第32話 第四階層 ヒューゴの涙

 第四階層の安全地帯の中は芝生で、天井は薄暗い灰色の空だった。

 早速テントを出して寝床を確保し、外の芝生で夕食を食べる。

 メエメエさんはバーベキュー網を用意しながら、ブツブツと文句を言っていた。

「よりにもよって、ドロップしたのが鶏肉なんてつまらないですね!」

 そう言いながら、手早く塩コショウを振って焼いている。

 香ばしい匂いが漂ってきて、お腹がグーとなったよ。

 父様たちは笑いながら鍋を出したり、パンを用意したりしている。

 今夜は豆腐とワカメと油揚げのミソスープだね。

 僕はパンよりご飯のほうがいいかも……。


 そこで閃いた!

「メエメエさん、親子丼は作れないかな?」

「親子丼ですか? コッコ地鶏の卵はありましたかねぇ?」

 メエメエさんは焼きかけの鶏肉をカルロさんに押しつけて、ゴソゴソと影の中に手を突っ込んでいる。

 今まではどこからともなく出していた感じだったけど、秘密の収納庫を隠さなくなったんだね。

「仕方がないでしょう。ユエちゃんも使えるようになりましたからね!」

 メエメエさんは口を尖らせながら、卵とタマネギと調味料セットを取り出していた。


 まな板と包丁をヒューゴに押しつけて、端っこのほうでスライスしてこいと命令している。

 ヒューゴは言われたとおりに隅っこに移動して、大きな身体を丸めてトントンとタマネギを切っていたよ。

 その背中に哀愁を感じた。

 涙を流しながら戻ってきたヒューゴを見て、父様が苦笑していたけど。

 タマネギが目に沁みたんだね……、ふふふ。


 まな板のままタマネギスライスを受け取ったメエメエさんは、丼物専用の鍋を取り出し、手早く調理していく。

 その手際をみんなが興味津々でのぞき込んでいた。

 スープにタマネギと鶏肉を入れて火が通ると、溶き卵を回し入れ手早くフタをし、火を止めた。

 その間におひつを取り出して、かわいい羊模様のどんぶりにご飯をよそい、半熟トロトロの具を手早く載せた。

 あの羊の蹄で器用に作るものだと感心するよね。

「はい、お待ち! 熱いですから気をつけて召し上がれ!」

 ドンと僕のトレイにどんぶりを置くと、スッと移動して焼けたお肉をお皿に取って、お椀にミソスープをよそってきてくれる。

 大根の漬け物までついていたよ!

 至れり尽くせりで、芸が細かいねぇ!


「いただきます!」

 お箸で一口食べれば、甘じょっぱいスープが染みたお肉がプリップリでおいしいよ!

 思わずかっ込むように食べてしまったんだ。

 小食の僕の見事な食べっぷりに、父様たちは驚いていたよ。

「それはそんなにうまいのか?」

 ジジ様が声をかけてきたので、「メッチャおいしいよ!」と笑顔で答えておいた。

 合間に飲むミソスープも絶品だ。

 黄色い漬け物もカリカリいい食感だね!

