第65話 第七階層 火の雨が降る

 そのとき、いきなり背中に衝撃が加わった!

 黒い弾丸と化したメエメエさんが、バリアーの中に高速で飛び込んできて、僕の背中に張りついていた!!

「ハク様! 今こそ火種の雨を降らせるときですッ!!!」

 お願いだから、もっと普通に登場して?

 驚いて口から魂が出るかと思ったよッ!!


「火種なんて、あんな大きな魔物には効果がないんじゃない? 怒らせるだけだったら、かえって悪手だよ? それに周りに散らばっているみんなに被害が出ちゃうよ!?」

 否定する僕の頭によじ登ったメエメエさんが、大きな声で叫んだ。

「ハク様の魔法は仲間を傷つけましぇ~~んッ!! 怖れずに、己を信じて今こそ打ち上げるときデッス!! 超絶火種ファイヤァァァーーッ!!!!!」

 メッチャうるさい!!


 ハイテンションで騒ぐメエメエさんに気づいたのか、遠くからアル様が声をかけてきた。

「やりなさい、ハクッ! 我々を信じるんだッ!!!」

 こっちに向かってグッと親指を立てて笑っていた。

 いつもの笑顔。

 それを見て、気持ちが静まるのを感じた。


 大杖を両手で掲げ持ち、その先端の球に力を注ぐ。

 僕の回りには七人の精霊さんと、十二人のミディ部隊が、二重の円を描いて守ってくれている。

「みんな、お願いッ! もしものときは、逃げ遅れた人を救出してあげてッ!!!」

 心からの願いを口にすれば、「わかった――ッ!!」と、元気な声が返ってきた。

 彼らの顔を見なくたって、気持ちは伝わっている。


 両手に魔力を込めて目を閉じた。

 みんなを信じて、僕は魔法を放つ。

「火種」

 静かに唱えた言の葉が引き金となって、大杖の先端から赤い光が天空に昇っていく。

 それは一定の高さに打ち上がったとき、花火のように爆ぜ、四方八方へと放射線を描いて飛来してゆく。

 しかし花火とは違って、灼熱の隕石のごとく、地上へと無数に降り注ぐのだった!!!


 えぇ?


 僕はポカンと口を開けたまま、両目を見開いてしまった。

 僕の頭の上で、メエメエさんが興奮して絶叫している!

「オオッ! これはまさにメテオです!! 真っ赤な流星雨がバジリスク王を直撃ィィィ~~ッッ!!! 燃えるぜ、ファイヤーッッ!!!!!」

「うるさいニャ!」

 飛び上がったメエメエさんに、シロちゃんが飛び蹴りを食らわせていたよ。

 メエメエさんは「ヒャッホーイ」と両手を上げたまま、横に飛んで水に落ちていた。

 ねぇ、何してるの?


 確かにメエメエさんが言ったように、灼熱の流星雨が巨大なバジリスク王の身体を無数に穿うがち、激痛に悶え、そこから逃れようとのたうち回っている。

 その振動が水面を波立たせ、僕がいる場所の水までもが高く飛び上がって揺れていた。

 周囲のバジリスクは流星雨に打たれて一瞬で蒸発し、水に落ちた無数の流れ玉が爆発を引き起こしている。

 吹き上がる蒸気と爆発と、のたうつ蛇の振動と、揺さぶられる水と大地と。

 あちらこちらが、地獄絵図の様相を呈していた――――。

 

 降り注ぐ水を頭から滴らせ、あ然と見つめていた僕は、ハッと我に返って周囲に目を凝らした。

 呆けている場合ではない!

 仲間たちを探せば、器用に空中を飛んだり跳ねたりして、バジリスク王を避けながら、流星雨をも回避していた!

 側に落ちた流星の爆発に飛ばされても、装備が守ってくれているみたい!!


 火の玉が間近に降ってきたヒューゴは、大盾で軌道を逸らしていたよッ!?

「ああ! 盾の表面が融けたぁぁぁ――ッッ!?」

 悲鳴が聞こえたけど、なんとか命は無事なようだ。

 ルイスは堪らずバリアーの中に転がり込んでくる。

「坊ちゃん! それは火種じゃないッス!?」

 ドロドロになって必死の形相で言われてもね。

「これが僕の生活魔法・火種なのっ!!」

 そんなこと言われたって、仕方がないじゃないっ!!


