第53話 メエメエさんの悲劇?

 ピッカちゃんとセイちゃんが目を覚ましたのは、それから二日後のことだった。

 一日前からふたりのお腹がグーグーキューキュー鳴っていたから、これは起きたら猛烈に食べるぞと、ジェフが仕込みを始めていたんだよ。

 案の定、給仕が追いつかなくなるほどの、豪快な食べっぷりを見せていたんだ。

 そこにグリちゃんたちも加わって、「まけないよー」と食べ始めれば、さぁ大変!

 みんながお腹いっぱいになるころには、マーサとリリーとタックンがへとへとになっていたよ。

 きっと料理場ではジェフが倒れていると思うから、みんなにポーションを配るよう、バートンにお願いしておいた。

 お疲れさまね。



 植物園のお食事処へ行ってみれば、ジジ様とカルロさんとアル様が、ご飯をかっ込んでいるところだった。

 聞けばこっちも二日ぶりに目が覚めて、腹ペコなのだという。

 テーブルの上に並んだ料理の数々が、瞬く間に消えていくよ。

 お食事処の店員さんがさっきから忙しそうに、行ったり来たりしているんだ。

 僕らはちょっと離れた席に座って、ラドベリージュースを飲みながらその様子を眺めていた。

 精霊さんたちはさっきあれだけ食べたのに、さらにケーキを注文していたけど。

 もう、お腹が真ん丸じゃない?

 はち切れるんじゃないかと、心配になってくるよ。

「へいきー!」

 合唱で返事が返ってきた。

 バートンが苦笑しながら、空いたお皿を片づけていたよ。


 そこへメエメエさんがフラフラと飛んでくる。

「ああ、さっぱりしました。サウナでデトックスし、整いました~」

 メエメエさんがちょっと湿っているので、フウちゃんに強力乾燥してもらったら、モフモフがフワフワになっていたよ。

「ありがとうございます、フウちゃん!」

 メエメエさんはちゃんとお礼を言っていた。

 ちょっと意外。

「私を何だと思っているんですか!!」


 メエメエさんはプリプリしながらも、運ばれてきたご飯をモリモリ食べ始めた。

 麻婆豆腐の大皿を両手に持って、口に直接流し込んでいるんですけどッ!

 頬袋を真ん丸に膨らませて、モッモッと口を動かし、ゴッキュンと飲み下している。

 その食べ方に僕とバートンは戦慄した!

 もはやこの黒羊、人知を超えているッ!?

「それは以前からだと思います」

 バートンから冷静なツッコミが入ったよ!


 その後もエビチリやあんかけチャーハンを、ザバーッと口に流し込んでいる。

 大量のギョーザを口に詰め込んでむせていた!

 仕方なさそうにバートンが背中を叩いてあげて、コップの水を手渡している。

 それでも手と口は止まらないようだね。

 呆れながら見ていた僕は、若干胸焼けしそうだよ。


 豪快な食事を続け、ようやく食べ終わるころ、メエメエさんがおもむろに話し始めた。

 爪楊枝で歯の隙間を掃除している姿にちょっと引いた。

「まぁ、聞いてくださいよ! 宝箱を見つけるのに、大変な苦労があったんです!!」

 あれだけ食べたのに、さらに桜餅を食べながら、湯飲みを片手に熱弁を振るうメエメエさん。

「今回はゴブリンエリアで腕慣らししてから、右に進路を取ったんです。ゴブリン林の先は砂丘地帯だったんですよ。てっきり砂漠系の魔物が出ると思ったら、巨大なワーム地帯だったんです!? そんなこと、聞いていませんよッ!!!」

 うん。

 誰も知らないから教えようがないよね?


 メエメエさんはベシベシとテーブルを叩いて憤慨していた。

「クロちゃんが真下から天高く打ち上げられ、空を飛んだと思ったら、一気に無数のワームが地上に躍り出したんです!! 嗚呼、あのおぞましさたるや!? さすがの私も蒼白となってしまいましたッ!!」

 えぇ?

 真っ黒だから変わらないんじゃないの??

