第69話 おもちゃの船

 おもちゃの船を手に持ったまま、途方に暮れる僕に、バートンが声をかけてきた。

「坊ちゃま。クルーザーがどういったものかは存じ上げませんが、まずはシンプルなボートをイメージしてはいかがでしょう? 小さいものから始めるほうが、魔力的にも負担が少ないと思います」

 おお! 

 冴えてるね、バートン。

 実際の維持や動力に、どれだけ魔力を消費するかわからないもんね。

 ここは無難なボートから試してみようか?


 早速湖の波打ち際に歩み寄る。

 とりあえず、靴と靴下を脱いでから、膝下くらいの深さまで進んでみた。

 ナガレさんの湖は急に傾斜が深くなっていくから、あまり先まで進むと、泳げない僕が溺れてしまうかもしれない。

「バートン、うっかり溺れたら助けてね!」

「かしこまりました!」

 振り返れば、すでにバートンは靴を脱いでズボンの裾をまくり終え、いつでも僕を救出に向かう準備が整っていたよ。

 うん、溺れることが前提になっていない?

 

 息を整えると、おもちゃの船を水に浮かべて、手を添えたまま魔力を充填してみる。

 まずはボートのイメージで。

 注意しながらゆっくり魔力を注入すれば、おもちゃの船がグングン大きくなって、ふたり乗りのボートに変わったよ!

 おお!

 ふぁんたすてぃっく!!

「お見事でございます!」

 バートンが拍手をすれば、精霊さんたちもキャッキャと喜んでくれた。


 僕とバートンが乗り込んで、『ゆっくり動け』と念じて見れば、ボートは低速で湖へ向かって滑り出す。

 精霊さんたちはボートの回りを飛びながらついてきているよ。

 最初は歩く速さで、やがて少しずつ速度を上げていく。

「船の速度って、どのくらいが適正なんだろう?」

「坊ちゃまが快適と思った速度でよろしいと思います。万が一、これに乗って逃げるとなったときは、旦那様やアルシェリード様がご指示くださいます」

 バートンの言葉に納得したよ。

 最初は心配そうに見ていたバートンも、爽やかな風を切って水上を走るボートに、いつしかリラックスしてきたようだ。

 風を頬に感じて進むと、気持ちがいいよね。

 いつかの悪夢のラフティングとは違って、周りの景色をのんびり見回せるのもいい。

 これはこれで植物園のアトラクションのひとつにできるんじゃないかな?


 しばらくすると、ボートの側にナガレさんとオコジョさんとカワウソさんが泳いできた。

「なんだ! おもしろそうだな!」

 おもしろ好きのオコジョさんがボートの縁を掴んで叫んだよ!

 グラリと傾いて慌てた!

「わぁ!? 危ないから片側に体重をかけないでよ!」

 転覆しちゃうよッ!?

「ワシの体重なぞ、微々たるものだぞ!」

 オコジョさんがムッとしている。

 言われてみれば、みんな精霊だから体重は重くなかったね!


「まぁまぁ、いきなり飛びついたオコジョが悪いのう……。ハク坊は泳げないし、のう?」

 ナガレさんがつぶやいて、憐みの視線を送ってくるんですけどッ!?

 水面にひょっこり顔だけ出したカワウソさんが、瞳を輝かせて叫んだ!

「そのときはボクがハクちゃんを助けてあげる!」

 カワウソさんの素直さがまぶしかった。


 そこでバートンが僕に提案してくる。

「ボートの片側に力が加わると、当然ですがバランスが崩れます。その状態になっても安定走行できるように、訓練しなければなりませんね」

 えぇ……。

 魔力充填するから、ほかの人が操縦してくれないかなぁ。

 運動音痴の僕に多くを求められてもね……。


 少しだけブルーな気持ちになりながら、午前中いっぱい船の操縦練習をすることになったんだ。

 ナガレさんが湖面に大きな波を作ってくれたので、転覆しないように方向転換の練習をしてみた。

「船体の横に波を受けると転覆するぞう~」

「舵を切れ~~!! 」

 ナガレさんはともかく、オコジョさんがうるさい。

 このボートに舵もオールもないッ!!