 周りのバジリスクたちが瞬く間に塵となって消えていく中、バジリスク王だけは穴凹だらけになりながらも、いまだ絶命していない。

 その目が完全に僕を睨みつけているんだけど、今の僕はそれから目を逸らしたりはしないよ!

 バジリスク王の憎悪を僕に一点集中させることで、その分ジジ様たちが体勢を立て直しやすくなると思うんだ。

 きっととどめを刺してくれると信じているから、僕は大杖を正眼に構えて掲げ持ち、なけなしの根性でバジリスク王を睨み返した!


 流星雨の数が徐々に減ってくる中、バジリスク王は最期の力を振り絞り、その大きな身体を天高く持ち上げた!

 偽りの太陽を覆い隠すその影が、地上に長く大きな影を作る。

 僕はそれを、なんて大きな魔物だろうと、他人事のように見上げていた。

 ゆっくりとその鎌首を下に向けて、僕に向かって大きな口を開け放つと、自らの重さのままに落下してくるんだ!?


 僕が張るこのバリアーは、あの重量に耐えられるだろうか?

 ああ、飲み込まれたらひとたまりもないよね――――。


 少しのあきらめが心をかすめたそのとき。

 盾になるように、僕の前に立ちはだかったルイスの背中越しに、緋色の大剣を持って全力疾走で飛び上がったジジ様が見えたんだ。

 手にするのは、妖精界で巨大魔物と化したバーヴァン・シーを打ち倒した、あの緋色の大剣だった。

 迫り来るバジリスク王の、大口の真ん前に跳躍したジジ様が、渾身の力を込めて緋色の大剣を真一文字に薙ぎ払う!!!

 緋色の斬撃がバジリスク王の頭蓋を真っ二つに引き裂いた!!


 僕とルイスの真上に、切断された下顎が落ちてくる!?

 なす術もなく立ち尽くた僕の横から、セイちゃんとピッカちゃんが飛び出して、無数の蒼炎弾と光線弾を打ち出した!

 蜂の巣のように穴が空いた下顎の残骸を押し除けようと、フウちゃんの暴風が巻き上がり、クーさんが水の壁をり上げる!


 反射的にルイスが僕に覆い被さって。

 瞬きの刹那。

 目の前に迫った残骸が、やがて塵となって消えて、その背後にまばゆい光が飛び込んできたんだ。


 気づけば僕は、ルイスに抱き締められたまま、ずぶ濡れになっていた。

 身体から力が抜けてくず折れる僕を、ルイスとポコちゃんが支えてくれた。

「坊ちゃん、意識はありますか?」

 心配そうにのぞき込むルイスに、弱々しく返事をして、無理にでも笑って見せた。


 大丈夫、大丈夫。

 気絶なんかしないよ。

 だって僕らは、勝ったのだから――――。



 気が抜けると同時に、膝に力が入らなくなった。

 これまたずぶ濡れのメエメエさんが、ソラタンを呼び出して、ルイスがその上に僕を乗せてくれたよ。

 シロちゃんは「よくやったニャ!」とほっぺをザリザリ舐めてくれたけど、地味に痛いよね。

 ふふふ。

 クーさんとフウちゃんが飛んできて、全身をすっかり乾かしてくれた。

 ポコちゃんが横に座って、僕の口にポーションを押し込んでくる。

「のんで~」

 グイグイ来るよね。

 僕は頑張ってそれを飲み干した。

 ルイスはそれを見て、ようやく安堵の息をついていた。

「俺も震えが止まらないッスよ」

 僕に両手を見せて笑っていたんだ。


 そうしているうちに、大人たちが集まってきた。

 装備がボロボロになって、火傷を負っているみたいだけど、なんとか動けているようだ。

 父様もずぶ濡れでボロボロ状態だったけど、笑顔で僕を褒めてくれたよ。

「よく頑張ったな! 泣かないで偉いぞ!!」

 父様のほうが感極まったように声を詰まらせ、手を伸ばして僕の頭をガシガシなでるものだから、頭がグラグラしちゃった。

 だけど甘んじて受け入れよう。

 愛情の現れだもの。

 集まった面々の顔を見回せば、疲労の色は濃いものの、笑顔があふれていた。

 ああ、誰も失わずに済んで、本当に良かった。

 心から安堵して、胸をなで下ろしたよ――――。

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