第26話 休養中 レン兄が戻ってきた 

 メエメエさんは手に持ったマジックバッグを影の世界にしまい込み、再び椅子に座り直していた。

「物資を送るだけならば、おばあ様のお屋敷に常駐しているミディに送れますが、魔石の売買となると、実際に従士やレン兄上様にご足労願わないといけません」

「なんで?」

「出入りしている形跡がないのに、大量の魔石が出回ったら不自然でしょう? ちょっとした疑問を持たれると、ラドクリフ家に後ろ暗いところがあると思われるかもしれません。つまらない嫌疑で税の監査が入るのは面倒でしょう? 大口の取引の場合は大きな金額が動きますので、きちんと身元を明らかにしたほうがいいのです」


 ああ、なるほどね。

 小口取引ならバレないけど、大口だと目立っちゃうってことだね。

「そうです、人の口には戸が立てられませんからね。こういうことほど堂々とやったほうがいいのです」

 ジジ様たちもうなずいていたよ。

「わしはレオンに押しつけとるが、毎回小言を言われるな!」

 なんでもないことのように、愉快そうに笑っていたよ。

 辺境伯様が気の毒だねぇ……。



 メエメエさんはあらためてジジ様のほうを見て、確認をしている。

「それはお祖父様も同じことですよ。転移門で出入りするにしても、誰かに見られてはいけません。おばあ様おひとりでその事実を隠し通せますか?」

 珍しく真剣な顔で話しているね。

 ジジ様も同様に真剣でうなずいていた。

「うむ。メエメエさんの言い分はもっともだ。ばあ様と、家令くらいは大丈夫か?」

「ああ、家令殿であれば、秘密は墓場まで持っていくでしょう」

 カルロさん、言い方がちょっと……。


「ふむ。では一度、私が確認に行ってきてもよろしいでしょうか?」

 メエメエさんが顔を上げれば、ジジ様は瞳を輝かせていたよ。

「ならば手紙を書こう! ……そういえば、向こうではミディちゃんを認識しているのかね?」

「おばあ様とは夜にこっそりお茶会をしているそうです。光と水の精霊の子が特に仲良くしていただいているそうで、契約してもよさそうな感じだったような……」

 そのうっかりなつぶやきに、ジジ様が狼狽うろたえて叫んだ!

「何! わしよりも先にかッ!」

「私もまだなのに!!」

 カルロさんまで拳を握って叫んでいるよ。


 そんなふたりを、メエメエさんが生温かい目で見ていた。

「おばあ様の癒やし魔法は、光と水の精霊と縁が深いようです。さらに孫のようにかわいがってくださっているようで、親密度が上がっているんですね。おばあ様のお人柄と、あとは精霊との親和性の問題だと思いますよ」

 ニヨニヨと笑うメエメエさんに、ジジ様はムッとしていたけど、反論はしなかった。

「……ばあ様なら仕方がないか……」

 ボソリとデレていた。

 ジジ様もかわいいところがあるね!



「ラグナードにも転移門があれば、僕もおばあ様に会いに行けるよね! わぁ、楽しみだなぁ!」

 ワザとらしくはしゃいで見せれば、ジジ様もカルロさんもパッと表情を明るくしていたよ!

「う~む」

 メエメエさんも腕を組んで首を捻っていた。

「だとすると、お屋敷の中でないほうがいいのでは? ちゃんと領都の検問から出入りしたほうが、お屋敷の外も自由に歩けて観光ができますよ? ――それならば、領都近くの大森林に転移門をつないだほうが、自然に出入りできそうですよね。ラドクリフ家の皆さんなら大森林からひょっこり出てきても、まったく違和感を持たれないかも……?」

 野人か何かと誤解していない?

