第49話 第五階層 草原の鳥

 やがて鬱蒼とした森に木漏れ日が落ちて、徐々に浅い森に変っていく。

 足元のジメジメした感じもなくなって、この辺は土が乾いているみたい。

「やぁ、森を抜けるぞ! 油断するな!」

 アル様の掛け声に合わせて、みんなが気持ちを切り替える。

 一足早くケビンが先行し、森の外を索敵していた。

「草原ッス」

 低く抑えた声が聞こえる。

 僕は残りのラドベリーを口に押し込んで、モグモグしながら大杖を握り、念のため周囲にバリアーを張り直しておいた。

 僕が狙われやすいなら、それなりに自衛をしないといけない。

 大杖を握る手にじんわり汗がにじんでいた。



 森の先は草丈の高い草原で、敵の姿は見えない。

 境界付近にウサウサテントを出して、昼食がてら長めに休憩を取ることにした。

 それは僕の心的負担を改善するためだと思う。

 ソラタンに乗っていれば大丈夫だと頭ではわかっていても、脳裏に焼き付いた魔狼王と黒猿鬼王の最期の形相は、簡単には消えてくれない。

 ウサウサテントのリビングで車座になって昼食を食べる。

 ちょっと前にラドベリーを食べたせいで、正直お腹は空いていないけど、食べれるときの食べおいたほうがいいからと、おにぎりをひとつ頬張った。

 そのあとはジジ様たちが「眠ってこい」というので、ちょっとお昼寝させてもらったよ。


 一時間半くらいで目が覚めると、頭も体も少しスッキリしていた。

 僕が眠っているあいだに、父様たちは草原を索敵してきたみたい。

「この先は大足鳥おおあしどりの縄張りだ」と、父様が教えてくれた。

 マスクだけ外されて、ウサウサテントの天井に吊るされたメエメエさんが、ミディちゃんにご飯を食べさせてもらっていた。


「大足鳥は三メーテ級のダチョウに似た飛べない鳥です。大きな尖ったくちばしと、その強靭な脚力と爪、黒く長い尾には毒を含んでいて、触れるだけで皮膚がただれてしまう、とっても危険な魔物なんですよ。モグモグゴックン」

 吊るされたままなのに、本人は一向に気にしていないようだ。

 というか、食べながら話す内容ではないね。

「いえね、最初はどうかと思いましたが、慣れれば実に快適なんです! 何もしなくてもご飯を食べさせてもらえますし、昼寝しても文句を言われません!!」

 駄目羊をさらに駄目にするだけだったようだ。

 

 グリちゃんにメエメエさんのツタを解いてもらう。

 メエメエさんは「せっかく快適だったのに!」と、文句を言っていたけど、ウサウサテントからポイッと放り出されていた。

 僕らも全員、出発の準備をしようと動き出す。

「おそらくこの階層もそろそろ終盤だ。もうひと頑張りだぞ!」

 ジジ様が僕の頭をグリグリとなでて、肩をポンと叩いていった。

「辛くなったらソラタンの上で、毛布でも被って目と耳を塞いでおけ」

 父様が優しい眼差して、僕を抱きしめてくれたよ。

「そのときはバリアーを忘れてはいけないよ?」

 エルさんがポンと背中を叩いていった。


 ソラタンには僕とアル様が乗り込んで、全員出発する。

 大足鳥の毒攻撃は厄介なので、全員が浄化笠を被っていた。

 この笠があれば猛毒にも負けないのだ。

 ニャンコズは三メーテサイズになって、草に潜むように身体を低くして進んでいる。

 まぁ、上から見ればクロちゃんの居場所はすぐにわかるけどね。

 シロちゃんは案外見つけにくいかな?

 大人たちは等間隔で距離を取り、周辺を警戒しながら進んでいる。

 今回は弓士が先頭に立って、できるだけ遠距離で無力化させる作戦だよ。


 イザークとスイさんとエルさんのあとに、ジジ様とカルロさんが続き、ソラタンに乗った僕とアル様の後ろを、父様とケビンが守ってくれる。

「私も高い位置から狙ってやろう!」

 アル様が弓矢を取り出して、前方に向けて矢を装填していた。

 間もなく、ドドドという音ともに砂煙を巻き上げて、こっちに猛スピードで走ってくる大足鳥の姿が見えた!

