第22話 一時帰還 弱い心
その元気な輝く笑顔に目を見張りながら、僕はグリちゃんを抱き締めた。
優しい魔力が僕を包み込む。
大好きな光。
優しい緑の匂い。
「ありがとう、グリちゃん! 本当に、ありがとう!!!」
グリちゃんをギュウッと抱き締めたまま、くずおれてしゃがみこんでしまった。
僕が弱いせいで、グリちゃんに無理をさせたかもしれない。
グリちゃんがいなければ、僕は死んでいたかもしれない。
自分の情けなさと、恐怖が一気に押し寄せて、僕はグリちゃんを抱いたまま大泣きしてしまった。
ああ、弱虫の自分が大嫌い――――。
ワンワン大泣きする僕の声が、主のいなくなった部屋に響いた。
離れていたジジ様たちも戻ってきて、みんなはグリちゃんを褒めていたよ。
「よくやった! 偉いぞグリちゃん!」
「ハクを守ってくれてありがとう!」
頭をなでられても、グリちゃんは僕の泣き顔をのぞき込んで、悲しそうに眉を下げていた。
「いたいいたい、ないないよ~」
たどたどしくつぶやいて、僕の顔にしがみつき、涙を吸い取るようにキスをしてくれるの。
ほかの子たちもくっついて、「だいじょぶー」「わるもの、もう、いないのー」と口々に言葉をかけては、僕にキスしてくれたんだ。
みんなが僕を心配してくれる気持ちがひしひしと伝わってくるんだけど、涙を止められなくて、しゃくり上げながら泣いていた。
弱虫でごめんね。
情けない主人でごめんね。
父様が僕の前に膝をついて、グリちゃんたちと僕の頭をなでてくれた。
「もう敵はいない。遠慮なく存分に泣いていいぞ」
そう言って、グリちゃんごと軽々と僕を抱き上げてくれた。
条件反射のように父様の首にすがりついた。
そのようすを眺めていたアル様が、ホッと息をこぼしていた。
「緊張の糸が切れたんだろうねぇ。初陣にしてはよく頑張ったさ」
優しい手つきで、僕の丸まった背中を擦ってくれた。
「うむ。皆も偉いぞ!」
ジジ様が精霊さんたちを労ってくれた。
ミディちゃんたちが、ボス部屋に散らばった無数の魔石を回収してくれている。
「宝箱はこのまま持ち帰って、戻ってから確認します」
「ああ、それでいい!」
メエメエさんの声に、アル様が返事をしていた。
拾えるものは全部拾って、父様は僕を腕に抱っこしたまま、ボス部屋をあとにした。
ボス部屋の奥の扉を潜れば、そこに小さな小部屋があった。
中央に石板が置かれ、その下には魔法陣が刻まれている。
「おや、三階層目にしてようやく転移ポータルが出てきたね。一階層目でも引き返すのが困難なのに、ここまで来なければ戻れないとは、なんとも意地の悪いダンジョンだ」
アル様の言葉が耳に届いた。
「ハクの浄化魔法のおかげでここまで楽に来られたんだぞ? 本来であれば、一階層を踏破することも困難だったんだ」
父様が耳元でつぶやくのに、小さくうなずいて答えた。
ただスンスンと鼻を鳴らして返事をする。
グリちゃんが心配そうにほっぺをくっつけて、ずっと「たいたい、ないない」とつぶやいているんだよ。
優しい僕の精霊さん。
ありがとうね。
大好きだよ。
先にヒューゴとアル様と、ニャンコズが飛んだ。
「ハク、石板に手を触れれば、最初の聖堂に戻れる。できるかい?」
ようやく顔を上げてみれば、父様とグリちゃんと目が合った。
「……はい」
僕の返事を確認すると、父様は「よし!」と言って僕を床へ下ろす。
ゆっくり手を伸ばし、精霊さんたちと一緒にみんなで触れれば、あっという間に最初の聖堂へ戻ってきた。
僕らのあとに続いてミディ部隊とメエメエさんが、そのあとにライさんとエルさんが、最後にジジ様とカルロさんがそろうと、ようやくみんなの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「全員無事に戻れたことを喜びましょう。ですがその前に、太陽の光を浴びないといけませんね」
エルさんが僕を見て笑った。
「まったくだ。日の光を浴びないと、時間の感覚がおかしくなる」
ライさんも穏やかに相槌を打っている。
「さあ、外に出よう!」
みんなはゆっくりとした足取りで長い階段を上った。
洞窟の外は夕暮れ。
お釜の上が赤く染まっていた。
クロちゃんシロちゃんに分乗して、一行はお釜の傾斜を駆け上がる。
ようやく外の新鮮な空気を吸えて、呼吸が楽になった気がした。
