第59話 新たな転移門の先は
だいぶ遅れて地上部隊が到着すると、またひとつ宝箱が現れた。
なんだか大盤振る舞いだね!
中身は最初の宝箱と同じだった。
「ふむ。ハクは引きがいいのかもねぇ」と、アル様がつぶやいていたよ。
第六階層もかなりハードだったらしいけど、後半は食肉花と戦わなくて済んだと、父様からお礼を言われた。
「終盤はきれいな空気の中を、魔石や素材を回収しながら進んでこれたからね!」
精霊さんたちと、僕の超絶浄化魔法のおかげだね!
ちょっと前は毒まみれの焦土だったことは黙っておこう……。
大毒蜘蛛をたくさん見つけて、糸を大量に回収してきたと、レン兄が笑っていたけど、疲労の色が濃いね。
リオル兄の至っては、キラキラ度数五割減だった!
メッチャやつれているんだもん。
「さすがにこの湿気と暑さにはまいったよ……。だけどジャイアントアントの外殻とギ酸袋をたくさん回収してきたからね! あのオタマジャクシ―は全部消し炭にしてやったさッ!!」
美形のくせに目をすわらせて、「うふふ」と不気味に笑っていた。
ねぇ、ちょっと目がいっちゃってない?
レン兄がリオル兄の肩を叩いて、落ち着かせていたよ。
「御大が参加したくないと言った理由がわかったぜ!」
「まったくだな!」
「この階層って、あんまりうま味がないッスね……」
「俺たちには向いていないな」
従士たちが口々に話していた。
元従士のロイおじさんは、黙ってそれを聞いていた。
カレンお婆ちゃんもケロッとして、「なんだいだらしないねぇ!」と、ヒューゴのお尻を蹴飛ばしているだよ。
「やめてください、母さん!」
熊男のヒューゴが涙目になって、小柄なカレンお婆ちゃんに抗議していた。
「あれほど大柄な男の母親がカレンさんとは、なんとも人間は不思議な生き物だな」
ハイエルフさんたちが変なところで感心していたよ。
ヘトヘトになっているキースと双子は限界のようだ。
今日はここまでと地上に戻ることにして、ハイエルフさんたちとは一週間後の約束をして別れた。
ヨロヨロの双子をクロちゃんの背に乗せて地上に戻る。
この二人には心の休養が必要だと思った。
だってほら、目が虚ろで焦点が合っていないんだもん。
あまりの衰弱振りを見て、父様もうなずいていたよ。
グリちゃんポコちゃんにお願いして、『元気の実』を双子の口に押し込んでもらった。
ふたりはついでにラドベリーを取り出して、それも無理やり食べさせている。
双子は頑張って口を動かし、なんとか
グリちゃんポコちゃんの輝く笑顔がまぶしかった。
お屋敷に戻ってすぐに、宝箱から出た三つのブーツをラビラビさんに確認してもらった。
「最初の宝箱から出たものと同じですね。これは重力操作のブーツで、装備者の体重をゼロにも百倍にもできるものです。今後必要な装備になるかもしれませんね……」
ラビラビさんは全部で四つあるブーツのうちひとつを解体して、複製してみると意気込んでいたよ。
アル様もおもしろがって研究に参加していた。
その結果、重力操作ブーツは大量に増産され、我が家の全員とハイエルフさんに支給されることになったんだ。
僕用には、今履いているブーツを改良してくれたみたい。
履き心地は変わらず、大きさも自由自在の優れものだよ。
ちょっぴりデザインがカッコよくなっていたんだ。
父様たちの装備がボロボロになっていたので、修復と補強のために数日を要した。
そのころ、ラグナードへ転移門をつなぎに行った、メエメエさんが戻ってきたよ。
「ラグナード寄りの大森林の中に、転移門の拠点石を設置してきました。街道から千メーテくらいの場所ですが、切り立った崖の下に小さな洞窟があったんです。魔物の住処になっている様子もなかったので、そこに拠点石と結界石を置いてきました。もちろん隠蔽魔法もバッチリです!」
メエメエさんは得意そうにしていた。
話を聞きつけたジジ様が飛んできて、メエメエさんに「連れていけ!」とおねだりしている。
猛烈なプッシュに、さすがのメエメエさんもタジタジになっていたよ。
「第七階層に挑むまで数日かかりそうだから、短期で連れていってあげて」
僕からもお願いしておいた。
その代わりと言ってはなんだけど、ラグナードで魔石や素材を売ってきてもらおうと考えたのだ。
父様とビクターとジジ様が相談して、ホブゴブリンの大量の魔石を換金してくることになった。
ゴブリン種は大森林の定番魔物だから、多少多くても説明がつくんだってさ。
「よし! わしもレオンにいくらか押しつけてくるか!!」
ジジ様とカルロさんは張り切って出かけていったよ。
メエメエさんは洞窟のある崖から上がるために、メエメエ号を貸し出していた。
「崖の上から街道までは徒歩になります。そこからラグナード領都の西門まで三千メーテくらいでしょうか。街道に出てしまえば一時間もかかりませんよ。……道先案内人に、ミディ選抜隊の六人を同行させましょう」
ジジ様とカルロさんだけでも大丈夫だそうだ。
「領都内に入ってからの移動距離もありますので、途中で馬か馬車を借りてもいいでしょう」
メエメエさんが提案すれば、ジジ様はうなずいていた。
「なぁに、門の詰め所で馬を借りるさ!」
ジジ様は豪快に笑って出かけていったよ。
いきなり前辺境伯が押しかけたら、詰め所の衛士さんがビックリしそう。
門番さんに迷惑をかけないようにね!
