第48話 第五階層 心が折れそう

 僕は浄化魔法を四方八方に放つ。

 降ってくる黒猿鬼を一時的に弱体化させることはできても、討伐しているわけではないので、折り重なるように地上に落ちて蠢いているんだ。

 バリアーの内側から、ジジ様たちが剣や槍で止めを刺しているけれど、数が多いのでままならないみたい。

 イザークとスイさんは上空に向け無数の矢を放っていた。

 ニャンコズもバリアーの外に前足だけ出して、強力な爪で引き裂いているね。


 やがて頭上から降ってくる黒猿鬼の数が減ってくると、アル様がバリアーを解除して、止めを刺すために動き出した。

 仲間に押し潰された個体もいれば、必死の抵抗を見せるものもいる。

 それでもジジ様たちは、手近な黒猿鬼たちを確実に塵に変えていく。


 上を見上げれば光線が飛び交い、それに撃たれた黒猿鬼は魔石になって落ちてきている。

 いつの間にが木々のあいだに張り巡らされた、グリちゃん特製のツルの網に引っかかった黒猿鬼が、ジタバタともがいて逃げ出そうと暴れているんだ。

 そこへセイちゃんの小さな火種が飛んで、一瞬で燃え尽きている。

 森の木々に引火しないように、クーさんが後始末の雨を降らせていた。

 フウちゃんは適当に風の刃をあちこちに飛ばしているね。

 ときどき枝や葉っぱが落ちてくるよ!


 それらを潜り抜けた黒猿鬼が地上に辿り着いて、ジジ様たちに襲いかかっても、剣で薙ぎ払われて消えていくだけだ。

 一見造作なく斬っているように見えても、黒猿鬼の動きは素早い。

 到底僕の動体視力では追うことができなかった。

「黒い線が飛んでいくようにしか見えない」

「運動音痴さんは視力もそれなりですねぇ」

 メエメエさんが小馬鹿にしたようにつぶやけば、エルさんが笑顔でフォローしてくれた。

「ハク君には無数の精霊の目があるから大丈夫だよ!」

「そうですよね!」

 人生は前向きに、ポジティブに考えていこうよ!

 笑顔で答える僕を、メエメエさんとエルさんが生温かい目で見つめていた。


 それから少し経ったころだった。

 ピッカちゃんの光線がやんで、全員が動きを止めた。

 周囲の空気がビリビリとしてくれば、黒猿鬼のボスが現れる合図だろう。

 地上のみんなも全方向に隙なく武器を構えている。

 ゴクリと唾を呑み込んで、大杖を構えて備えながら、ふと視線を感じて上を見上げれば、真っ赤な双眼が見下ろしていたんだ!?

 その目の巨大さに慄き震撼した!

 全員が気づいて見上げているよ。


 ヤバいヤバい!

 絶対あの目は僕を見ているッ!?


「来ます!」

 メエメエさんの声と同時に、エルさんが僕のバリアーに重ね掛けしていた。

 その直後にバリアーの真上に落ちてきた黒猿鬼の王は、ゴリラのような姿に大きな一角を持ち、口からはみ出る大きく鋭い牙を剥き出しにしていた!?

 腕が異様に発達していて、一見不格好に見えるその姿がグロテスクでもあった。

 体長十メーテには届かなくても、ここまで魔物に接近される経験が少ない僕は、すっかり腰を抜かしてしまった。

 その黒猿鬼王が凄まじい形相で、バリアーを破ろうと拳で強打しているんだ!

 その振動が中まで伝わって、ますます僕の恐怖心が膨らんでゆく。


「しっかりしてください、ハク様! 心が負ければバリアーも破れます!!」

 メエメエさんが僕にしがみついて叫んでいる。

 頭が真っ白になっちゃって、身体が動かないんだよぅ……!

 涙目になった僕を見て、エルさんが精霊さんたちに指示を出していた。

「ピッカちゃん、セイちゃん! 目を狙ってください!!」

「らじゃーっ!!」

 ふたりは光線弾と蒼炎弾を飛ばしていた!

