第23話 休養中 明日にはまた元気になるから

 食堂の後ろにある精霊さんたち専用のテーブルでは、今まさに戦場と化していたよ。

 モリモリ食べる精霊さんたちの手と口が止まらない。

 食器を片付けるタックンと、料理を配膳するリリーが大忙しだった。

 きっと料理場のほうもてんてこ舞いになっていることだろう。

 テーブルでは父様がコーヒーを飲んで寛いでいた。

「おはよう、ハク! 元気になったか?」

 ニコニコ笑って声をかけてくれた。

「おはようございます。まだダルいけど、平気です」

「そうか。しっかり食べなさい」

 父様はただそれだけを言って、朗らかに笑っていた。


 いつもの席に腰を降ろせば、すぐさまバートンがパンケーキのお皿を運んできてくれた。

 シンプルな三段重ねのパンケーキに、たっぷりの蜂蜜とバターが載っている。

 ナイフで切ってフォークで刺して口に運べば、ふわふわのパンケーキに蜂蜜の甘さと、バターのしょっぱさが絡まって絶妙な味わいだった。

 パクパク食べれば、あっという間にペロリとなくなってしまったよ。

 見計らったように、バートンがフルーツたっぷりのヨーグルトを置いてゆく。

 父様にはおかわりのコーヒーを用意していた。

 遅いブランチを食べ終わり、最後にカフェオレを飲んで落ち着いた。

 精霊さんたちのほうは、まだまだ終わる気配がないね。

「頑張ってくれたからな。たくさん食べて英気を養っておくれ」

 見事な食べっぷりに、父様は笑っていたよ。



 食後は談話室でボンヤリ座っていた。

 マーサが横にやってきて、編み物を始めたので、ピットリくっついてその手元を見ていた。

「今年のペコラちゃんの毛糸が取れましたから、セーターを新調しましょうね。みんなには帽子を編もうかしら?」

 精霊さんたちもキャッキャとうれしそうにマーサの手元を見ていた。

「にゃんこの、おみみ、つけて~」

「まぁ! それはかわいらしいわね! それぞれの色の毛糸で編みましょうね」

 楽しそうに語らっていたよ。


 開け放たれた窓から、五月の爽やかな風が吹き込んでくる。

 バラが咲くまではもう少し先だけど、日差しは日々強さを増しているようだ。

 木々の新緑の若葉が萌えるのを見ながら、知らずにまた眠ってしまっていたみたい。



 気づけばマーサに膝枕してもらっていた。

 身体にはブランケットがかけられている。

「目が覚めましたか? みんなはこっそり外へ遊びに行きましたよ」

 マーサが優しく髪をなでながら、目を細めて見下ろしていた。

「坊ちゃまも大きくなりましたね。ほんの少し前までは、こんなに小さくて、いつも私のスカートにしがみついて顔を埋めていましたのに」

「それはちょっと前じゃなくて、ずっと前だと思う」

「まぁ! そうでしたか? 坊ちゃまはいつまでも私のかわいい子どもですもの」

 マーサは楽しそうに笑っていた。


「疲れたときは休んでいいのですよ。私もバートンさんも、ずっとここにいて、ハク坊ちゃまを見守っておりますからね」

 優しい声と手に癒やされる。

「…………うん」

 小さくうなずいて、またまぶたを閉じた。



「なぁに? 甘えん坊のハクに戻ったのかい?」

 不意に聞こえた声に目を開ければ、リオル兄がおもしろいものを見るように、僕の顔を見下ろしていたよ。

「頑張ったんだってね。だけど、最後は疲弊して潰れちゃったの? まだまだだねぇ」

 口ではそんな軽口を言いながら、手は優しく髪をなでていた。

 今日のリオル兄はツンが若干少なめな感じ。

「早く元気になりなよ。明日は外に出てしっかりお日様に当っておいで。しぼんだ心もシャキッとするからね」

 クツクツと笑って談話室を出ていった。


「何しに来たのよ?」

 思わず口をついて出た。

「あれでも心配していらっしゃるのですよ! リオル坊ちゃんは天邪鬼あまのじゃくですから」

 マーサはコロコロと笑っていた。

 むぅ……。


 僕はようやく身体を起こして、手をグーンと上に伸ばして筋肉の強張りを解いた。

「だいぶスッキリしたみたい。ありがとう、マーサ。重かったでしょう?」

「まあ! まだまだハク坊ちゃまなら抱っこできる気がしますわ!」

 マーサはそう言って笑うけど、さすがに無理じゃないかな?

