第10話 迷いの迷宮 そこに広がる世界

 見上げるほどに大きな両開きの扉の真ん前に、シロちゃんに乗って杖を構える。

 左右には超戦力の猛者たちが、今にも飛び込まんと準備していた。

 扉を開けるカルロさんとヒューゴが、目で合図をし合う。

 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

 心臓がバクバクしているけど、うん、大丈夫。

 深呼吸をして、両手に魔力を集中させる。

 人間浄化石上等!

 どのくらいの広さがあるのかわからないけれど、妖精界ほどの広さはないはずだ。

 一撃でピッカピカにしてやるんだ!


 カルロさんとヒューゴが僕の大杖に光が満ちるタイミングで、重い扉を左右に押し開いた。

 その隙間めがけて全力魔法を放てば、浄化の光線が稲妻のように駆け抜け、閃光が爆ぜる!

 扉の隙間からあふれる光に、聖堂内が真っ白に輝く。

 ゴーグルをしているから視力を奪われることはないけれど、全身がスッキリしていた。

 僕らももれなく全身洗濯されたみたいだね!

「やぁやぁ、私たちもピッカピカの風呂上りみたいだねぇ!」

 アル様の軽快な笑い声が聞こえたよ。


 しばらくして白光が収まれば、背後の聖堂が青い光に輝いていた。

「浄化柱と結界柱が充填されました!」

 メエメエさんが明るい声で叫んでいたよ。

 相変わらず薄暗いことに変わりはないけれど、青く煌めく結界柱が、幻想的な雰囲気を醸し出しているね。

 この清浄な空間から、魔物があふれ出すことは難しいと思う。

「少なくとも、ハク様の魔力量を上回る上位種でなければ無理でしょう」

「そんなモノを寄せつけぬよう、わしが打ち砕いてやるわッ!!!」

 メエメエさんの言葉に呼応するように、ジジ様が不敵に笑えば、父様たちの目にも力がこもった。


「では行くぞ!」

 アル様の掛け声と同時に、ジジ様とライさんとクロちゃんが、勇ましく扉の向こうへ飛び込んでいった!

 僕は両頬をパンと叩いて、シロちゃんに声をかける。

「僕らも行こう! 隅々までお掃除しなくっちゃね!」

「ニャ?」

 シロちゃんが首をかしげていたよ!



 先に飛び込んだジジ様たちの、剣戟けんげきの音などは聞こえない。

 妙に静かだなぁと思いながら、シロちゃんに乗って精霊さんたちとともに扉を潜り抜けた。

 目の前に見えるのは大きな階段で、思わず背後を振り返れば、そこには荘厳な聖堂がそびえ立っている。

 どうやら表裏一体のようだね。

 視線を前に戻して先を見れば、古代の遺跡のような石造りの都市が広がっていたよ!

「えぇ! 何これ!」

 思わず大きな声が出て、マズいと思って咄嗟に口を押さえた。

 ダンジョンで迂闊に声を上げるのは危険な行為だよね。

 気をつけなくっちゃ!


 階段の途中まで下りたジジ様たちも、困惑気に眼下を見下ろしている。

 周囲に魔物の気配はない。

 というか階段のあちこちに、拳大の魔石がゴロゴロ落ちているんですけど?

 武器みたいなものや、何かの大きな骨も落ちている。

 メッチャ不自然な光景にみんなは困惑しているみたい。

 そこへメエメエさんが声を発した。

「あれですね。ここにひしめき合っていた魔物は、ハク様の浄化魔法ですべて砕け散ったのです。――ミディ部隊は素材と魔石を回収してください!!」

 お馴染みの軍配を取り出して、ミディ部隊に指示を飛ばしているよ。

 えぇ?


