第14話 嘆きの迷宮 安全地帯

 マドレーヌをふたつ食べ終え、聖水をコップ一杯飲み干した。

 水筒をしまってリッチのほうに向かって叫んでみる。

「そろそろ浄化魔法はいかがですか~~っ!」

 僕の大声など戦闘の爆音に阻まれて、届かないかもしれない。


 だけどしばらくすると、「頼むよ~」というアル様の声が聞こえた。

「は~い!」

 リッチの周辺に向かって大杖を振るってみた。

 光が届いた場所から徐々に浄化されて、スッキリきれいになっていく!

 白光がリッチを包み込んだとき、僕に向けて睨みながら魔法を放ってきた!?

 けれどその魔法は浄化の白光に阻まれ、リッチもろとも砕け散っていった。

 キラキラと、浄化の光がダイヤモンドダストのように残滓ざんしを残すだけだった。



 ホッと一息ついて、僕はシロちゃんクロちゃんとともに、ミディ部隊を引き連れて走っていく。

 周辺の建物が倒壊して瓦礫の山になっていたけど、シロちゃんはものともせずに軽快に駆け上がってゆく。

 数分走って到着すれば、そこに大きな魔石と魔法の杖が落ちていた。

 近くの瓦礫の上に腰を下ろして、それぞれが肩で息をしているね。

 疲労困憊しながらも、悔しそうに顔を歪めていたよ。

 ふんふん。


 とりあえず大丈夫そうなので、ミディちゃんが順番にポーションを配っていく。

 みんなそれぞれ少なくない怪我を負っていたけれど、致命傷はないみたい。

 伝説級ポーションの威力は素晴らしく、瞬く間に傷が癒えて体力が回復したよ。

 僕は軽食を手渡して回った。

「ラビラビさん特製の回復食です。ちょっとでもいいので食べてください。失った血を回復する効果があるそうです」

 一口大の茶色いお饅頭だ。

 中はこしあんで食べやすいよ!

 ちなみに、さっき僕が食べたマドレーヌは精霊さん用だ。

 ポコちゃんたちもヘトヘトになりながら集まって、バクバクとマドレーヌを食べていた。

 グリちゃんがせっせと配給係になっている。

 雛に餌を与える親鳥のようでかわいい。


 僕はアル様の前にしゃがんで伝えた。

「今メエメエさんたちが安全地帯を探しているので、いったんそこで休憩しましょう。無理は禁物です!」

 強い口調で言ってみた。

 アル様は頭をかきながら苦笑していた。

「やぁやぁ、ハクに説教される日が来ようとはね! これは参ったね!」

 ピシャリとおでこを叩いて大笑いしていたよ。

 うん、全然大丈夫そうだね!


 みんなが一服するあいだ、ミディ部隊に散らばっている魔石と素材の回収をお願いした。

 リッチが落とした杖は、死霊を操る暗黒魔法に特化しているようで、ミディちゃんたちが触るのを嫌がっていた。

 大杖の先に浄化魔法をまとわせて、チョイッとぶつけてみたら、暗黒魔法の杖はただの闇魔法の杖に変わった。

 それを拾い上げてアル様のもとへ持っていく。

「暗黒魔法の邪悪な杖に浄化魔法をぶつけたら、ただの闇魔法の杖に変わったんだけど、使い手はいないよね? どうしよう?」

「ほう! 穢れを祓ったのかい? 内包する魔力が大きいようだから、まずは持ち帰って保管だね」

 そう言ってアル様は自分のマジックアイテムの中にしまっていたよ。

 扱いに困りそうなものは、全部アル様に押しけてしまおう。



 しばらくするとメエメエさんが戻ってきた。

「あのお城の側に安全地帯を発見しました。そこで昼食を取りましょう」

 促されるまま、一行はテクテク歩いて移動する。

 途中で「あれがどうだった」とか、「あの魔法が効きそうだ」とか、脳筋談議に花が咲いていたよ。

 僕はまったく興味がないけど。

 最後はサクッと浄化魔法でやっつければいいから、そんなにムキにならなくていいんじゃないかな?

「あの様子だと倒すまでここに留まりそうですね」

 メエメエさんがボソリとつぶやいていた。

 うん、そんな感じがする。


 

 お城の前に到着すると、城門が開いていた。

 跳ね上げ式の城門橋の下には、真っ黒な堀が巡らされている。

 ボコボコとヘドロの泡が浮かんでは弾けているよ。

 落ちたら即死しそうな感じがして、ゾワッと悪寒が走った。

 この橋を降ろす条件がリッチ討伐だったりして?

 となると、どのくらいの時間開いているかってことだよね?

