どこまでも真っ直ぐ流れる川に、僕が驚いていると、父様が声をかけてきた。

「ハクが驚くのも無理はないぞ。いきなり川の上に出るなんて、私も初めての経験だ。……我々は重力操作ブーツがあるからこのまま踏み出せるが、普通の冒険者だったら、一瞬で急流に呑まれて溺死もあり得る」

「この急流だと、重装備だったらヤバいッスね」

 ルイスの視線がヒューゴに注がれていた。

 それに気づいたヒューゴが口をへの字に曲げて、メッチャ目を細めていたよ。


 僕らのあとに続いて、カレンお婆ちゃんとカルロさんが川の上に降り立てば、最後にミディ部隊が階段から飛び出してきた。

 全員がこの場から周囲を見回しているけれど、特に緊張している様子はない。

「昨日三時間ほどこの辺を回ってみたが、魔物どころか魚の一匹も見かけなかったんだよ。森から襲ってくる魔物もいなかったねぇ」

 アル様が首をグルリと回して、腕をストレッチしている。


 後ろを振り返っても、川はずっと遠くまで真っ直ぐに伸びているだけ。

 ここは第七階層よりも涼しく、初夏の風が吹き抜ける空は、どこまでも澄んで清々しい。

 ダンジョンだということを忘れそうになるよ。

「アル様が言ったように、ここは避暑地っぽいですね」

「そうだろう! 川下りを楽しんだり、河原でバーベキューをするのにもってこいといった雰囲気だねぇ。豊かな森があっていい感じだよ!」

 ニコニコご機嫌さんだね。

 ハイエルフのふたりもリラックスして笑っていた。


 その川の真ん中に、ぽっかりと開いた第七階層へ続く階段がある。

 気になったのでその裏側に回ってみれば、黒い板が浮かんでいるように見えた。

 再び表に回れば、奥が真っ暗な階段で、そこに足を踏み入れることができるんだよね。

 水面から十センテくらいの空中に浮かぶは、不自然さと異質感が半端ない。

 アル様とエルさんも昨日じっくり検分したんだって。

 結局詳しいことはわからなかったみたいだけど。


 僕はこそっとメエメエさんに耳打ちした。

「薄っぺらい板のような境界だよね。この空間は幅十センテもないよ」

 前世のアニメで見た、あの有名な扉のようだね。

「植物園の転移門もこんな感じですが、……ハッ!? もしやパクられましたかッ!?」

 メエメエさんが蹄を口に当てて驚愕に震えていたけれど、どう考えてもダンジョンのほうが先じゃない?

 僕の植物園の歴史なんて、たったの十一年だしさ。

「そうでした!」

 メエメエさんは蹄をポンと合わせていたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る