第25話 休養中 ラグナードへ転移門?

 出発は明朝の日の出前。

 アル様とリオル兄と、道先案内人としてケビンの三人が向かう。

 フツメンおじさんのケビンはともかく、エルフの賢者アル様と超美青年のリオル兄は目立つので、姿隠しの魔道具で地味な見た目に変わっていたよ。

 美青年オーラが消えて、茶髪のフツメンになっている。

 ケビンが忌々し気に陰で呪詛を吐いていた。

「イケメン滅びろ……」

 怖いね!


 そんなケビンには目もくれず、父様はリオル兄にお金を渡してお使いを頼んでいるようだった。

 大金をポンと出せるようになるなんて、十年前には考えられなかったよね。

 ラドクリフ家はいまだに表向きは発展途上の領だけど、裏ではガッポリお金と魔石を蓄えている。

 食料の心配もなくなって、裕福になったものだよ。


 三人は騎馬に乗って、牛舎の転移門から出かけていった。

 転移門っていうのは、僕の植物園から直接別の場所へ行ける門のことね。

 実はマーレ町から徒歩で半日くらいの森の中に、拠点石を隠してあるんだよ。

 風と水と土のミディちゃんがサポートとして同行しているので、転移門の在処もバッチリだ。

 彼らをお見送りしたあとは、部屋に戻って二度寝する。

 三時なんて、普段ならまだ眠っている時間だもの。

 精霊さんたちと六時までしっかり眠るんだよ。

 おやすみなさい。




 いつもよりちょっと寝坊したけど、誰にも叱られなくてよかった。

 八時に朝食を終えて、ゆっくりしている父様に聞いてみた。

「リオル兄様に何を頼んだのですか?」

「ああ、珍しい布地などがあればと思ってね」

「布地ですか?」

 僕が首をかしげると、父様は笑って教えてくれた。


「レンの婚約者であるソレイユ嬢に、異国の布でも贈ろうかと思ってね。ずいぶん頑張っているらしく、今は貴族夫人や令嬢とのお茶会などに、積極的に参加しているそうなんだよ。下級貴族の出ということで、舐められないように気を張っているようだね。……辺境伯夫人もご指導くださっているそうだから、何かお礼をしないといけないね」

 ほうほう。


 ソレイユ様はレン兄の婚約者で、ラグナードとその隣のオーウェン領の端っこにくっつくようにある領、小さなローテ男爵家のご令嬢だよ。

 ローテ領は、はっきりいって超がつくほどの貧乏領なんだよね。

 そこのご令嬢と縁があって婚約に至ったのはいいんだけど、ソレイユ様はまともな淑女教育を受けていなかったみたいなの。

 そこでラグナードのおばあ様がお引き受けくださって、ソレイユ嬢はそこで花嫁修業を続けているって訳。

 去年の春からラグナードでの教育が始まって、一年ちょっと経ったところかな?

 ソレイユ様の花嫁修業は、本人の頑張り次第で結婚の日時が決まるんだっけ?

 一応、期限は二年みたいだよ。

 今はプレッシャーが凄いだろうねぇ……。


 さっきも話したとおり、ソレイユ様の生家は余裕がないので、修業中の資金はラドクリフ家で持つことになっているの。

 まぁ、貴族なら婚約者に贈り物をするのは当たり前だから、ドレスや靴・アクセサリーなどを定期的にお届けするんだけど、レン兄はそういうことに気が回らない朴念仁だから、うっかり忘れることが多いみたい。

 周りがああしろこうしろと、お節介を焼いているのが現状だ。

 今も父様が気を配っているってことだよ。


「今はハクの植物園産で間に合わせているけれど、実際のお茶会で布の出所を問われると返事ができないだろう? これからはラグナードや近領からも、質の良い物を入手しなければならないと考えているんだ」

