第28話 休養もそろそろ終わり
知らず僕は目を閉じていた。
再びまぶたを開ければそこに、澄んだ青空が遠くどこまでも続いていた。
今僕は、地・水・火・風・植物・光・闇、七つの精霊王の役目を思い出していた。
彼らはこの世界の穢れと戦う精霊たちなんだ。
四季の精霊王は世界を正しく回すために、季節とともに巡るもの。
共通しているのは、どちらもひとつ所に留まる存在ではないということ。
七つの精霊王の核を引き継いだグリちゃんたち。
彼らもまた、いずれは僕のもとから旅立つ日が来るのだろうか?
それは酷く悲しく、寂しいことだねぇ――――。
だけど僕は、きっといつまでも彼らの側に寄り添うことはできない。
だって僕は人間で、必ず終わりがやってくるのだから。
視線を落せばそこに、大好きな家族がいて、大切な精霊さんたちがいる。
グリちゃんたちの真っ直ぐな瞳の奥には、僕だけが映っていて、ただひたすらに真っ直ぐな愛情を向けてくれている。
ナガレさんもオコジョさんも、みんなきれいな瞳をしているんだよ。
彼らはみんな、悠久の時を生きる者たちなんだ。
僕がこの世界から消えたあとも、彼らはずっとずっと存在し続けていく。
この果てない空のように――――。
ああそうか。
こうして話しているうちに、漠然としていたものの形が見えてきた気がする。
僕は自分の頬を叩いて、ナガレさんとオコジョさんに向き直った。
「聞いて、ナガレさん、オコジョさん。――――太古の精霊王さんの魂は、僕の精霊さんたちに受け継がれたの。彼らの役割が世界の穢れを払うことならば、僕もグリちゃんたちと一緒に頑張るから! へなちょこで弱虫な僕だけど、精霊さんたちと一緒に少しずつ穢れを祓っていくから、だから見守っていてね!」
いつか僕が消えたあとも、僕の精霊さんたちを見守っていてあげて。
そのために僕は、この植物園を残していくから。
きっと僕はそのために、この世界に生まれてきたんじゃないかなって、気づいたんだよ。
最初はキョトンとしていたナガレさんとオコジョさんだけど、言葉を聞き終わると、黙ってうなずいてくれた。
「覚悟が決まったようだのう――。我にできることがあれば言うのだぞ。いつでも力を貸すからのう!」
「おう! ワシはもう精霊王ではないから、お前たちの手助けができるぞ! 竜でも一撃で倒してやるぞッ!!」
カッパのナガレさんはニコニコ笑い、オコジョさんは飛び上がって空中にパンチを繰り出していた。
「うん! そのときはお願いね!」
僕は満面の笑みで返したんだ。
そのようすをアル様とジジ様と父様が見守っていた。
「やぁ、顔つきが変わったね!」
「うむ、そろそろ次に行くか?」
「ふむ。出発の準備をしようか」
三人三様の声が返ってきたけれど、僕はノーを突きつけた。
「何を言っているのよ! バラの咲く時期なんだから、まだ行かないよ!」
その返事に、みんなが大声で笑っていたんだ。
いつもと変わらない光景だね。
その声が湖と青空に、遠く響いていた――――。
季節は進んでいく。
五月下旬の、僕の誕生日のころには、庭のバラたちが咲き始める。
僕も十六歳になった。
だけど急には大人になれないよ。
「背伸びしなくてもいいぞ。ゆっくり大人になりなさい」
父様は誕生日にそう言って笑っていた。
「末っ子なんだし、甘えん坊のハクが急に変われるわけがないじゃない?」
リオル兄は僕の頭をグジャグジャになでて、おでこにチュウをしてくれたよ。
扱いが小さいときのまんまだよね?
それを見ていた精霊さんたちもリオル兄に群がって、それぞれハグしてもらっていたよ。
今度は父様まで真似し出し、ついには出会うみんなにハグしてもらっていたんだ!
みんなも笑顔で応じているんだもん!
屋敷中から笑い声があふれていたんだよ。
この日常が、ずっと続いていけばいいのにね!