 ナガレさんとオコジョさんの厳しい指導の下、軽い時化しけくらいなら、なんとか船を操れるようになっていた。

 カワウソさんと精霊さんたちは、最初のうちは応援してくれていたけど、飽きたのか途中から波乗りをして遊び始めてしまったよ。

 彼らの心は移り気だね。


「坊ちゃまは魔導船の操縦に、適性がおありでございますね」

 バートンが水飛沫に濡れそぼりながら、僕を褒めてくれたんだよ!

 もれなく僕もずぶ濡れだった。

 自分でも、ちょっとだけ適性があるんじゃないかと思うようになった。

 それにはナガレさんもうなずいてくれたよ。

「うむ。ハク坊は魔導船とやらの操縦がうまいぞう。フウやクーがうまくサポートすれば、一端いっぱしの船乗りになれるかもしれんのう」

 波間から顔だけ出してニッパーと笑うナガレさん。

 実際の川や海で、カッパさんに会いたくないと思った。



 お昼になったので、岸に上がってみんなで昼食を食べよう。

 湖岸のテーブル席には、ドリーちゃんとダルタちゃんもやってきていた。

「なんだい、お前さんたちだけ楽しそうに遊んで!」

「そうニャ! 午後からは一緒に遊んでニャ!」

 遊んでいたわけではないのに、ふたりに抗議されてしまったよ。

 カワウソさんとオコジョさんが「船に乗りたい!」と言い出したので、午後からは船のサイズや形を変えてみようということになった。

 その前に、腹ごしらえをしなくちゃね!


 お食事処の店員さんたちが、僕らの行動を先読みしたように、料理を運んできてくれたんだよ。

 まぁ、植物園内の至るところにミディちゃんたちが存在するから、ネットワークが構築されていても不思議ではないんだけどね。

 木陰で服を着替えて素早く髪を乾かせば、急いでテーブル席へ駆け戻る。

 今日のメニューはパンとアクアパッツァと野菜のチーズグリル焼き、オニオンスープとカボチャプリンだった。

 ナガレさんたちはそのほかに肉料理もオーダーしていた。

 バートンが僕の前に料理を取り分けてくれたので、みんなと一緒におしゃべりしながら食べようね。


「それで、ダンジョンはどうなんだい? 順調なのかい?」

 対面に座ったドリーちゃんが興味津々で聞いてくる。

 隣で骨付き肉をかじっているダルタちゃんも、耳をヒクヒクさせていた。

 そこで僕は、ダンジョン第七階層が湖沼地帯で、ウォーター・リーパーやバジリスクが出たことを話すと、ドリーちゃんとダルタちゃんが驚いていた。

「なんだい! ダンジョンにもウォーター・リーパーがいるのかい!?」

「うん、こっちのは赤黒マダラガエルにコウモリの羽があって、異様に手足が長かったよ。大きさは妖精界のものより一回り小さかったかな?」

「お肉はドロップしたかニャ? あ、でも毒ガエルは駄目かニャ??」

 ダルタちゃんが今度はアクアパッツァを食べながら、ウォーター・リーパーの肉の話をしたんだ。

 たしか妖精界では高級肉として、高値で取引されるんだっけ?


「う~ん、どうだろう? 魔石と皮は落ちていたかな? あと毒袋も。……お肉はそのあとに出た、バシリスクからドロップしたよ。おいしかったから、妖精界のお土産に持っていってね」

 僕の言葉を聞いて、ダルタちゃんの耳がピョコピョコ忙しなく動いていた。

「食べてみたいニャ! ありがとうニャ!!」

 飛び上がって喜んでいた。

「ちょいと、ダルタ! 行儀が悪いよ! 落ち着いてお食べ!!」

 ドリーちゃんが迷惑そうに、ダルタちゃんを厳しく注意していた。

 しょんぼりと項垂れるダルタちゃんは、「ごめんなさいニャ……」と、小さな声で謝っていたよ。

 こういうところは、まだまだ子ネコちゃんなんだよね。

 うふふ。

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