 なるほど。

 いろいろ考えないといけないんだねぇ……。

 あまりピンと来ないけど、そういうものなのだろうと考えながら、カフェオレに口をつけた。



 そのあとマーサをのぞきに行ったら、「そろそろ夏用のドレスをお届けしなければ」と、マーサとリリーが忙しそうにしていた。

「レン様に任せておくと、すぐに忘れてしまうんですよ!」

「ミケーレも全然駄目で、気が利かないったら!?」

 なんだかピリピリしていて近寄りがたいね。

 レン兄はまだ岩塩採掘から戻っていないから、無理を言ったら可哀そうだと思う。

 まぁ、帰ってきたらせっつかれるんだろうけど……。

 頑張ってね、レン兄。


 僕がのほほんと突っ立っている横で、ふたりはドレスのデザインを決めると、早速植物園の服飾工房へと出かけていった。

 靴とバッグとアクセサリーも必要なんだってさ。

 大忙しだね。

 僕の背後に控えたバートンも、困ったように苦笑していたよ。

「レン様と旦那様は、そういう点でもよく似ていらっしゃいます」

 しみじみとつぶやかれた言葉の意味を察し。

「じゃあ、今回気がついた父様は凄いってこと?」

「さようでございますね。年の功でございましょうか……」

「偶然だったりして」

 うふふと笑えば、バートンも笑顔でうなずいていたよ!



 僕はその足で離れのリビングへ向かった。

 もちろんバートンも精霊さんたちも一緒だよ。

 離れのお庭のバラも間もなく開花しそうだね。

 ミツバチさんたちが忙しそうに飛び回っている庭を抜ければ、門番ニャンコズもあとについてくる。

「ブラッシングの約束ニャ!」

「忘れてるニャ!」

 そういえば、ダンジョン内でそんな話をしていたかも?


 離れのリビングでは、開け放たれた窓の下のソファでメエメエさんが寝ていた。

 珍しくジジ様とカルロさんもコーヒーを飲んで寛いでいるね。

「おはようございます、ジジ様、カルロさん」

「おお、おはようさん。調子はどうだ?」

「おはようございます。良いお天気でございますね」

 笑って隣の席を勧めてくれたよ。

 そうそう、身長が伸びた僕は、今では普通の椅子に座れるのだ!

 カウンター席がちょっと高めの作りなので、頑張って上ることに変わりはないけどね!


「メエメエさん、ちょっといい?」

「へ~い」

 声をかければムクリと起き上がり、飛んできて僕の隣の席に座ったよ。

 空いたソファには精霊さんたちがギュウギュウ詰めで座っている。

 仲良しさんたちはいつでもキャッキャと楽しそうだね。


 ラグナードへ贈り物を届けるなら、おばあ様にも何かお届けしようと思うんだ。

「メエメエさん、レン兄が戻ってきたらラグナードへ行くみたいなの。おばあ様へ送る薬草と食料品を準備しておいてほしいの」

「かしこまり~」

 そんな僕らの会話を聞いていたジジ様は、動き出そうとしたメエメエさんに声をかけている。

「ラグナードへ行くのなら、魔石も持たせてやってくれ」

「お安い御用ですよ」

 メエメエさんは気軽に応じていた。


 聞けばジジ様とカルロさんのマジックバッグも、魔石や魔物の素材でいっぱいなんだって。

 大森林の奥地で手に入れたものも、捌き切れずにたまっているみたい。

 ここでも不良在庫が山になっているんだね。

 いくら高額な品でも売ってお金に変えるまでは、所詮はただの物でしかない。

 そういうのが我が家にも植物園にも、ジジ様にもアル様にも蓄積している状態だ。

 ソウコちゃんがキレるわけだよね。


 カルロさんはふたつのマジックバッグを、メエメエさんに手渡していた。

「こちらはラグナード家のレオン様宛てに、こちらは大奥様宛でございます」

「宛先が書かれていれば大丈夫ですよ。レン兄上様がソレイユ様をご訪問するときに、一緒に持っていってもらいます」

 メエメエさんは気軽に請け負っているけど、いいようにレン兄を使っているよね。


 そこで今思いついたように、ジジ様がメエメエさんに相談している。

「のう、メエメエさん。ラグナードのばあ様のところにも、転移門を作れんものか?」

「転移門ですか?」

「そうだ。ラグナードまでは馬で急いでも二日以上かかる。馬車なら三日以上だ。遠くもないが、気軽に行ける距離でもないな。転移門があればちょくちょく向こうのようすも見れるからなぁ……」

 ジジ様は腕組をして、リビングの天井を見上げていた。

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