さて、僕が休養中のあいだに、ジジ様と父様はダンジョンの三階層ポータルまで行って、第四階層の偵察をしてきたみたいだよ。
転移陣があるポータルルームにウサウサテントを出して、その中にある転移門を通って出入りできるかの確認をしたんだってさ。
結果は、三階層を踏破したメンバーは問題なかったけれど、踏破していない人間はウサウサテントからダンジョンに入れなかったそうだ。
「つまり、双方向で利用するには、第一階層から順に踏破する必要があるということです。あのダンジョンは、ズルは許さないってことですよ」
ラビラビさんが結論づけていた。
今後従士のメンバー交代をしようとすると、必ず各階を踏まなければならないってことで、ケビンたちが不満そうにしていた。
何しろ第一階層から第三階層までは、死霊系のグロエリアだもね。
リッチなんて大物が初っ端から襲ってくるんだもん。
しかしここに、ダンジョン産の聖魔導書と、アル様がマーレ町で仕入れてきた聖魔導書があるわけだ。
初級とはいえ役に立つはずだよね。
足りない部分は装備で補えばいいと、ラビラビさんとアル様とハイエルフのエルさんが、アッシュシオールの湖畔の研究室で、研究したみたいだよ。
「そんなわけでハク様! この浄化魔法具に魔力充填してください!」
ラビラビさんが持ってきたのは、肩に担げる大きさの大筒と砲丸だった。
一瞬僕の目が点になったよ。
思わず二度見しちゃったもん!
「何これーーッ!!」
ラビラビさんは耳を押さえて騒音を防いでいた!
小癪な……!!
ラビラビさんは小さくため息をついた。
「爆弾ではないですよ。浄化魔法の発射装置に最適だと思ったのが大筒なんです。この砲丸自体にも浄化魔法を刻み、ハク様の魔力を満たします。そしてこれを大型魔物にぶっ放せば、なんとか階層を攻略できそうな気がしませんか?」
コテンと首をかしげているけど、かもしれないレベルなのね?
「ハク様がメンバーを連れて、第一階層から第三階層まで引率してくれれば、一番簡単なんですけどね」
「それは嫌!!!」
「でしょうね!」
即時反論を肯定された!
「まずは別動隊が、第一階層でレイスとスケルトンを、討伐することを目的としましょう。あくまでもダンジョンの力を削ぐことに集中するのです。中ボス・リッチが出てきたら撤退すればいいのです! ハク様は参加者の安全を守るためにも、この砲丸に浄化魔法を注入してください!」
ドンッと、大きな木箱が目の前に置かれたよ!
中身はリンゴじゃなくて全部砲丸ね!
「僕は今休養中なの!」
「ダラダラしながらでも、魔力充填は可能です!!!」
カッとラビラビさんの目が光った!?
こうして、グータラの日々が内職に変わった。
ラビラビさんは魔石で作った矢尻を、これまた木箱いっぱい置いていく。
「こっちはピッカちゃんとセイちゃんにお願いします。魔石は浄化してありますので、光と蒼炎の魔力を注いでください!」
「は~い」
「あ~い」
ふたりは素直なお返事をして、作業に取りかかっていた。
「ぼくは~?」
「わたしは~?」
グリちゃんたちが首をかしげて聞くと、ラビラビさんは「応援してください!」と言った。
素直な五人は、ピッカちゃんとセイちゃんを応援していたよ。
かわいいね……。
そんなわけで、僕も黙々と作業に没頭することになった。
第一階層ゲリラ戦(?)の担当には、従士のケビンとイザークとルイスが交代で当たる。
元従士長のロイおじさんもしゃしゃり出てきて、今は筋力グミと魔力の実を食べて強化中だ。
ヒューゴが「家の母も使ってください」と言ってきたので、カレンお婆ちゃんにも協力を要請すると、ふたつ返事で承諾してくれたそうだよ。
ヒューゴの亡くなったお父さんは前々の従士長だった人だから、カレンお婆ちゃんも秘密厳守のルールを熟知している。
「こんな楽しそうなこと、誰にも言わないさ。あたしの口を割らせるのは、簡単なことではないさねぇ」
鋭い目つきでニヤリと不敵に笑っていた。
ヒューゴとキースが遠い目をしていたけど。
よ! お婆ちゃんカッコイイ!
「おだてないでください」
なぜか僕がふたりに注意されちゃった!
父様に頭を下げられて、ついにラビラビさんがカレンお婆ちゃんの前にその姿を現した!
「カレンお婆さんのために、新たな刀をご用意しました。
五十センテの白兎を前に動じることなく、カレンお婆ちゃんは両手で刀を受け取っていた。
「預からせてもらうよ」
最後にはラビラビさんと硬い握手を交わしていたよ。
適応力が素晴らしい!
第一討伐隊のメンバーは、聖槍を握ったケビンと、大筒を担いだロイおじさん、聖弓を背負ったイザーク(聖魔導書使用済み)、特注刀を脇に差したカレンお婆ちゃん、サポートのミディ部隊、そしてハイエルフさんからスイさんとルイさんが参加した。
それぞれほかの装備もバッチリだ。
日程は一泊二日で、最初だけ引率としてアル様とエルさんが同行する。
「やぁやぁ、戻ったら第四下層に行くからね!」
ポンと。
アル様は輝く笑顔で僕の肩を叩いていったよ。
……えぇ~。
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