「それはそれ! 言葉の綾というものです!」


 桜餅が刺さった爪楊枝をパックンと口に入れて、モギュモギュしている。

 それを煎茶で飲み干すと、湯飲みをダンとテーブルに置いた。

 すかさずバートンが急須から煎茶を注ぎ足している。

「ありがとうございます、バートンさん! ミディちゃん、御手洗みたらし団子をください!!」

 通りかかったお食事処の店員さんに、次の注文をしていた。

 そのようすをジジ様とアル様は笑いながら見ていたよ。


 メエメエさんは語る。

「ワームというのは普通でも十メートル級の魔物で、簡単に言えばミミズのオバケのようなものですね。そのでっかい口に、歯がビッシリ生えているんです! 大口を開けて地上にいる獲物を丸のみにするんですよ!? 噛むための歯ではなく、獲物を捕らえて逃がさない檻のような役目ですね! アレに飲まれると強力な胃酸で溶かされ、ヤツの栄養にされるんです! ああ、憎らしい、おぞましい!? キィーーッ!!」

 なんかやけに怨念がこもっているね?

 チラリとアル様のほうを見れば、わざと大口を開けて、真上から黒紫ブドウを一粒入れていた。

 ああ、いろいろ察し。

 どうやらメエメエさんは、ワームにパックンされたらしい。


「聞いて下さい! 私を救出してくれたのは、カレンお婆さんなんです! 真っ暗な世界に飲み込まれ、こなクソと私の蹄で突き破ってやろうとしたら、この美麗な蹄の先がちょびっと溶けました! 嗚呼、私の絶望たるや、ハク様にわかりますかッ!!!」

 いやいや、そんなこと言われてもね。

 メエメエさんが絶望で涙目になったとき、カレンお婆ちゃんの刀がワームを引き裂き、メエメエさんはちょっと溶かされただけで脱出できたようだ。

「私はもう、カレンお婆さんに逆らいません!」

 いやいやいや。

 そもそも、そんなに接点がないよね?


 幸いワームは巨体な分、狙いやすかったみたいだよ。

 我が家の猛者たちにしてみれば、さしたる脅威ではなかったようだ。

 向こうの席からアル様が補足してくれた。

「要は飲まれないように注意し、上手に立ち回りながら討伐すればいいのさ。幸いこっちにはクロちゃんシロちゃんという機動力があるからね!」

 アル様は笑いながら、なんでもないことのように話していた。

「おう! 巨大カメの宝箱から出た刀剣に、炎の刃を出して輪切りにしてやったわい!!」

 ジジ様は「わっはっは~」と豪快に笑って、ビールジョッキを一気にあおり、プハーしていたよ。

 今はまだ午前中だけどね。


 メエメエさんが目を血走らせて叫んだ。

「死闘の果てに現われたのは、なんと百メーテもあるワームキングで、あろうことかその体内から宝箱が出たんデッス!? あのときの私の絶望がわかりますかッ!!!」

 バシバシとテーブルを叩く音がうるさいんだけど……。

 そもそも僕にわかるわけがないじゃない。

 想像したくもないしさ。

「無事に念願のお宝が見つかってよかったじゃない」

「ぐぬぬぬぬ!」

 上目遣いで僕を恨めしそうに見ているけど、そもそもメエメエさんが行きたいと言ったんだから、そんな目で見ないでよね。

「お宝が見つかったんなら、またゴブリン林に戻ってきたの?」

 多分それが最短の帰還ルートだよね?

 メエメエさんは糸目になって首を振った。


「気づいたときには、マイマイ&ナメーのエリアに足を踏み入れていました……」

 肩を落として項垂れながらも、御手洗団子が食べられるメエメエさんは強いね。

 マイマイ&ナメーに関しては、特に聞かなくていいかな……。

「そこは省略で次に行ってくれる?」

 小首をかしげてお願いすると、ジジ様とアル様が大笑いしていたよ。

 メエメエさんはコクリとうなずいて、一言だけつけたした。

「巨大マイマイの殻の中からも宝箱が出ました。しかも黄金の宝箱が――――」

 嬉しいけど、素直に喜べなかったのね?

「ナメーじゃなくてよかったじゃない」

「ナメーからは銀の宝箱が出ました……」

「…………」


 まぁ、いろいろ大変だったんだろうね。

 バートンも無言でうなずいていたよ。



***

御手洗みたらし団子 参拝前に罪や穢れを洗い流した川(池)のことを指します。トイレではないよ。京都・下鴨神社では御手洗祭がおこなわれているようです。

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