第21話 第三階層 砦の主とグリちゃんの奇跡
マッピングスキルで見たフロアの長さはおよそ四千メーテ。
真っ直ぐ走ってきたつもりでも、大きく迂回していたようだった。
「仕方がありませんよ。ヘドロの川や幅の広い谷もありましたからね。なんやかんやと、各廃村を順番通り回った感じですか?」
メエメエさんが横からのぞき込んでつぶやいた。
「そうみたいだね」
「もしかしたら、順路を外れないように、強制力が働いていたかもしれないな」
父様が唸っていた。
ダンジョンって不思議だねぇ。
まずはいったんここで休憩して、最後の砦に挑もう。
相変わらず空気が悪いので、ウサウサテントを出して、その中で車座になって遅い昼食を食べる。
「腹が減ったわい!」
「久しぶりに本気で走りましたからね」
ジジ様とカルロさんが、会話しながらモリモリと肉の塊を食べていた。
「この弓矢はいいね! あとでラビラビさんと同様のものを試作してみよう! そうすればほかの弓士に持たせることができるぞ!」
「できたら何セットかください」
アル様がカカカと笑えば、エルさんが遠慮なく口を挟んでいたよ。
「この槍もいいな。軽く突くだけでグールが砕け散ったぞ。これも全員に装備したほうがいい」
ライさんが長槍の有用性をアピールしていた。
ヒューゴが持つ盾は、重量級なので誰でも扱えるわけではないよね?
「これに触れただけでゾンビが消し飛びましたよ! グールの呪詛も弾き飛ばしていました。軽量の丸縦があれば、従士の装備に加えてもいいですね」
「そうだな、ラビラビさんに頼んでみるか」
ヒューゴと父様が話しながら大きなおにぎりを食べていたよ。
僕は精霊さんたちと普通のおにぎりを食べる。
「からあげ!」
「おかか~」
「うめぼし、すっぱい!!」
「しゃけ~」
「いくら」
「こんぶ~」
「具がないよ!」
ユエちゃんが塩むすびを選んだようだ。
僕はツナマヨだったよ!
おかずもあるからモリモリお食べ。
具だくさんスープも忘れずにね!
食後は甘いチーズケーキでまったりしたよ。
重い足を引きずるように立ち上がって、ウサウサテントから出る。
休んだら返って疲れが出てきちゃったかも……。
心なしか元気のない僕を見て、父様たちが心配してくれた。
「大丈夫か、ハク? お腹でも痛いのか?」
心配してくれるのはいいけれど、何でも腹痛に結びつけないでほしい!
むーっとする僕の側にメエメエさんが飛んできて、しげしげと顔を窺っている。
「あれじゃないですか? そろそろ太陽の光を浴びないと駄目なんですよ。ハク様は植物大好きっ子ですからね」
僕は光合成しないよ!
メエメエさんを大杖の先端で叩き落しておいた。
むむ!
この大杖は使える!!
そんな不機嫌な僕を見て、ヒューゴが眉を下げていた。
「そろそろ精神的にキツくなってきてるんじゃないでしょうか? レイスだのスケルトンだのゾンビだの、陰鬱な空間と匂いは、箱入りの坊ちゃんには堪えると思います」
おお! ナイス分析だよ、ヒューゴ!
繊細な僕には、ふかふかのお布団とぬるま湯のような環境が必要なの!
こんな所に閉じこもっていては、心が疲弊してしまうのさ!
「お家に帰りたい! もうゾンビ嫌!」
心から叫んでしまったよ!
これには父様も困ったように眉を下げ、ジジ様とアル様に視線を向けている。
みんなも困ったように僕を見ているね。
軟弱なもやしっ子でごめんね!
「まぁ、ハクだからねぇ……。真綿に包んで大事に育ててきた、引きこもり小僧だから仕方がないか……」
アル様のつぶやきに、全員がうなずいていたよ!
「ふむ。ハクよ、この階層主をやっつけたら、一度屋敷に戻ろうぞ! それまで頑張れるか?」
ジジ様が労うように、大きな手で僕の頭をなでたので、素直にうなずいたよ。
どっちみちここから出るには、階層主戦は避けられないもんね。
「もうひと頑張りだ!」とみんなに背中を押されて、ようやく足を動かした。
「まずは中の敵を確認し、第二階層と同じように一体だけなら、ハクの浄化魔法で終わらせよう。複数の場合は中に入ってから指示を出す」
アル様の言葉に従い、階層主の部屋の扉を開いて身体を滑り込ませる。
僕の側にはグリちゃんとメエメエさんが控え、ほかの子たちはいつでも魔法を放つ準備をしていた。
第三階層主の部屋は、広い室内闘技場のような形をしていた。
すぐに正面に視線を向ければ、中央に捩じり角を生やした巨大な動物型のグールが一体。
左右に中ボス程度のグール四体とゾンビが四体。
さらにその足元には、無数のゾンビがひしめき合っていた!
