第27話 休養中 出資金で街道整備?

 それから数日後にはアル様とリオル兄とケビンが、マーレ港町から戻ってきた。

 アル様はピッカピカの笑顔で、リオル兄もニコニコ顔で、ケビンだけがやつれた感じだね。

「聞いてくださいよ、坊ちゃん。あの賢者様は自由過ぎますって!」

 僕にそれを言われてもねぇ。

 アル様の笑い声を聞けば、凄く楽しかったことが伝わってくるよ。

 きっとケビンはそれに振り回されてきたんだね。


「まぁ、アル様のすることだから、あきらめて? 温泉で心の疲れを流しておいでよ」

 気休めになればと、温泉の無料券を一枚あげた。

「もう二枚ください! お食事券とビール券も!!」

 要求がエスカレートしている……。

 スンとした目でケビンを見れば、背後に従士たちが並んでいた。

「俺らにもください!」

 ピッカピカの笑顔で言われちゃった!

 家の従士たちは遠慮を知らないよね?

「図々しいだけですね!」

 メエメエさんが飛んできて、従士たちを蹴散らしていたよ。

 可哀そうなので、無料チケットを一枚ずつ配給してあげたら、メエメエさんが「甘過ぎます!」とプンスコしていた。


 まぁまぁ。

 ほら、アメとムチって言葉があるじゃない?



 アル様はマーレ港町で珍しい魔導書を見つけたみたい。

「やぁやぁ、魔石が高値で売れてね! しかもたまたま運よく海の向こうの国から、魔導書が何冊も入っていたんだ。こっちは初級の治療魔法だね! こっちは闇魔法書だぞ!! リッチの杖が使えるかもしれん! 私もメエメエさんのように影渡りができるかねぇ?」

 ひとりで延々と話し続けるので、適当に相槌を打って聞き流した。

 僕は魔導書には興味がないからね。

 ましてや、闇魔法なんて、ねぇ?


 アル様たちは開門と同時にマーレ町に入って、その足で海鮮市場で買いつけをしてきたそうだ。

 マジックバッグいっぱいの鮮魚をお土産に手渡された。

 これはジェフに持っていってと、バートンにリレーしておく。

 渡す相手を間違っていると思う。


 商業ギルドでは大きな魔石が高値で売れたみたい。

 その場で異国の大店の商会長と出くわして、残った魔石も全部買ってくれたそうだよ。

 巡り合わせが良かったと、アル様とリオル兄が話していた。

「まさか商会長が来ているとはね! なんでも一年に一度しか来ないそうだよ!」

「ええ、直接取り引きできたのは幸運でした。珍しい品物を気前よく譲ってくれたんですよ!」

 へぇ、あとで見せてもらおう。

 

 それからリオル兄は父様に向き直って、仕入れてきた情報を伝えていた。

「マーレの先の町まで足を延ばしてきましたが、やはり王国中のダンジョンが活性化していると噂になっていました。予想どおり、中級冒険者たちが上層を、上級冒険者たちが中層まで潜るのがやっとなようで、下層および最下層の状況は判明していないようです。王都では王立騎士団が周辺のダンジョンの調査に乗り出したようですが、かなり難航しているとの話ですね……」

「そうか。カミーユ村の冒険者ギルドには、下級冒険者が流れてきているようだ。治安の悪化に注意しなければいけないな……」

 父様も肘をついて口の前で指を組みながらつぶやいていた。


 下級冒険者の中には荒くれ者もいるからね。

 村人に危害を加えたりしたら大変だし、うっかり大森林に入り込んで魔物を引きつけられても困る。

 だけど彼らも生きるためには魔物を狩らないといけない。

 必要なのは仕事だよね?


「ラドクリフ領では街道整備も終わりましたしね。何か代わりになる公共事業でもあればいいのですが……」

 ビクターも眉を下げていたよ。

 公共事業ねぇ……。

 ラドクリフ領のルーク村とカミーユ村をつなぐ街道と、隣のコラール村との領境まで、石畳のきれいな道を魔法ゴリゴリで作っちゃったの。

 おかげで荷馬車が走りやすくなったと、商人や旅人たちが喜んでいた。

 そのときは下級冒険者さんや出稼ぎの人たちが、街道整備に参加してくれて、カミーユ村に長期滞在していたんだよ。


「それなら、ラグナードからカミーユ村までの、街道整備を進めてもらったらどうかな? 魔石がたくさんあるんだから、ジジ様から辺境伯様に頼んでもらうの!」

 僕が提案すると、父様とビクターが顔を見合わせていた。

「ジジ様に相談してみようよ! 仕事があれば下級冒険者や貧しい人たちもお金を稼げるから、やむなく盗賊や犯罪者に落ちるのを防げるんじゃないかな?」

 グッと拳を握って言い募ると、父様もリオル兄もうなずいてくれた。



 ならばと、ビクター以外の全員で、植物園にジジ様を探しに向かった。

 メエメエさんを呼んで居場所を聞けば、湖でキャンプをしているとのことだった。

 植物園内のナガレさんの湖は、相変わらず海のように広い!

