第44話 第五階層 ポーションも武器になる

 大人たちが戦闘の真っ只中に飛び込んでいく!

 ソラタンに乗った僕と、あとに続いたイザークの前で、アル様とエルさんが木々の隙間から様子を窺う。

「敵の正体を確認しよう。混戦状態なら、我々も剣で戦うしかないかねぇ?」

 アル様が腰の剣に手をかけていた。

 木陰からそ~とのぞいてみると、真っ黒な体長三メーテ級の狼が無数に存在し、ニャンコズと戦闘を繰り広げている。

 そこへジジ様たちが突撃していく。


「魔狼ですね。強力な牙と爪を持ち、闇属性の魔法を操ります!」

 メエメエさんが忌々しげに魔狼を睨んでいた。

「穢れた闇使いどもめ! 天誅をくれてやります!!」

 虚空に向かって蹄をシュッシュと突き出しているけど、ソラタンから動く気はないようだ。

「腰の紐を外そうか?」

「何を言っているんですか! 私とハク様は一蓮托生だと言ったはずです! 私はここで皆さんを全力で応援するだけデッス!!!」

 そんな力説をされてもねぇ……。

 イザークやエルさんが呆れたように笑っていたよ。


 ニャンコズやジジ様の前に、魔狼はたいした敵ではなかった。

 だけど森の奥から次々と飛び出してくるので、息つく暇もない。

 これくらいでへばるみんなではないけれど、魔狼の闇魔法はちょっと厄介な感じがした。

 巧みに影に潜り込み、いきなり別の影から現れる。

 ときには影から黒い触手のようなものを出して、脚や腕に絡みついているんだ。

 中には黒いもやを吐き出す個体もいる。

 あれは精神に作用して状態異常を引き起こすのだそうだ。

「幻覚や幻聴を見せ、感覚を狂わせます! なんて忌々しい暗黒魔法でしょう!!」

 メエメエさんがプリプリする横で、闇精霊王の力を引き継いだユエちゃんが腕を組んで考え込んでいた。


「あれも闇魔法なんだよね? なんだか嫌な使い方!」

 ユエちゃんも気に入らないみたいだ。

 メエメエさんが我が意を得たりといった顔で、相槌を打っている。

「そうです! 我々清らかな闇精霊は、あのような邪な魔法を使いません! まぁ、影渡りは同じでしょうが……」

 後半尻すぼみになったね。


 森の中は木々が邪魔になって、ニャンコズも身体を大きくできないようだ。

 魔狼よりも一回り大きいくらいのサイズで立ち回っている。

 武器はお互いに牙と爪だけど、木々を上るニャンコズのほうが機動力は高いかな?

 ところが魔狼の数と闇魔法によって、戦いあぐねているふうにも見える。

「あ! シロちゃん、けがしてるーっ!!」

 グリちゃんが指差す先を見れば、シロちゃんの背中に大きな傷跡があった!

 清らかな力の塊である精霊獣と、穢れたダンジョンの魔物。

 ここでは外の世界で戦うよりも不利なんだと思う。

 それでもニャンコズは戦意を喪失していない!


 だけど、怪我をしたままでは駄目だ!

 なんとかしなきゃ!!

 

「ユエちゃん! 影渡りの世界を、あの魔狼と共有できる?」

 僕が声をかけると、ユエちゃんはハッとしたようにメエメエさんを見た。

 生粋の闇精霊であるメエメエさんがうなずいている。

「基本的には違う時空間を利用していますが、干渉できると思います! ユエちゃん、闇に目を凝らし、魔狼の道を探ってください!!」

「うん! やってみるよ!」

 ユエちゃんがソラタンの真下の影に飛び込んだ。

 

 しばらくするとユエちゃんが影の中から現れて叫ぶ。

「見つけたよ! ボクらの影の世界よりは狭いみたい! アリの巣みたいになってるんだ!!」

 僕はうなずいて大杖を前に掲げた。

「ユエちゃん、ステッキを大杖の先に合わせて! 浄化魔法を充填するから、魔狼の闇の道に目一杯注いでみて!!」

 ユエちゃんが顔をパッと明るくさせて、力強くうなずくと、お月様のステッキを大杖の先にコツンと当てた。

 よ~し! 魔物の嫌いな浄化魔法をお見舞いしちゃおう!


