第71話 出発前準備

 いったん陸に上がって、みんなでおやつを食べていると、ラビラビさんがテッテッテ~と走ってやってきたので、僕は胸を張って湖上に停泊するクルーザーの説明をした。

 いかに自分の想像力が素晴らしいか、いかに僕の操縦テクニックが優れているか、話して聞かせたんだ!

 さんざん自惚れを聞かされたあとで、ラビラビさんが返事をした。

「そもそも、この魔道具が素晴らしいからですね。……このデザインをベースに、私が改良を加えておきます。お任せください!」

 僕の自慢は右から左へと聞き流され、ラビラビさんはこれからの改装に胸を躍らせているようだった。

 ガックリ肩を落とす僕を、バートンが慰めてくれた。

「今日のハク様は光輝いておいででした」

 その言い方だと、いつもの僕がいかにショボいかわかるよね……。

 西に傾き始めた斜陽が目にしみたよ。


 早速とばかりにクルーザーの内部を検分するラビラビさん。

「ふむ、外側の強度と内装に重点を置きますか……」

 脳内プランが出来上がったみたいだね。

 そこで思い出したように、ラビラビさんが僕のほうを見る。

「ご報告ですが、お祖父上様が何名かを率いて、第八階層に探りを入れてきたそうです。内容を窺ったあとでこの船を見て確信しました! この先この船は絶対役に立ちます! あの重力操作ブーツと合わせて、必ず必要になりますから、残りの時間はブーツで水面を走る訓練でもしていてください! 朝までには改装を終えてお届けいたします!!」

 それだけ言うと、ラビラビさんはその場でクルーザーの改造に着手した。


 えぇ?

 このあとも操縦する予定だったのに、強制的に変更されちゃうの??

 しょんぼりさんだよ。

「坊ちゃま、私もお手伝いいたしますので、重力操作ブーツを自由自在に操れるようになりましょう? 努力は裏切らない……はずです」

 最後のほうが、尻すぼみになってない?

 もしかして、本心では僕には限りなく困難だと思っているんでしょう?


 その後、仕方なく重力操作ブーツで訓練することになった。

 なぜかオコジョさんが鬼教官と化して、僕をしごいてくるんだよ!?

 精霊さんたち&カワウソさん&ダルタちゃんの、キレッキレのオタ芸ダンスに励まされながら、ドリーちゃんに冷やかされつつ、僕は必死に水面を走り、空を飛ぶ練習を続けた。

 ナガレさんはのほほ~んと笑っていただけ。


 太陽が西の空に隠れるころ、なんとか水面を滑るように移動できるようになったんだよね。

 走ろうとすると足がもつれるから、スケートのイメージでやってみたらできた。

 ようやく僕は、魔法はイメージということが理解できたんだと思う。

 今日一日で僕は進化した!

 空中でも走れるんじゃないかと思ってやってみたら、うまくいかない。

「そら、え~いって、とぶの~」

 フウちゃんのふんわりした指導の下、なぜか精霊さんたちのフヨ~飛びができるようになっていた。

 足は動かしていない。

 身体全体が横にフヨフヨ移動する感じ?

 スピードはメッチャ遅い。

 それでもみんなが僕を褒め讃えてくれた!

 バートンがハンカチを取り出して、目頭を押さえていたんだ。


 今日一日で僕は、ずいぶん成長できたんじゃないかな?

 うん。

 僕は頑張った!

 休養日なのに頑張ったんだぁーーッ!!

 太陽の沈んだ空に向かって、両手を突き上げ、心の中で叫んでいた。


 こうして、短い休日はあっという間に終わっていく。

 そんな僕にバートンがほほ笑んで告げた。

「充実した一日でございましたね!」

 えぇ……?



 翌日は朝から身支度を整えて、ウサウサテントに向かう。

 今日の装束はマーサ見立ての、優しいレモンイエローのポンチョ。

 黄色からオレンジ系の微妙な濃淡の糸で、太陽をモチーフにしたデザインの刺繍が施されていた。

 かなりおしゃれな感じだよ!