 見た目は確かにダチョウのようで、妙に長い嘴を持っている。

 全身枯れ葉色をしていて、頭から首にかけて、たてがみのような毛が生えていた。


「あの大足鳥はあの速度で走る割に、体重が非常に重いんだ。一瞬で距離を詰められ、大きな足で踏みつけてくる。抑え込んだところにあの嘴で急所を一突き! やぁやぁ、大森林では見かけないが、乾燥地帯ではよく見かける魔物なのさ!」

 朗らかに説明しながら、三本の矢を一気に放った。

 アル様の話では昔草原の国を旅したときに、遭遇したことがあるんだって。

 そういえば、ここに来る前は世界中を旅していたんだっけ?


 

 地上からも矢が放たれると、先頭を走る大足鳥に次々に命中していた。

 倒れた先頭に足を取られて、後続の大足鳥が転んでドミノ倒しになっている。

 アル様が放った矢は後続の大足鳥に命中し、そっちでも同じような現象が起こっていた。

 そんな感じで足止めされた群れが渋滞しているところに、ジジ様が火魔法を飛ばせば、着弾地点の大足鳥が断末魔を上げて燃え尽きていった。

 魔物が死ぬと矢が自動で戻ってくるので、弓士たちは力が続く限り無限に矢を放てるわけだ。


 だけどここがダンジョンだということを忘れてはいけない。

 襲ってくる大足鳥の数が減るどころか増える一方なのは、このダンジョンの意地の悪いところだろう。

 ポコちゃんが飛び出して大地をぬかるみに変えれば、数十羽の大足鳥が走行不能に陥っていた。

 グリちゃんが草を結んで罠を作り出せば、足を取られた大足鳥が呆気なく転倒している。

 フウちゃんが風の刃を無作為に飛ばせば、大足鳥は高速スピードのまま真っ二つに裂かれて塵となっていた。

 セイちゃんも小さな蒼炎弾を後方に飛ばして、大爆発を起こしている。

 みんなはハイタッチでお互いを称えると、また次の攻撃を繰り出していた。

 僕の精霊さんたちも結構物騒だよね~。


「ボクの出番がないよ……ッ!」

 ギュッと拳を握って俯くユエちゃんは、高さのある草が邪魔で、魔石やらを上手に回収できていないようだった。

 見回せば、ミディ部隊はマジックポシェットからホースのような物を出して、草の中から魔石や素材を吸引回収していた。

 掃除機がモデルなのかな?

 変なアイテムを装備しているよね。

「やぁやぁ! 新装備だね! ラビラビさんのアイデアはおもしろいね!!」

 僕の前世の知識から、いろいろ探れるみたいだからね。


 

 手前まで迫っていた大足鳥が、粗方あらかた倒れているのが見えた。

 今度は弓士と交代で、剣士たちが止めを刺しに向っていく。

 サクサク討伐する姿は作業のようになっているけど、奥のほうからはまだまだ続々と大足鳥が集まってきているよ。

「もっとばらけたらいいのにね」

 正直な感想をつぶやけば、アル様が笑っていた。

「鳥は大きくなっても鳥頭だからねぇ……。大足鳥の欠点はスピードに乗ると止まれないことかねぇ」

 アル様は容赦なく、奥のほうへ向けてどんどん矢を放っている。

「――――それにして、こうして作業になってくると飽きてくるねぇ」

 そんなことをひとりごちっていたよ。

 

 ふと気になってソラタンの後ろを見れば、ポンポコお腹を上にして、メエメエさんが鼻提灯で寝ていた。

 どうりで静かなわけだよ!

 あのおしゃべりメエメエさんが、こんなときに黙っているはずがないもんね。

 この状態でも平然と昼寝ができるメエメエさんに、僕は呆れながらため息をついたよ。

「やはり只者ではないねぇ! あっはっは~!」

 アル様の笑い声が響いていた。



 しばらくすると大足鳥の大群の後方に、大きな個体が現れ出した。

 通常の大足鳥が三メーテなら、大きな個体はその三倍はありそうだ。

「おお、新手の登場だね! だか、まだまだ王級ではなさそうだ!」

 アル様は弓をしまい、矢筒を僕に手渡すと、マジックボックスの中から杖を取り出した。

「やぁやぁ! 矢が戻ってくるから回収係を頼むよ!」

「は~い」

 それくらいならお安い御用だ。

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