 まぁ、確かにその辺を駆け回っているけどさ。


「それもいいな! そうしよう! そうしてくれ!!」

 ジジ様はにんまり笑ってメエメエさんを掴むと、うれしそうに高い高いしていたよ。

「ちょっと、やめてください!」

 メエメエさんが抗議しても聞く耳を持たないね。


 僕はそっと椅子を離れて、ソファの側でへそ天で寝ているニャンコズに近づくと、シロちゃんを抱っこしてブラッシングしてあげたよ。

「気持ちいいニャ~ン」

「次はクロちゃんニャ!」

 ラグの上に座った僕の膝に、クロちゃんがグリグリと頭を擦りつけてくる。

 ポケットからニイニイちゃんとモモちゃんも飛び出して、順番待ちの列に並んでいた。

 どうやらこれはお昼までかかりそうだね!


 精霊さんたちは窓から外へ飛び出して、大空を泳ぐように飛んで遊びに行った。

 バートンはカウンターで、ジジ様たちと穏やかに会話してる。

 爽やかな風が吹き込む中、僕は精霊獣たちを丁寧にブラッシングしてあげたよ。




 そうそう、そのほかのダンジョンのドロップ品なんだけど。

 剣やらの金属類は、ドワーフのボルドさんに全部押しつけて、弓や槍の材料にしてもらっているそうだよ。

 村の鍛冶場で毎日必死に槌を打ち鳴らしているらしい。

 結構質が良かったらしく、ボルドさんは喜んでいたんだって。


 宝箱に入っていた金銀は、銀細工職人のアンジーさん(ボルドさんの娘)に渡して、ソレイユ様へ贈るアクセサリーを作ってもらっている。

 それに合わせて小ぶりの宝石も材料として提供したんだって。

 ついでに弟子の練習用にしてもらって、手習い品はラドクリフ家の直営店『精霊の森商会』で販売するそうだ。

 メエメエさんは抜け目がないねぇ。




 そのあとも、僕はのんびりバラ園の手入れをしながら、休養を楽しんでいた。

 なんやかんやと、ダンジョンから一時帰還してから、今日で十日も経っていたんだよね。

 そのころにはレン兄たちも岩塩採掘から戻ってきたよ。

「あれ、なんでここにいるの?」

 精霊さんたちとのほほ~んと遊んでいる姿を目撃された。

 ず~っとダンジョンに行っていると思っていたみたいだね。

 二泊三日で戻ってきて、はや十日。

 まぁ、驚かれても仕方がないかも……?


 僕が無言で固まっていると、ひょっこりヒューゴが顔を出した。

「坊ちゃんの心がポッキリ折れたので、戻ってきて長期休養中なんですよ!」

 なぜか通りすがりのヒューゴがいい笑顔でバラしていたよ!

 ちょっとは僕の名誉のために言葉を濁してッ!!


「そうか、それは大変だったね……」

 レン兄は優しい笑顔で、いつまでも僕の頭をなでていた。

 その生温かい目は何かな?

 むむむ。



 そんなレン兄が笑っていられるのは、そこまでだった。

「まあまあ、レン様! お戻りでしたらすぐに湯場へ行ってくださいまし!」

 僕とお庭にいるところを、目敏くマーサに見つかった。

 僕と精霊さんたちがお庭にいると、高い確率でチェックが入るんだよね。

 過保護だからさ。

 マーサがお庭に早足でやってくると、いまだ防具を身にまとったままのレン兄の腕を掴んで、湯場まで引っ張っていってしまった。

「今行くから慌てないで! マーサ!」

「お仕事があるんですから、急いでくださいまし!」

 レン兄はマーサの勢いに押されてタジタジになっていた。


 きっとそのあとラグナードへ向かう手筈を整えるんだろう。

「せめて今日くらいは休ませてあげたらいいのにね~」

「ね~」

 精霊さんたちも無邪気な笑顔を浮かべて、僕の真似っこをしている。

 よ~し! かわいい子を捕まえちゃうぞ!

 近くにいたクーさんをハグすれば、「きゃーっ!」と歓声を上げていたよ。

 それからみんなを捕まえるべく、へとへとになるまで駆け回った!

 おかげでパタリと倒れちゃって、休養期間が伸びてしまったんだ。

 てへ。

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