第54話 メエメエさんの度重なる悲劇

 ところで、ちょっと聞いてもいいかな?

「もしかして第五階層って、直線ルートがハズレで、右のヌメ虫ゾーンが当たりだったのかな?」

 恐る恐る聞いてみた。

 するとアル様とジジ様が、凄~く渋い顔をしていたよ。

「おそらくだが、左に行っても当たりなんじゃないかね? 何が待ち受けているのかは、私にもわからないがねぇ?」

 さすがのアル様も第五階層に関しては、すっかり好奇心が失せてしまったみたい。

 まぁ、ナメーは普通サイズでも気持ち悪いからね……。


 結局ワームと&マイマイ&ナメーゾーンで疲弊ひへいした彼らは、話し合って中央ゾーンに戻ることにしたんだって。

 ヌメヌメ系に比べたら、毛の生えた魔物のほうがマシだと判断したようだ。

 そのあとは幸いなことに、黒猿鬼と大足鳥の境目に出ることができて、一行は心から安堵の息をついたそうだ。

 まぁ、黒猿鬼も嫌だよね……。

 

「ということは、大足鳥を蹴散らして、転移ポータルから帰ってきたの?」

 それにしては、ちょっと時間がかかったような気がするよね?

 するとメエメエさんが静かに首を振っていた。

「お祖父様とカレンお婆さんの提案で、第六階層をのぞいてみることにしたんです……」

 えぇ?

 普通は疲れたら帰ってくるものじゃないの?

 ジジ様を見れば楽しそうに笑っているけど、周りは巻き込まれたんじゃないの?

「私もカレンお婆さんに恩義を感じておりますので、反対することはできませんでした」

 メエメエさんは項垂れていた。

 ああ、大きな借りを作ってしまったんだねぇ……。

 その借りは一生ものなんじゃないかな?

 頑張って恩義に報いてね?

 バートンも神妙にうなずいていたよ。



 説明によると、第六階層は密林地帯だったそうだ。

 気温と湿度が高く、鬱蒼としたジャングルが広がっていたんだってさ。

 幸い装備に温度調節機能がついていたから良かったものの、普通の冒険者装備ではまともに動けなかっただろうと話していた。

「足元は湿って水たまりが多く、木の根や倒木、石の上を移動する感じだったねぇ」

「途中で酸の雨まで降りやがりまして、ダンジョンの中だということを忘れそうになりました」

 それまで無言でご飯を食べていたカルロさんが、無表情のまま告げた。

 言葉遣いに苛立ちが現れている気がする……。


 第六階層の魔物はジャングルによくいる魔物。

 体長一メーテもあるジャイアントアントの軍団に出くわし、水たまりには毒ガエルや、沼地には吸血オタマジャクシーがうようよといたそうだ。

 三十センテもあるヒルが降ってきたり、頭上からは大蛇が襲いかかってきたそうだ。

 聞いているだけで「うへぇ……」って気持ちになるよね。

 同行した全員も、相当堪えたみたい。


 ほかにも気色の悪い虫がたくさん出たと、メエメエさんがつぶやいたんだ。

 僕はギョッとした。

 ジャングルってマラリア原虫とか、怖い病気がなかったっけ?

「今さらだけど、全員ポーションを飲んだほうがよくない? 寄生虫とか未知のウィルスとか、ジャングルは危険がいっぱいだよね⁉」

「その点は対処済みですのでご安心ください! 私なんて三本も飲みましたよ!! 『モクモク君三号DX』をいぶすことで、蚊のオバケは地に落ちました!?」

 ダンジョンの蚊は三十センテもあったらしい。

 鋭い針のような嘴に刺されると、全身が痺れて動けなくなるのだと、メエメエさんがブルブル震えながら話していた。

 実体験なんだろうね……。

 なんかもう、ご愁傷様?