 リポップまでが二時間だとしても、リッチ戦を終えて間もない状態で、ボス部屋に飛び込むのは無理があると思う。

 そうだとしたら、ボス部屋の攻略は不可能になるんじゃない?

 う~ん。

 何はともあれ、ご飯を食べないことにはこの先には進めない。

 まずは安全地帯に急ごう。

 なんだかお肉が食べたくなってきたよ!


 安全地帯はお城の左側の壁際にあった。

 入り口の洞穴は大人ふたりが並んで通れるくらいの幅で、中はかなり広く、百人くらいは余裕で雑魚寝できそうだ。

 ここは少人数のパーティーよりも、大人数の部隊向きなのかな?

 そんなことを考えながら、お手洗いがないかと探し歩けば、端っこのほうに見つけた。

 奥にはご丁寧に手洗い場が用意されていたけど、肝心のトイレが奈落のポットン式だった……。

 落ちたら危険! 

 ひとりで来るのは怖いので、精霊さんたちを道連れにしよう!


 手早く用を済ませて戻れば、父様たちが昼食の準備を進めていた。

 魔石コンロを五台用意して、スープ用、お肉調理用に分けて使っているね。

 スープはマジックバッグから寸胴鍋ごと取り出して、魔石コンロで保温する。

 鉄板二枚とバーベキュー網二枚が用意された。

 そこへエプロンをしたメエメエさんが、味付け肉と野菜、川エビなどが入った皿をドンドン並べていく。

 最後にご飯のお櫃と、山盛りの白パンを用意していた。

「好きなものを焼いて食べてください」

 それだけ言うと、お鍋のスープを順にお椀によそっていた。

 こういうところはマメマメしいよね!

「はい、どうぞ!」

 一番に僕に手渡すんだもん。

 熱々のポトフはおいしいね!


 精霊さんたち七人とミディ部隊が大きな輪になって、それぞれ好きなものを焼いて食べている。

 クロちゃんシロちゃんには、ミディちゃんが大きなお肉の塊を進呈していた。


 父様たちも自由にお肉を焼き始めた。

 野菜の影も形もないね。

 タレの焦げる匂いが香ばしい。

 僕の木皿に、焼き上がったお肉がたくさん積み重なっていくんだよ。

「たくさん食べて、大きくなれよ!」

 そう言ってみんなが焼いてくれるんだけど、さすがに多過ぎる!

「もう! こんなに食べられないし、食べても急には大きくならないよ!」

 頬を膨らませて抗議すると、みんなが声を上げて笑っていたよ!

 失礼しちゃうよね!



 雑談をしながら楽しい昼食を終え、食後にコーヒーで一服しながら、このあとの話し合いをする。

 ジジ様が「あのリッチは倒しておきたい!」と言って譲らない。

「そうだな! この先のことを考えると、自分たちで倒してレベルアップしておきたい!」

 脳筋族一同もそんなことを言っている。


 僕はカフェオレを飲みながら、気になったので聞いてみた。

「そういえば、魔物を倒すと経験値が入るってキースから聞いた気がする。ここまで浄化魔法で倒した分の経験値って入っているの?」

 父様たちはキョトンとしながら僕を見ていた。

「いや、入っているだろう?」

「バンバン上がってますよ? この短時間でレベルが上がりました」

 父様とヒューゴが答えるんだけど、今度は僕がキョトンとした。


 すると僕の横で食後のお饅頭を食べ、まったりと煎茶を飲んでいたメエメエさんが教えてくれた。

「経験値は戦闘に加わった全員に均等に入りますよ。さらに精霊たちの経験値も分配されますから、お父上様たちは実感されていると思います。しかしハク様の場合はほかの方より分母が大き過ぎるので、気づかない程度の微増となっています。そもそも自分でチェックする気がないですよね?」

 そうね。

 細かいことに興味がないもん。

 メエメエさんは静かにうなずいていたよ。


 それからメエメエさんはみんなに向き直って問いかけた。

「この時間ですから、すでに中ボスはリポップしていると思います。おそらくですが、階層主も上位のリッチとその配下ではないでしょうか? ここで中ボスを倒せなければ、大ボスに挑むのは難しくなります。幸いこの安全地帯を拠点にできますから、レベルアップのために挑んでもよいと思います」

「そうだねぇ。ここでつまずいていては、この先厳しくなるだろう……。ハクに周囲を一掃してもらって、中ボス戦に集中してみようか……」

 アル様が腕を組んでつぶやいた。

 魔導士のエルさんも「そうですね」と相槌を打ったので、満場一致でリベンジが決まったよ。


「雑魚は任せるよ!」

 輝く笑顔で言われちゃった。

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