ここでいったんハイエルフのライさんとエルさんとはお別れだ。
「魔石や装備の分配は明日にしよう。湖の研究室でいいかね?」
「それでいい」
アル様が代表してライさんと話をつけていた。
エルさんは別れ際に僕の側へ歩み寄って、「ゆっくりお休み」と優しく笑った。
「ありがとうございます」
ぺこりと小さくお辞儀をしたよ。
彼らを見送ったあと、僕らは岩塩の洞窟に隠した転移扉からお屋敷へ戻った。
メエメエさんは岩塩採掘場のお釜付近に、別のミディ部隊を監視に置いていた。
「念のためです」
短くそう告げていた。
お屋敷には寄らず、その足で離れの扉から温泉へ向かう。
帰りの知らせを受けて、すぐにバートンとマーサが飛んできてくれた。
泣いて目を腫らした僕を見て、ふたりは息を呑んでいたけれど、黙って装備を解くのを手伝ってくれたよ。
ずっと抱いたままだったグリちゃんをようやく手放す。
「たいたい、もうない?」
心配そうに見上げてくる頬に、僕からキスをして笑えば、やっとグリちゃんもほんわかと口の端を上げてくれた。
「心配かけてごめんね。守ってくれてありがとう、グリちゃん」
心からの感謝を伝えて、もう一度ギュッと抱き締めた。
「みんなもありがとうね」
ひとりずつハグをしておでこにキスをすれば、恥ずかしそうにほっぺを赤く染めて、小さくキャッキャと笑ってくれた。
だけど今日のみんなはちょっとだけ静かだ。
そんな僕らのようすを、バートンとマーサが黙って見守っていてくれたんだ。
温泉に入って全身をきれいに洗おう。
鼻孔にしみついた嫌な匂いも流してしまいたいので、浄化魔法もしっかりかけておいた。
このころには、精霊さんたちもいつものように元気に温泉で泳ぎ出している。
バシャバシャ飛んでくる飛沫に、父様とジジ様とカルロさんは苦笑しつつも、彼らが楽しそうに遊ぶ様子を目を細ながら見守っていた。
内湯でしっかり温まり、露天風呂で手足をう~んと伸ばせば、強張りがほどけていくようだった。
脱力してようやく肩の荷が降りた感じで、緊張が
楕円のすべらかな岩に頭を預け、植物園の夜空を見上げれば、満点の星空が広がっていた。
ボーッと星を眺め、それからまぶたを閉じて、風の音に耳を澄ませる。
間もなく、精霊さんたちの賑やかな喧騒に包まれたけれど。
入浴後はお食事処でご飯を食べて、お屋敷の自室のベッドで夢も見ないで眠った。
グリちゃんたちも熟睡したみたい。
翌日目覚めたのは、お昼に間もない時間だった。
精霊さんたちのお腹の大合唱で目を覚ましたよ。
目覚めるのを見計らったように、マーサが顔をのぞかせた。
「まあまあ、みんなお寝坊さんですね。すぐにご飯を食べられますが、その前に顔を洗いましょうね」
「は~い」
みんなは笑顔で良い子のお返事をしていたよ。
マーサは木桶に汲んできた水でみんなに顔を洗わせて、タオルで丁寧に拭いてあげている。
グリちゃんたちの寝ぐせを手早く直し、「先に食堂へ行ってください」と背中を押していた。
腹ペコさんたちが一斉に飛び出していくのを見送ってから、僕を振り返って笑う。
「さあ、次は坊ちゃまの番ですよ。こちらの水で顔を洗ってくださいな。目が覚めますよ」
「は~い」
のろのろとベッドから抜け出して、テーブルに置かれた木桶の水で顔を洗う。
差し出されたタオルで顔を拭えば、マーサが手早く化粧水を顔に塗ってくれた。
「女の子じゃないからいいのに……」
「何をおっしゃいますか! 男も女も変わりませんよ! お肌の栄養補給と思ってお手入れしてくださいな」
腰に手を当てて注意するんだよね。
逆らっては駄目なので、されるがままに乳液とクリームを塗られた。
仕上げにほっぺを両手でペチリとされて、癒やしの魔法を注がれたんだ。
ほっこり心が温まる。
「髪も梳かしましょうね」
ニコニコ笑って長い髪を丁寧に梳いてくれる。
小さいころに戻ったみたい。
「さあ、できました! 急いで食堂へ向かってくださいな! ジェフさんがパンケーキを焼いてくださいますよ!」
シャキッと立たされ、お尻を叩かれたよ。
そのままポイッと廊下に出されると、そこにはバートンが立っていて、「まいりましょう」と穏やかなほほ笑みで促された。
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