 黒猿鬼王が反射的に顔を背けたことで、光線弾は空を切って飛んでいったけど、セイちゃんの蒼炎弾が横顔にもろに被弾し、絶叫を上げてバリアーの上から転げ落ちていった!

 その隙を見逃さず、大人たちが武器を持って殺到する。

 メエメエさんはその隙に、ソラタンに距離を取るように指示を出していた。

 エルさんは地上の戦闘から目を逸らすことなく、いつでも魔法を飛ばせるように準備している。

 ビビリの僕だけが、またしても心が折れていたよ……。



 ジジ様や父様に滅多切りにされた黒猿鬼の王は、間もなく断末魔を上げて消滅していった。

 父様はすぐに僕の下へ駆けつけると、心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫か、ハク!」

「大丈夫そうにありません。心がポッキリ折れかけています」

 声がないで僕の代わりに、メエメエさんが答えていたよ。

「連戦続きだから仕方がないでしょう。まだ小さいんだから……」

 エルさんが子どもをあやすように背中をなでてくれたけど、僕は小さくても成人しているよ?

 そこへ遅れて駆け寄ってきたアル様が、ちょっと眉を下げていた。


「やぁやぁ、そろそろハクが限界かねぇ。息つく間もなく魔物が襲ってくるし、なぜなのかボスはハクを目の敵にしているようだしねぇ……」

 えぇ……っ!?

 どういうことなの?

 徐々に頭が動き出せば、聞き捨てならない言葉を耳にした気がする!

「魔力の大きさで感知しているのではないでしょうか? ハク君の魔力量はハイエルフを優に超えますから」

 エルさんの言葉にアル様がうなずいていた。

「おそらくそうだろうねぇ。攻撃手段は持たなくても、魔力量だけならピカイチだからねぇ」

 真面目な顔でジッと僕を見るのはやめて?


「ちょっと待ってください!」

 そこへメエメエさんが割って入った。

「ハク様はへなちょこですが、とっておきの攻撃魔法が残っていますよッ!!」

 高らかに叫ぶ声に、みんながこっちを振り返っていた!

 あ!

 止めなくちゃ!!

 反射的にメエメエさんを捕まえて、口を押えようとしたけれど、間に合わなかった!


「超絶生活魔法・火種がありマッス!!!!!」

 マッス!、マッス、……ッス、…………ス。


 森に反響する声に、みんながポカンとしていた。

 父様とアル様とジジ様とカルロさんは、僕の火種の威力を知っているけど、それ以外の人たちは見たことがないからあ然としているよ!

 もう、メエメエさんのおしゃべり!

 僕が笑い者になるだけじゃない!!


 メエメエさんを抑え込んだ僕は、ギュムギュムと腕の中で締め上げてやった。

 それからいつかのバッテンマスクを取り出して、メエメエさんに口につける。

 むむ!

 ゴムが羊の耳に届かない!?

「グリちゃん! ツタでマスクを固定して!」

「らじゃーっ!」

 敬礼してすぐに実行してくれたよ!

 ありがとうね、グリちゃん!


 メエメエさんはマスクどころか、全身グルグル巻きにされて、ソラタンの端っこに吊るされていた。

 ブラーンブラーンとミノムシ状態になったメエメエさんをそのままに、一行はこの鬱蒼とした森を抜けるべく動き出していた。



 その後しばらく深い森が続いたけれど、敵の襲撃には合わなかった。

「おそらくですが、この森全体が黒猿鬼の縄張りなのではないでしょうか? この階層の魔物たちは、干渉し合わないようになっているんだと思います」

 ソラタンに揺られながらエルさんが考察する横で、僕は気力回復を込めて、黙々とラドベリーをモグモグしていた。

 酸味と甘さのバランスが絶妙な、極上イチゴのラドベリーは絶品だった。

 精霊さんたちも飛びながらモグモグタイムに突入している。

 ミディ部隊もおいしそうに食べながら、側にいる大人たちにも食べさせていたよ。

「両手が開いて楽ッスね!」

 ものぐさ者の発言をするのはケビンだね。

 カレンお婆ちゃんとイザークが、冷たい視線を向けていたけど、本人はまったく気づいていないようだった。

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