第47話 第五階層 サクッとワニ退治

 川から現れたワニは、全長二十メーテを超える巨体だった。

 大口を開けても僕らに届かないことを悟ると、強靭な尾を振るって叩きつけてくる!

 それがニャンコズの着地点を見事に狙ってくるんだよ。

 ワニって頭がいいのかな?


「ここからあの怪物めがけて魔法を放ってみようか?」

 エルさんが笑顔で提案してくるので、クーさんとモモちゃんに応援要請を出した。

「クーさん、モモちゃん! 昨日アル様がやったみたいに、アイスランスの雨を降らせて!」

「いいよ~!」

「キュイキュイ!」

 エルさんが風の斬撃を飛ばすのと同時に、ワニめがけて無数のアイスランスが降り注ぐ!


 ドドドドドッ!!!


 無数のアイスランスが巨大な背に容赦なく突き刺さり、ワニは激痛に身をよじって暴れていた。

 仲間のワニが巻き添えになって、押し潰されている!

 共倒れじゃない?

 その動きに周辺の木々がなぎ倒され、飛沫が天高く飛び、土煙までもが舞っている。

 ちょっと迷惑かもね!


 そこへクロちゃんから飛び降りたジジ様が駆け寄り、あの緋色の大剣で一閃すれば、巨大ワニは胴体を真っ二つに両断されて、やがて絶命して果てた。

 あとには波打つ川の水が、いつまでも荒れ狂うように揺れ動いているだけだった。


「あの魔石はどうするの?」

 波間に見える巨大な魔石が、光に反射してキラキラと輝いている。

 けれどその周りに、新たな雑魚ワニが生まれ始めているんだよね。

「仕方がないねぇ。クーさんあの波を操って、魔石をこっちに押すことはできるかね?」

 アル様が声をかけると、クーさんは難しい顔をしていた。

「あれ、みず、ちがうよー。でも、できるかなぁ?」

 むーんと口をへの字に曲げて、両手を前に突き出すと、クーさんは川の水を操ろうとしていた。

 ゆっくりと魔石は動いているけど、クーさんも苦労しているみたい。

 魔石付近の水が徐々にワニの姿を取って、やがて完全なワニに変ると、制御できなくなるみたいなんだ。


 ならばと、見える範囲の川に向かって、大杖から浄化魔法を飛ばしてみたら、川の水ごと砕けて消えて、川底が露わになったんだ!

「今です! ミディ部隊出動!」

 メエメエさんの掛け声に合わせてミディ部隊が飛んでいき、魔石と一緒に落ちていた牙と蛇皮とワニ肉を回収していた。

 上流から新たな水が押し寄せてくるまで頑張ったよ!


「それにしても、ワニが生まれるワニそのものの川の側で、のん気に一泊したなんてね! 知らないって恐ろしいことですね」

 エルさんがニッコリと笑ってそんなことを言っていた。

 そうね。

 強力結界付きのテントに感謝しなくっちゃね!