 見る間にお月様のステッキが輝きを増して、青白く輝く満月のように神秘の力が満ちる。

「ユエちゃん! 得意の付与魔法も添えて、ガツンとやっちゃって!」

 グッと親指をつき出せば、ユエちゃんも同じ仕草で返した。

「任せて! 行ってくるよ!」

 再びソラタンの影に消えてゆく。


 間もなく魔狼たちが悲鳴を上げて影の世界から飛び出してきた!

 キャン! キャン!

 犬のような悲鳴を上げて、逃げ出してきた先の闇が、満月を映した夜の水面のように波立っていた。

 うん、うまく行ったみたい!

「みんな! 魔狼はもう闇に潜れないよ! ユエちゃんが魔狼の道に浄化魔法を満たしたんだ! 今の内にやっつけちゃって!!」

 僕が大きな声で叫ぶと、あちこちから「おう!」と、力強い返事が返ってきた。

 目の前では圧倒的な力の差を見せて、ジジ様たちが魔狼を屠っていく。


 僕はピッカちゃんを振り仰ぐと、神級ポーションを手渡す。

「魔狼は闇属性だから、相反する光精霊のピッカちゃんにお願い! シロちゃんの背中にポーションをかけてきて!」

「わかったー!」

 ピッカちゃんは両手にビンを抱えて、光をまといながら森の中を飛んでいき、ひときわ大きな魔狼と死闘を繰り広げるシロちゃんの背中に、ポーションの中身をぶちまけていた!

 う~ん、ワイルドだねぇ~。

 飛び散ったポーションがかかった魔狼の背中が、ジュッと音を立てて焼けただれ、その拍子に敵は飛び上がって悲鳴を発すると、すぐに距離を取っていた。

 そのあいだに傷はふさがり、さらにシロちゃんの体力と魔力が回復したみたい。

「ありがとうニャ!」

 元気になったシロちゃんが、大きな魔狼の首に食らいつき、一気に骨をへし折っていた!

 ゴギュッ!と鈍い音が聞こえたよ。


 ピッカちゃんは光輝きながら、魔狼を追い立て始めた。

 ほかの子たちが「ぽーしょん、ちょうだい!」と言ってメエメエさんからもらうと、あちこちにバラまきに行っている。

 ミディちゃんたちも補給物資の中からポーションを取り出して、遠慮なく魔狼の真上に振りかけているよ。

 魔狼たちは上空から降ってくるポーションから逃げ惑い、すかさずケビンが剣で倒していた。

 そんな光景はあちこちで繰り返されているね。

 ポーションも立派な武器じゃない!


「ああ、ポーションを湯水のように使うなんて、もったいない……」

 エルさんが呆れながら首を振っていた。

 そうね。

 精霊さんたちにしたら、きっと面白い遊び感覚なんだと思うよ。

 神級ポーション一本で白金貨何枚だっけ?

 お金を捨てているのと同じだけど、またアル様に頑張って作ってもらえばいいだけだから、全然まったく大丈夫さ!

 在庫はまだまだ潤沢だよ!!



 しばらくすると魔狼の群れを殲滅することができたみたい。

 だけど誰も油断していない。

 だってピリピリと肌を刺すような、緊張感が周囲に満ちているんだもの。

「おそらく、近くに中ボス魔狼王が潜んでいるはずです。油断しないでください……!」

 メエメエさんが息を殺して小さな声でつぶやいた。

 魔狼の道はユエちゃんが潰したから、確実に地上にいると思うんだけど……。

 この場にいる全員が周囲に意識を集中させている。

 森の草木のざわめきに耳を澄ませ、木々のあいだの薄闇に眼を凝らす。

 感覚を研ぎ澄まし、魔狼王の居場所を探る。

 僕も精霊さんたちも、緊張した空気の中で息を殺していた。


 一番初めに気づいたのは、植物精霊のグリちゃんだった。

 グリちゃんが視線を動かした先は、僕の後方だった。

 弾かれたようにイザークが矢を放つと同時に、アル様とエルさんが風魔法を放っていた!

 慌てて後ろを振り返るとき、すぐ横の木を足場にカレンお婆ちゃんが飛んでいく!

 それは風のように早く、ほかの誰も追いつけなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る