それから三日後の夕方にジジ様たちが戻ってきた。
三時間程度で、ラグナード辺境伯家のお城に到着することができたそうだ。
「街で換金してきた分はこっちだぞ! ホブゴブリンの武器類も鍛冶屋に売ってきた!」
マジックバッグの中から、大きな革袋を取り出してテーブルにドンと置く。
大量の金貨が入っているみたいで、父様とビクターが頭を下げていた。
「大きめの魔石もレオンに押しつけてきた! すぐには流せないだろうから、そのうち金を持ってくるだろうさ!」
ジジ様は愉快そうに笑っていたけど、レオン様の苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かんだよ。
「ばあ様の所にもいくらか魔石と素材を置いてきた! 今度はハクを連れてくるぞと話したら、瞳を輝かせて喜んでいたぞ!」
ジジ様はそのときの情景を思い出したのか、目を細めて柔和なほほ笑みを浮かべていた。
「はい! 夏の暑さが抜けたころに行きましょう!」
元気に返事をすれば、ジジ様も笑顔で相槌を打った。
「ああ、そのころがいい!」
ジジ様は自分の膝をひとつ打ってから、思い出したように父様のほうに向き直っていた。
「レンの婚約者のソレイユ嬢だが、ずいぶん仕上がっているようだぞ! この秋には嫁入りできるだろうと話していた。そっちの連絡も近々届くであろう!」
ジジ様がニッと笑えば、父様が慌てていた。
「ああ、そうか! 結婚式の準備があった!!」
ダンジョンにかまけて、大事なことを忘れていたんでしょう?
貧乏弱小男爵家とはいえ、貴族の端くれに変わりはないから、結婚式はきちんと上げなければいけないよね。
慌てる父様を見て、ビクターとバートンが苦笑していた。
「落ち着いてください、旦那様。我が家でお招きするのは近隣の親戚筋だけです。王城へは結婚証明書を提出すればいいので、式のあとでも大丈夫です」
ビクターが告げれば、バートンがうなずく。
「マーサさんが春から衣装の準備を始めています。カミーユ村邸にお迎えする準備も着々と整えておりますので、あとは使用人の補充が必要です」
最初は最低限の人数で回していくことになるだろうけど、それは徐々にでも構わないよね。
そうか。
アル様が大毒蜘蛛のドレスの話をしたのは、このためだったのか。
僕らが知らないあいだに、マーサとリリーがいろいろな準備を進めているのを見ていたのかも。
正確には植物園で働く精霊さんたちの動向かな?
ドレスや宝飾品だのを、みんながせっせと作っているのを見て、そろそろだろうと思ったんだろうね。
「ばあ様も花嫁に必要な道具をそろえていたぞ。ああ、屋敷の料理人をひとり派遣するといっていたな。それからソレイユ嬢の侍女が三人ついてくる。――――家事妖精が手伝ってくれるのならば、あとは力仕事担当の使用人を、二~三人はそろえておくがいい」
ジジ様の指示に父様とビクターがうなずいていた。
「当分のあいだ、馬屋番はノエルに行ってもらうか? トムに新人を指導してもらわなければいけないな!」
父様は立ち上がると、落ち着かない様子でうろうろ動き出した。
自分が結婚するわけじゃないのに……。
うふふ。
その様子を僕とジジ様は笑顔で見つめていたよ。
ああ、この秋は忙しくなりそうだね!
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