 ワニの川から離れてまた森に入った。

「今までのこのダンジョンの法則からすると、この階層は六千メーテなのかなぁ?」

 僕がつぶやくとメエメエさんが腕を組んで考え込む。

「可能性はありますよ。ただし我々は一方向に向かっていて、あちこちを索敵しているわけではありません。この空間が立方体なのか直方体なのか、現状では判断ができません」

 エルさんもうなずいていた。

「君のマッピングスキルでは、すでに三千メーテを超えているのでしょう? 単純に残り三千メーテあると考えるなら、もう何種類かの敵と遭遇するということですね」


 それを聞くとうんざりしてくる。

 とにかく数が多くてひとたび遭遇すると、休む暇がないんだもの。

 だんだん第四下層が優しかった気がしてくるよね。

「まぁ、普通は巨大カメを討伐できずに終わるんでしょうけどメェ」

 メエメエさんがため息をついていた。



 ワニ川を挟んだ対岸の森は、徐々に鬱蒼とした深い森に変っていった。

 地面には太い根が這い巡り、厚い落ち葉の堆積層にニャンコズは足を取られている。

 じめっとしたぬかるみも多く、加速したくても足場が悪い。

 さらに太い巨木が行く手を遮り、木漏れ日さえも届かない、薄暗い陰鬱な森だった。

 ミディ部隊もいつも以上に警戒しながら飛んでいるので、ソラタンのバリアーを広げて中に入るよう指示する。

 もちろん精霊さんたちもバリアーからは飛び出さない。

 いつどこから敵が襲ってくるかわからない緊張の中で、ニャンコズは深い森の中を駆け抜け、ソラタンは遅れないようにそのあとを追っていく。


 僕とメエメエさんはマッピング画面に集中し、エルさんには周囲の警戒をお願いした。

 精霊さんたちもそれぞれ索敵をしてくれているけど、ここではグリちゃんとポコちゃんが頼りになるよね。

「つちのなかには、いないよー」

 ポコちゃんがソラタンの端っこから地面を見下ろしている。

「んー、んー、んーーっ?」

 グリちゃんは左右に小首をかしげながら、何かを感知したようだ。

「うえ! なんかくるー! はやーい!」

 斜め上を指差して叫んだ!

 その声に弾かれるように、全員がグリちゃんの指先を追う。


 先行していたクロちゃんシロちゃんは、少し広い地面で停止している。

 全員が息を殺して周囲に神経を尖らせていると、ゴーグルとマッピング画面に無数の赤いマーカーが出現した!

 どうやら次なる敵の縄張りに入ったらしい。

 近づいてくる音が聞こえた。

 木々が揺れる音、葉がガサガサと落ちる音、キーキーキーと、何かが鳴く声?


 果たして前方の木々の上から現れたのは、真っ黒い一メーテくらいの猿の集団だった!

黒猿鬼こくえんきです! 動きが素早いので注意してください!!」

 メエメエさんが叫ぶあいだに、上から降るように襲いかかってくる黒い猿の大群に戦慄した!

 一瞬で視界が黒く覆われたんだ!

 さっきまでかろうじて届いていた陽光が完全に消えた。

 真上に落ちてくる黒猿鬼は、歯を剥き出しにしてギャーギャー鳴きながら、バリアーにぶつかってそのまま滑り落ちていく!

 雨のように落ちてくる黒い塊に、戦慄したよ!

 その圧倒的な数に、終わりが見えないんだ!?

 背筋から震えが湧き上がってくるのを止められない!


 僕らはバリアーの中にいるからいいけど、クロちゃんシロちゃんに乗ったみんなが心配だ。

 とはいえ、周囲は夥しい黒猿鬼で埋め尽くされていしまっている!

「どうしよう! 下にいる父様たちがどうなっているかわからないよ!」

 オロオロとうろたえる僕を、エルさんが支えて叫んだ。

「周辺に向けて浄化魔法を放ちなさい! 落ち着いて、彼らは皆強い! これくらいでやられるはずがありませんッ!!」

 温厚なエルさんにしては珍しく、荒らげたその声に弾かれて、慌てて大杖を掲げ魔力を込めれば、父様たちがいるであろう辺りに向けて浄化魔法を放つ!

 同時にピッカちゃんが光線を上空に向けて照射した。


 このふたつの魔法によって、周辺の視界が一気に開けた!

 クロちゃんに乗ったアル様が、二匹の真上にドーム状のバリアーを張っているのが見えた!

 ちゃんとシロちゃんもその中に納まっているから、全員無事みたいだよ!!

 良かった!

 そのバリアーの上に折り重なるように黒猿鬼が積もっていくんだ。

 ズルズルとドームの上から滑り落ちて、地面に折り重なっているのが見えた。


「浄化魔法で死んではいないようですが、弱体化はできているようですね! ピッカちゃんの光線に打たれた個体は、塵となって消えました!」

 メエメエさんが下を見て叫べば、エルさんが上を見上げて次の指示を出す。

「ピッカちゃん、そのまま上空から攻めてくる黒猿鬼を射落としてください! 少しでも数を減らすことを意識して!!」

「は~い!」

 元気なかわいい声が返ってくる。

 ミディ光精霊の子ふたりも、ピッカちゃんの威力には及ばないものの、近づく黒猿鬼を打ち落としていたよ!

 みんな、偉い!

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