「私はまだまだハク坊ちゃまを抱っこできます」

 バートンが横から口を挟んできたよ。

 テーブルにオレンジジュースを置いて笑った。

「緊急事態には坊ちゃまを運んでみせますので、安心して気絶なさってください」

 力こぶを作ってみせてくれるんだ。


「さすがに緊急時に気絶は駄目だと思う。……だけどありがとう、バートン。マーサもね」

 にっこり笑ってふたりに感謝の気持ちを伝えれば、ほほ笑んでうなずいてくれたんだ。


「僕、弱虫だからすぐに泣いちゃうけど、また頑張るから」

 オレンジジュースのグラスを持って、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 グッと一口飲み込めば、爽やかな酸味と甘みが喉の奥に沁みてゆく。


 明日にはまた、元気になろう。


◆◇◆


 僕がぼんやりしているあいだに、アッシュシオールの湖にある研究室で、ハイエルフの里長さんたちと会談がおこなわれていたみたい。

 主に回収してきた魔石や素材の分配と、今後の日程などを話し合ったんだって。

 参加したのは父様とメエメエさんとアル様、ハイエルフの里長スフィルさんとエルさん。

 回収してきた魔石と宝石類は三分の二をラドクリフ家が、残りをハイエルフさんとで分配した。

 これは単純に参加人数で決めたらしい。

 スフィルさんたちは五分の一でいいと言ったそうだけど、父様は太古のハイエルフさんたちの頑張りがあってこそだと、それ以上は譲らなかった。

 今後のこともあるので、その辺は納得してもらったんだって。

 代わりに硬貨はほぼすべて我が家でもらうことになった。

 ハイエルフさんたちは人間界で貨幣を用いた取引をしないからね。

 今後必要であれば、ラドクリフ家とだけ魔物の素材などで物々交換すればいい。

 必要になったときは我が家で換金できるしね。


 ちなみにジジ様は魔石はいらないと言っていた。

 それよりも武器の強化をしなければいけないと、ラビラビさんラボに押しかけているそうだよ。


 第三階層のボス戦で得た宝箱からは、巨大な戦斧が出てきた。

 ヒューゴが使う戦斧よりも大きくて、使い手が限られそうだということで、これは我が家で預かることになった。

 戦斧のほかに、雷、火、氷、三属性の魔導書が入っていた。

 それから防寒耐火のローブとグローブ。

 エルさんとアル様が、「これらは次の階層で必要になるかもしれない」と言って、分配を保留にした。

 第四階層の状況と、挑むメンバーに合わせて割り振ることとしたのだ。

 


 もうひとつ話し合ったことに、第一から第三までの攻略を別メンバーで進める案だ。

 正確には攻略ではなく、魔物を討伐して魔石を回収することで、ダンジョンの力を削ぐことが目的なんだって。

 なんなら第一階層だけでも交代で討伐しようという話になった。

 そのためには強力な浄化魔法が必要で、ダンジョンから出た弓矢・長槍・大盾を解析し、新たな武器の開発を進めることにしたそうだ。

 さらに強力な浄化の魔道具も作る必要がある。


 仮に一階層だけなら、リポップまで二時間なので、聖魔法と『モクモク君三号DX』があれば、たいした労もなく魔石が回収できるんじゃないかな?

 装備が整い次第、攻略メンバーを決めることで話はまとまった。



 その後、ラビラビさんは聖魔法の弓矢の増産に成功し、聖魔弓と名づけていたよ

 ついで長槍は聖槍として、聖魔法を施した短槍と長槍を量産していた。

 ベースになる槍はドワーフのボルドさんに発注したみたい。

 調子に乗ったラビラビさんは、聖魔法ナイフ、聖魔法包丁、聖魔法五寸釘など、謎のアイテムを作り出していた。

「スケルトンはともかく、レイス捕りの網でも作りましょうか? 光魔法の照射ライトか、いっそのことレーザービーム砲?」

 物騒なものを作る気なのかな?

 放っておくと際限なく変なものを作る気がするよ。


 あとは全員が装着するローブやマントに、浄化魔法陣をデカデカと縫いつけていた。

 ミディちゃんたちがチクチクと夜なべしていたそうだ。

 ご苦労さまね。




 それから数日。

 僕はゆっくり養生して、心と身体の健康増進に努め、日光浴をして過ごした。

「やっぱり光合成が必要なんじゃないですか?」

 メエメエさんかボソリとつぶやいていたよ。

 そう言うけど、メエメエさん。

 人はやっぱり太陽に生かされていると思うんだ。

 暑過ぎても眩し過ぎても駄目だけど、適度に日光を浴びることは大事なんだよ。


「もやしっ子に諭されました!」

 悪かったね、もやしでっ!!


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