ひょえぇぇぇぇ~~ッ!!!
必死に声を飲み込んだよ!
だけどうっかり大杖の先が床に当って、カツン!と大きな音を立ててしまった!
ゾンビやグールの視線が一斉に僕を向いた!
なんなのよ!?
「あ~」とか「う~」とか唸って、腐りながらゆっくり動いているだけだったのに、ここだけ俊敏な反応を示す理由を教えてッ!?
なんで全部の目が真っ赤に光っているのよッ!!
ビビッて混乱する僕の横で、アルじーじとエルさんが魔法を放った。
ライさんの長槍が目前のゾンビを薙ぎ払う。
飛びかかってきたゾンビをヒューゴが大盾で防いでくれたよ!
ジジ様が緋色の魔法剣を、カルロさんが聖火の杖をそれぞれ振るえば、近くにいたゾンビが一掃された。
だけどゾンビは剣で斬ったくらいでは死なない。
切られても立ち上がってくるものもいれば、バラバラの四肢が寄り集まってひとつにまとまってくるんだよ!
反則じゃない!?
「ゾンビにそれを言っても……」
メエメエさんが残念なものを見る目で僕を見ていた。
そこへピッカちゃんの閃光が炸裂し、ゾンビたちを消し飛ばした。
セイちゃんの蒼炎弾が奥にいる中ボスたちに命中したよ!
爆炎が上がって熱波が押し寄せるけど、これで結構な数を倒せたんじゃない?
安易な楽観だったかもしれない。
ほんの一瞬、僕の警戒が薄れ、蒼炎の熱波に顔を逸らしたとき、それは起こった。
ほんの一瞬の出来事だった。
目線を戻したとき、僕の眼前に恐ろしいグールの顔が迫っていた。
その腐肉をまとった指先が僕に延ばされるさまを、スローモーションのように見ていた。
何が起きたのかさっぱり理解できないまま、頭が真っ白になってしまったんだ。
父様やジジ様も虚を突かれたように目を見開いている。
油断した?
だけどそれは、本当に一瞬だったんだ。
一秒にも満たない時間で、このグールは間合いを詰め、今まさに僕に襲いかかろうとしていた。
クロちゃんシロちゃんが、巨大なグールの顔に飛びかかって、押し返そうと蹴り飛ばすがビクともしない。
逆にニャンコズの足が酸に触れたように、ジュッと煙を上げた!
メエメエさんが必死に僕のフードを引っ張っている。
「ハク様! 浄化魔法をッ!!」
ちゃんとその声が聞こえていた。
浄化魔法を放てば大丈夫だと、頭では理解しているのに――――。
腐り落ちる肉の匂いに吐き気を覚えた。
グルグル目が回るような感じがして、だけどはっきり間に合わないと思ったんだ。
そのとき。
触れると思った瞬間に、グリちゃんが僕の目の前に現れた。
輝く緑光をまとったその小さな手を、迫り来るグールの指に伸ばした。
触れるか触れないかの間際、グリちゃんの手の狭間に植物が生まれた。
その植物がグールの腐肉に触れた刹那、無数の植物が腐肉を食らって勢いよくツルを伸ばした!
一瞬で視界を覆い隠すように芽吹き、爆発的に増殖していく植物のツタや葉や茎。
根がゾンビの腐肉を糧に伸びて絡みついていく。
早回しの映像を見るように、植物がグールの腕を駆け上がり、頭部を埋め尽くし、首から胴へ、脚へと這って、グールのすべてを飲み込んだ。
抗い暴れるグールが仰け反り、背後でくすぶる蒼炎に触れた。
耳をつんざく絶叫!
のたうつように暴れる巨大なグール。
僕らはただただ、その光景を見つめて立ち尽くした。
グリちゃんが僕の前で両手を広げて背を向けている。
僕を守るように、勇敢な盾となって敵を退ける。
鮮やかな緑の光をその身にまとい、植物たちがグールと周辺のゾンビたちを食らっていく。
絡みつく茎に無数の花芽は育っていくんだよ。
その一つひとつが膨らんで、やがて蕾がほころぶと、一斉に真白の花を咲かせた!
僕らの目の前が、美しい花で満たされる。
一瞬の奇跡のような光景が広がった。
その花は、やがて花びらを落とし、葉や茎は魔物を包み込んだまま蒼炎に飲まれて燃えていく。
なんて儚く苛烈な光景だろう。
葉も茎も根もツルも、すべて燃えて、やがて光の粒子になって消えていくんだ。
あとに残されたのは、巨大な魔物たちの骨と、肋骨の狭間に鈍く光る大きな魔石だけ。
ねぇ、これが植物精霊王の力なの?
グリちゃんを包む緑の光が収まると、クルリと振り返ってニッパーと笑った。
そしてそのまま、僕に抱き着いて叫ぶんだよ!
「ぼくねー、ハク、まもったよぉーーっ!」
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