 シンプル塩コショウ焼きの鳥肉も、歯ごたえがあって中からジューシーな旨味があふれてくる。

 最後にお茶が用意され、それを飲んでホッと息をついた。

 はぁ、幸せだねぇ~。


 メエメエさんは満足そうにうなずいて、自分の分を作っていたよ。

 ハッとした面々がその手順を凝視し、それからヒューゴとカルロさんが真似て作っていた。

 ミディ部隊の火精霊の子が飛んできて、調理を手伝ってくれていたよ。

 ヒューゴは何度もタマネギを切って、滂沱ぼうだの涙を流していたけど。

「ゴーグルをしたらよかったのに」

 そう言ったら、ヒューゴは大ショックを受けていた。



 そんな感じで夕食を終えると、みんなで第四階層についての話し合いをする。

 メエメエさんが黒板を取り出して、ザックリと図面を引き、魔物の分布を書き込んでいく。

 どうやらこの階層は、直径五千メーテの円形をしているようだ。

 透明な境界面の向こうにも景色が広がっているけれど、その先には行けない。

 境界の壁には触れることができた。

 現在第三階層に戻る階段は消え、代わりに今いる安全地帯が現れたんだ。

 つまり、この階層に閉じ込められたということ。

 普通ならここでパニックになるんだろうけど、僕たちにはウサウサテントの奥に避難経路があるから、みんな冷静でいられるんだよね。


 食後のビールを飲みながら、みんなが黒板を凝視している。

 僕には甘めの紅茶が用意されていた。

 僕の周りに集まって座っている精霊さんたちも、同じものをゴクゴクと飲んでいるね。

 猫舌はいないから、豪快な飲みっぷりだよ。

 そんな僕らに、メエメエさんはクッキーシュークリームを配っていく。

 外側はサクッと、中はバニラビーンズの風味が利いたカスタード。

 一個といわず、二個も食べちゃおう。

 精霊さんたちの目の前には、シュークリームの山がどんと置かれていた。


「整理してみよう。現在この階層に出口はない。この階層のボスを討伐することが条件なのは確かだろうが、今日回った感じでは見当たらなかったねぇ」

 アル様がおいしそうに枝豆を摘まんでビールを飲んでいるよ。

「明日はまず階層主を探すことですね、――――あ、これはうまい!」

 ハイエルフのエルさんは、メエメエさんからイカ焼きをもらって食べていた。

 あの食感が気にいったようだ。


「明日も全員で回るのか? それともチーム分けするか?」

 ジジ様は甘辛の手羽先肉にかじりついて、ゴクゴクとジョッキをあおっていた。

 カルロさんも同じものを無言で食べているけど、手の動きが早過ぎる!

「クロちゃんシロちゃんとソラタンの機動力なら、三チームに分けてもよさそうですね」

 父様とヒューゴは、ジャガイモのカリカリチーズをおつまみにしている。

 ライさんは静かにビールをググッと飲んで、樽からおかわりを注いでいたよ。

 ピッチが速くない?

 メエメエさんがそっと地鶏の唐揚げを差し出していた。

 地鶏の消費が進んでいないのに、新たな鶏肉がドロップしたもんねぇ。

「ドロップ品のお肉を持ち帰れば、ソウコちゃんに呪われます! ここで全消費です!!」

 無理じゃない?


 話し合いのていを取りながら、ただの酒飲みに見えてきた。

 そのうちビールからウィスキーに変わっていったんだよね。

 は~、やれやれ。


 僕は大人たちから離れて、精霊さんとミディちゃんに混ざりに行った。

 みんなでキャッキャしていると落ち着くよね。

 途中でニャンコズが膝に乗ってきて、ブラッシングをおねだりされたよ。

 もれなくニイニイちゃんとモモちゃんと、メエメエさんが並ぶんだよね。

 ここは頑張った彼らに、サービスいたしましょうか。


 そのあとはウサウサテントでシャワーを浴びて、フカフカお布団で眠ったよ。

 こっそりのぞき込んだ父様が、「屋敷に戻ってもいいぞ? 無理するなよ」と声をかけてきたけど、「まだ平気~」と答えておいたよ。

 外から「二日くらいは平気だろうさ!」と、アル様の笑い声が聞こえてきた。

「それまではこの階層を攻略しないといけないな」

 ライさんが真剣に話している!

 もう、みんな僕を何だと思っているのよ!!

「最弱軟弱泣き虫小僧じゃないですか?」

 そう言いながら、メエメエさんがグリちゃんたちに混ざり込んできたよ。

 ニャンコズもやってきて、ギュウギュウ詰めなんですけど!

「ラビラビさんに部屋を拡張してもらわなくっちゃ!」

 そう決意して眠りについた。


 寝静まった深夜。

 僕が眠る部屋をのぞき込んだ影がひとつ。

「ふむ。部屋の拡張ですか……。キャットタワーとネコ用ベッドと、羊用のケージでしょうか? ニイニイちゃんとモモちゃん用の吊り下げ袋も必要ですかね?」

 ブツブツとつぶやく声を、夢の中で聞いた気がした――――。



***

意味もなくやってくる白い影……。

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