 メエメエさんにとっては苦難の連続だったんだね……。


 意気消沈したメエメエさんに変って、アル様が簡単に説明してくれた。

「第六階層の主は、大樹のごとき巨大な人食い花だったのさ。敵をツタでからめ取り、花の中心にある消化器官に取り込むんだ。大蛇が飲み込まれているのを見たが、いやいや、さんたんたる光景だったねぇ……」

 アル様が心底嫌そうに顔をしかめていた。

 ジジ様もカルロさんも眉間の皺を深くして、首を振っていたよ。

 触手のようなツルで攻撃してくるそうで、ヌメヌメした毒液を出すんだってさ。

「やぁやぁ、セイちゃんの特大魔法で燃やしてもらったのさ! 密林の広範囲が焼失したね!!」

 そこでも大規模自然破壊をしちゃったのね。

「ダンジョンだからすぐ復活するさ!」

 アル様がカラカラと笑っていた。

 

 さっきから大人しいメエメエさんを見れば、ズーンと沈み込んでいるんだ。

「うっかり捕まったりしていないよね?」

 気になったので聞いてみれば、メエメエさんの代わりにアル様が答えてくれたよ。

「やぁやぁ! 我々が階層主と戦っているあいだに、メエメエさんは大毒蜘蛛の巣に捕まって、グルグル巻きにされていたんだよ! もう少し遅ければ餌にされていただろう!! メエメエさんもセイちゃんの炎で助けてもらったのさ! さすがにあのときは肝が冷えたねぇ……」

 えぇ?


 メエメエさんは涙目になってポツリとこぼした。

「セイちゃんの蒼炎もまた、地獄でした…………」

 メエメエさんは蒼炎に焼かれて毛がチリチリになったらしい。

 そこへアル様が神級ポーションをぶっかけ、飲ませて、九死に一生を得たそうだ。

 僕はメエメエさんの肩をポンと叩いた。


 セイちゃんの蒼炎に焼かれる苦しみが、君にもわかっただろう?

 メエメエさんは静かにうなずいた。

「セイちゃんとは仲良くします」

 ほかの子たちとも仲良くやっていくんだよ?


 肝心の精霊さんたちはケーキを食べるのに夢中で、メエメエさんの話にはまったく興味がないようだった。


 第六階層もやたらと広く、高温多湿に体力を削られて、踏破に数日かかったのだとか。

「方位磁石が狂って役に立たなくてねぇ、なかなか骨が折れたよ」

 アル様が小さくため息をついていた。

「あそこはもういいな。わしには合わん!」

「そうですね!!」

 ジジ様とカルロさんがキッパリと言い切っていた。

 第一階層から厄介な敵が多くて、さすがのジジ様も辟易へきえきしちゃっているのかな?


「私はおもしろそうな植物を採取してきたから、あとで植物図鑑に統合しておくれ!」

 アル様は意外とあっけらかんとしていた。

 しっかり植物採取してくるあたりは、さすがはエルフというべきかな?

「なぁに、大毒蜘蛛やらアントやらは、私が生まれ育った森にもいたからね! さすがにあの湿度は身体に堪えたがね!」

 見た目は細身で美麗じーじなのに、中身は脳筋感で図太いよね。


「第六階層の宝箱は、第七階層へ続く階段の前に置かれていました。輝く銅製の箱だったんです。非常に遺憾に思います!!」

 メエメエさんが再び生気を取り戻し、テーブルをダンと叩いた。

 どうやら第五階層で金銀が出たのに、第六階層で銅だったから不満みたいだね。

「中身は確認したの?」

「まだです。それどころではなかったので」

 メエメエさんも地味にメンタルをやられたようだもんね。


「それじゃあさ、みんなで開けてみようよ! 金銀財宝を見れば、メエメエさんも元気になるんじゃない?」

「おお、いいな!」

 ジジ様がパッと表情を明るくして立ち上がった。

「ここではなんだから、アッシュシオールの湖畔にしようか?」

 アル様の提案で、一同は移動することにした。

「宝箱の開封ならば、旦那様をお呼びいたしてまいります。皆様はお先にそちらへおいでください」

 そう言って、バートンはお屋敷に戻っていったよ。


 そんなわけで、僕と精霊さんたちは一足先に転移門を潜り抜け、アッシュシオールの湖畔へ向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る