第30話 第四階層 飛び出す魔物

 シロちゃんが反射的に大ジャンプをした。

 一気に重力がかかり、咄嗟にシロちゃんの背中の毛を掴んだ。

 精霊さんたちもミディ部隊も真上に高く飛んでいる。

 地上を歩く父様たちにまで気を配る余裕がない僕は、必死にシロちゃんの背中にしがみついていた。

 そんな状況でも、メエメエさんはまなこをかっ開いて、魔物の姿を捕らえようとしていたらしい。

「ドリルのような角を持ったモグラの魔物です! 体長一メーテ強ッ!!」

 見事にその正体を見極めたようだ!

「ああ、目が乾きましたぁぁぁ~~ッ!?」

 何しているのよ!

 瞬きをして!?


 シロちゃんの背中で転げたメエメエさんを、落とさないように鷲掴みにしたよ!

 そのタイミングでシロちゃんが重力落下していく。

 メエメエさんはその速度で上に引っ張られて、「あれ~~」と悲鳴を上げていた。

 シロちゃんが華麗に着地を決め、ホッと胸をなで下ろしたとき、手にしたメエメエさんを見れば、丸型の顔が縦長にビローンと伸びていてビビッた!

 変容したメエメエさんを見て、精霊さんたちも目と口を丸くし、ビックリ仰天しているようだった。

 メエメエさんって、やっぱり中身のないぬいぐるみなのかな?



 それはさておき、父様たちだ!

 慌てて周囲に目をやれば、全員が無事に立っていたよ!

「怪我していない!?」

 問えば「大丈夫だ」と、口々に返事が返ってきた。

 みんなは武器を手にし、その足元には小粒の魔石とドリル角がたくさん転がっていた。

 あの瞬間に、ちゃんと討伐しているなんて凄い!

 僕は思わずパチパチと手を叩いてしまったよ!

 ハッとしてみれば、メエメエさんが地面に転げ落ちていたけど。

 シロちゃんが長い尻尾でメエメエさんをツンツンしている。

「生きてるかニャ?」

 まったく心配しているふうではないね!


「う~む。地上に現れる瞬間まで、ゴーグルに反応がないなんて、こんな魔物に出会ったことがないねぇ?」

 アル様が記憶を紐解いても、魔物の正体がわからないらしい。

 ジジ様は三十センテもあるような、ドリル角を拾い上げて首をかしげていた。

「大モグラはたまに会うが、こいつは見たことがないな?」

「さようでございますね。大モグラに比べれば、たいした大きさではありませんが」

 カルロさんも魔石や角を回収しながら、相槌を打っていたよ。

 僕は大モグラを見たことがないから、さっきのモグラも大きいと思うんだけど?


 それから、ドリルモグラは何度も攻撃をしかけてきた。

 やはり地面から飛び出す瞬間まで、ゴーグルにもマッピングスキルにも反応がないんだよ。

 もしかしたらダンジョン内では、地中までは感知できないのかな?