「水の階層とのことでしたので、撥水機能があるそうですよ」

 今回の浄化笠は、黄色のつばつき帽子だった。

 オレンジのリボンに魔法陣が刻まれているみたい。

「風で飛ぶといけませんから、顎の下で結ぶ紐を縫いつけておきましたよ!」

 マーサが輝く笑顔で告げた。


 それを装着して鏡の前に立てば、絶句した。

 なんだか小学一年生みたい……。

「…………これは必要なときに被るね! そのときまでマジックポーチに入れておくよ!」

 慌てて黄色い帽子を脱いで取り繕えば、マーサも渋々ながら了承してくれた。

 凄く不本意そうだったけど……。

 これに斜めがけバッグや、ランドセルだったら危なかった!

 朝から変な汗をかいちゃったので、自分に浄化魔法をかけておいたよ。


 腰に二本の杖とマジックポーチを装着し、大杖を持てば準備万端。

「行ってきま~す」

「気をつけて行ってらっしゃいませ。ご用が終わったら、寄り道しないで真っ直ぐ帰ってくるんですよ~」

 マーサとバートンが手を振って見送ってくれた。

 寄り道する場所なんかないよね?


 合流したメエメエさんの、開口一番のセリフがこうだった。

「白装束は聖職者のような佇まいでしたが、水色に薄緑ときて、今回は小学生みたいですね!」

 余計なお世話さま!

 ピッカちゃんだけは発光しながら喜びを表現してくれている。

「いっしょ! ピカピカいろ~!」

 その言葉にハッとした。

 この衣装は、夜に蛍光色で発光しないよね⁉

 アワアワする僕を、メエメエさんが呆れた目で見ていたよ。



 父様たちとはウサウサテントの中で合流する。

 そこには全員集まっていて、ラビラビさんが最終確認をしていた。

 みんなに朝の挨拶をしてからラビラビさんに近づけば、僕にクルーザーのおもちゃを手渡してくる。

 船体には『ハク号』とおしゃれなデザインで書かれていたよ。

「完成しました。このままお持ちください。細かな部分はハク様の判断で、必要に応じて変更してもかまいません。――――いいですか? 魔法はイメージです。ハク様にはそれを具現化できる魔力があります! それを忘れないでくださいッ!!」

 血走ったキリリ顔で言われたので、神妙にうなずいておいた。


 ねぇ、どれだけ僕をボンクラだと思っているのよ?

 そもそもクルーザーの船体を作ったのは僕なんだよ??


「では、私はこれにて失礼ッ!!」

 ラビラビさんは自分の言いたいことだけ告げると、脱兎のごとく駆け出して、バタンと扉を閉めてしまった。

 それを見たメエメエさんがつぶやいた。

「ビビリはダンジョンの気配から、一秒でも早く逃げ出したいんです」

 僕もビビリだから帰ってもいい??

 メエメエさんが僕の頭に飛びついて叫んだ。

「この! おいしそうなフルーツ色め! 根性が甘々デッス!」

 かじりつくのはやめて!

 周りの大人たちは僕らのやり取りを笑ってみていたよ。

 緊張感がなくてごめんね~。


 第八階層に挑むメンバーは前回と同じだ。

 次の転移ポータルが見つかるまでは、彼らは地上に帰らないそうだよ。

 ジジ様&カルロさんにアル様、従士のヒューゴ&ルイス&カレンお婆ちゃん、ハイエルフのライさん&エルさん。

 そこに僕と父様と七人の精霊さんと、ニイニイちゃん&モモちゃん、ニャンコズと十二人のミディ部隊だよ。

 ミディちゃんたちは隊ごと入れ替わったそうだ。


「あれ? ダンジョンって自力で踏破しないと、階層移動できないんだよね? ミディちゃんたちはいいの?」

 気になったので聞いてみたら、心底呆れた様子でメエメエさんが答えてくれた。

「今ごろですか? ミディ部隊は全員ハク様の眷属ですよ。主であるハク様の力の一部としてカウントされるんです。よって、いつでもどこでもメンバー交代が可能です! ハク様に従う精霊はすべて、植物園の食料を食べて、ハク様の魔力が髪の先までも浸透しているんですッ!!!」

 またしてもメエメエさんに噛みつかれた!


 なんか僕が精霊さんたちを侵食する、菌のように思えてきたよ!?

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