 湖面を渡る風が清々しいよ。

 一緒においしい匂いも漂ってくるんだ。

 この湖に棲むカッパ姿のナガレさんと、元夏の精霊王オコジョさんも混ざって、バーベキューを楽しんでいるようだね。

 僕らに気づいたジジ様が手を挙げて呼んでいる。

「おう、ここだぞ! お前たちも食べろ!」

 海鮮バーベキューだね!

 アル様が「私にビールをおくれ!」と、一足先に駆け出していった。


 合流して海鮮焼きを食べながら、父様がジジ様にさっきの話を伝えていた。

 ジジ様はしばらく考えこんでいたけれど、自らの脚を叩いてうなずいた。

「そうだな! ラグナードからラドクリフへの道が整備されれば、移動も早くできるわけだ。雇用を生み出し、犯罪抑止になるならば問題はなかろう!」

 その言葉にみんながパッと表情を明るくしていた。


 ジジ様はカルロさんに命じて、すぐにラグナードへ手紙を出すように指示を出していた。

 事業立ち上げ資金にと、メエメエさんが白金貨が入った袋を手渡しているよ。

「涙を飲んでお譲りいたします……」

 この世の終わりのような悲壮感を漂わせたメエメエさんは、マジで泣いていたよ!

 それを見て大笑いするアル様が、「ならば私も出資してやろう!」と、小袋をひとつ差し出していた。

 それを見ていたジジ様が叫んだ。

「おお! 近隣の商会から出資者を募ってもいいな!」

 なるほど、街道を通行する機会の多い商人に声をかけるのか。

 利便性が上がれば、それだけ時短になるわけだから、商人にとっても旨味があるってことだ。


「バートン、僕の貯金からも出資金を出してあげて」

「かしこまりました」

 バートンが笑顔でうなずけば、リオル兄も声を上げていた。

「それなら『精霊の森商会』からも出さないとね。私も微力ながら出しますよ」

「ならばラドクリフ家からも出さねばならんな!」

 父様も笑顔でビールを飲んでいたよ。

 あれ?

 まだお仕事中じゃないの?

 バートンがため息をついて首を振っていたよ。


 みんなでワイワイ会話をしながら食べていると、ナガレさんとオコジョさんが僕の横にやってきた。

「それでダンジョンはどうであったかのう?」

「ワシも気になるぞ!」

 ワクワクと見つめるその瞳を見て、僕は思い出した。

 二匹もまた、間接的に関わっているってことに。


 僕はナガレさんとオコジョさんに、植物の精霊王さんから聞いた話と、その後の顛末を伝えた。

 ナガレさんに僕の存在を知らせたのは、かつての植物の精霊王さんだったこと。

 その精霊王さんが最後の役目を終えて、グリちゃんと融合したこと。

 ダンジョン内部に封印されていた、光と闇の精霊王の核と出会い、光はピッカちゃんに、闇はユエちゃんに受け継がれたこと。

 二匹はモキュモキュと川エビを食べながら、黙って聞いていてくれた。


「そうか、かつての精霊王たちは皆救われたのだな」

 オコジョさんが川エビを噛みしめながらうなずいていたよ。

 直接の面識がなかったとしても、オコジョさんは一時代の夏の精霊王だったから部外者ではないよね。

 生まれる時代が違ったから、巡り合うことがなかっただけ。

 きっと何か感じるものがあるんだと思う。


 ナガレさんも「あのときの精霊がのう……」と、しみじみとつぶやいていて、食べる手を止めた。

「あの精霊がこの植物園の存在を、我に教えてくれたのだったのう。あの出会いがあって、ハク坊とメエメエさんに巡り合うことができた。それによって、我は生き長らえ、新たに精霊として生まれ変わることができたのだ。――――彼の者に心からの感謝を捧げようかのう……」

 片手に杯を掲げ持ち、瞑目すると、その杯を一気に飲み干していた。

「うまいのう」

 しみじみと、その声だけが広く雄大な景色の中に、解けるように消えていった。

 ナガレさんなりの弔いなんだね。



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