 ゾンビ集団も地中から湧いていたけど、あのときはそこまで気を使っている余裕がなかったもんね。

 これは今後の検証が必要かもしれない。


 とはいえ、ゴーグルに反応がなくても、百戦錬磨の猛者たちにはどうってことはない。

 長年の経験と勘が生きている。

 便利な道具がなくたって、経験で判断できるんだ。

 地中から飛び出してくるドリルモグラは、馬鹿のひとつ覚えのように単調な攻撃で、ジジ様たちの脅威にはなり得なかった。

 足下に注意を払っていれば、難なく対処できてしまう。

 ヒューゴなんて面倒臭そうに大盾を地面に向けて、ガンガン撃ち落としているよ。



 今僕は、シロちゃんからソラタンに乗り換えて、ドリルモグラの攻撃範囲よりも上空を飛んでいる。

 シロちゃんはクロちゃんと一緒に、モグラ叩きを楽しんでいるようだった。

 ドリルモグラは全長一メーテ強で、真下から垂直に地面を突き破ってくる。

 ある一定の高さまで飛び上がると、見事に方向転換して、これまた垂直に地面に潜り込んでいくんだ。

 そのあとの地面は一瞬で修復されるから驚きだ。

 特筆すべき点は、空中に滞在するあいだだけ、マッピングで感知できるということ。

 やはり地中に潜ってしまえばどこにいるかわからない。

「おそらく、かなり地中深くで旋回して戻ってくるのだろう」

 アル様が推察していたよ。



「ねぇ、この階層の魔物は弱くない? ほら、魔石も親指より小さいよ?」

 フウちゃんからもらった魔石を、復活したメエメエさんに見せれば、プイッと横を向かれてしまった。

「クズ魔石ですね! この大きさだと銀貨一枚がいいところです! 最低でも拳大にしてください!!」

 我がまま黒羊はプンスコしていた。

 どうやら、さっきビヨーンとされてポイッと落とされたことを、根に持っているようだった。

 あれは仕方ないじゃない?

 不可抗力だよね。



 僕らのやり取りを、おもしろそうに眺めているのはエルさんだ。

「油断してはいけないよ。この角は毒を持っているみたいだ。まともに食らえば身体に穴が開くだけでなく、全身が痺れて動けなくなる。そこへ一斉攻撃を食らえば、即死間違いなしだよ」

 ソラタンに一緒に乗っているエルさんが解説してくれた。

 実はシロちゃんからソラタンに乗り換えるとき、「私も乗りたい!」と瞳を輝かせて迫られたんだよね~。

 笑顔の圧に負けて、今は一緒に移動しているの。

 ライさんが呆れていたけど、エルさんは全然気にしていなくて、縦長になったメエメエさんをおにぎりしながら、元に戻しつつ質問攻撃をしていたよ!


 丸顔に戻れてよかったね、メエメエさん!



 父様たちは慎重に歩きながら進んでいる。

 ドリルモグラが上がって来るときの微弱な振動を、ポコちゃんが素早く感知できるようになって、みんなに知らせてくれるの。

 そこから五秒後に地面を突き破ってくるから、一度リズムを掴んでしまえば対応するのは難しくない。

 うっかり角がかすめても防具が防いでくれるし、すぐにタブレット型ポーションをかじれば問題ない。


 ああ、そうそう。

 ネズミの斥候さんは半数くらいやられちゃった。

 ツバメ飛行隊は全部巣箱に戻ってきたよ。

 この巣箱もマジックボックス仕様なのかな?


 しかし、この草原に足を踏み入れてから、まだ千メーテくらいなんだ。

 そろそろ違う魔物が現れてもおかしくはないと、大人たちは警戒している。

 ソラタンの周りを取り囲むように、精霊さんたちが飛行していて、ときどき僕のところにやってきて、ジュースを飲んだりおやつを食べたり、交代で休んでいるよ。

「ピクニック気分だねぇ~。ああ、いい風だよ」

 エルさんも楽しそうにお裾分けをもらって食べていた。

 すっかり馴染んでいるよね。



 草原の景色が若干変わった。

 小山のように盛り上がった草原に、岩がゴロゴロ転がっている。

 ポコちゃんは地面に向けて、超集中しているようだ。

 フウちゃんも空気の変化に気を配っている。

 表情はいつもどおり、ほんのりムフーな感じだけど!

 グリちゃんは相変わらず、「へんなくさー」とか、「くさいくさー」とか、「どくっぽいなにかー」とか言って、笑顔で採取してきてくれるよ。

 緊張感を失う要因だよね。

 うふふ。

 かわいいから頭をなでてあげるの。

 ほのぼのマイペースに楽しんでいるよ。


 なんて気を緩めた瞬間!

 今度は体長一メーテ五十超えの岩飛びトカゲが、視界にいきなり跳んで出た!

 空中にいきなり現れた感じでビックリしたよッ!?

「あの岩に擬態しているんだろうね。――岩飛びトカゲは背中に石の鱗を持っているんだよ。二足歩行のガニ股で跳ねるように走ってくるけど、そんなに早くはないよね。ほら、お腹側は分厚い皮だけだから、剣で真っ二つだよ!」

 エルさんの解説どおり、ライさんに一閃されて真っ二つになって消滅したよ。


「…………、馬鹿なの?」

「馬鹿ですね」

 僕とメエメエさんがつぶやくと、エルさんはお腹を抱えて笑っていた。



***

 岩飛びトカゲ:エリマキトカゲっぽい何か……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る