 アル様も笑いながらそれを肯定していた。

「どうやらこの周辺の魔物は一掃されてしまったようだね! ハクの魔法が届いた範囲に、今現在動く魔物はいないということだ! まずは探査しながらお宝回収と行こうか!!」

「そうだな。ふたりずつに分かれてこの遺跡都市の探査をしてみるか……」

 ジジ様も同意して、すぐにチーム分けをしていた。

 ジジ様とカルロさん、アル様とヒューゴ、ライさんと父様、そこにミディ部隊を四分割する。

 魔導士のエルさんが残って僕の警護をしてくれるそうだ。

「私はこの魔導書の検証をしながらお待ちしますよ。もちろん、ハク殿の警護はお任せください」

「よろしく頼みます」

 エルさんに父様が頭を下げていた。


「ハク様の浄化範囲がどこまでかわかりませんので、遠くには行かないでください! 魔物のリポップのタイミングもわかりません! 慎重に行動してください!! 我々はこの先に見えるあの広場まで移動します!!」

 メエメエさんの声にうなずくと、それぞれのチームが別々の方向に駆けていったよ。

 メエメエさんは僕とエルさんに指示を出す。

「慎重に広場まで進みましょう。ここからおよそ五百メーテ先でしょうか? エルさんもそれまでは魔導書をしまってください」

「ああ、わかったよ」

 エルさんは苦笑しながらマジックバッグに魔導書をしまっていた。

 うっかり歩き読みしそうな感じだったね。

「よろしくお願いします」

 僕もそれとなく頭を下げておいたよ。


 クロちゃんを先頭に、精霊さんたちに周囲を警護してもらいながら、シロちゃんは足を進めた。

 その横を歩くエルさんは、興味深げに遺跡都市の建物を見上げている。

 僕もキョロキョロと周囲を見回す。

 石畳の道の両側に、箱型の二階建ての家々が整然と並んでいるんだよね。

 だけど生き物の気配は一切ない。

 草ひとつ生えていない。

 落ちているのは魔石や化石骨と素材のみだ。

 グリちゃんたちと三人のミディちゃんが、せっせとそれらを回収しているよ。


 エルさんも魔石や素材をいくつか拾い上げていた。


「それにしても大きな魔石ですね……。ハク君の浄化魔法がなければ、悠長に探査などしている暇はなかったでしょう。はてさて、これはいったいどんな魔物の落とし物なのか……」

 湾曲した片刃の剣をしげしげと眺める横顔が、なんだかとっても楽しそうだね。

 僕の視線に気づいたエルさんが、照れ臭そうに笑った。

「ハイエルフの里は、良くも悪くも代わり映えがありませんからね。実際のダンジョンに潜るのは初めてなんです。未知の領域に、知らず気持ちが浮足立っているのかもしれません」

「僕も初めてです! 本当は来たくなかったんだけど……」

 尻すぼみになる言葉に、エルさんは笑っていた。


 メエメエさんはといえば、ユエちゃんに闇魔法を使った収納を教えているよ。

「いいですか? 闇魔法のひとつに影渡りがあります。自分の影だけでなく、ちょっとした影さえあれば潜ることができます。それを利用して移動することができるんですよ。ここでは魔石の影を探すことで、地点を特定し、影の世界に引き込んで回収してみましょう」

 メエメエさんは早速模範を示していた。


 ユエちゃんもそれに倣い、まずは目視で確認し、影渡りで地点を特定すると、それを影の中に引きずり込んでいた。

「一個できたよ!」

 パッと表情を明るくするユエちゃんに、メエメエさんは偉そうにうなずいている。

「よろしい。では次は目視せずにチャレンジしてみてください。それができたら特定範囲を広げていきます。まとめて取り込むことができたら、一箇所に集めるように念じてください」

 ほうほう。

 闇魔法がない僕とエルさんも一緒にレクチャーを受けていた。

 緊張感がないよね~。

 

 何度か練習するとユエちゃんはコツを掴んだみたい。

「うんとね、慣れると屋根の上や建物の陰に落ちているのがわかるようになるよ! でもまだ一気に全部は取り込めないよ……」

 しょんぼりと口を尖らせるユエちゃんを、メエメエさんが褒めた。


「闇魔法を手に入れてすぐに、これだけできれば上等ですよ。徐々に自分の身体を潜らせる訓練をしてください。上達すれば瞬間移動できるようになります。闇精霊は闇に閉じ込められても死にませんから、恐れることはありませんよ! 非常に静かな世界なので、家財道具を持ち込んで、自分の部屋を作ることもできます!! ぐうたらするにはもってこいですッ!!」

 徐々にヒートアップして熱弁を振るうメエメエさん。

 たまに休暇と称して雲隠れする、『実家』の在処ありかがわかった気がする……。

 ユエちゃんが若干引いているからやめてあげて。


「へぇ……。私も闇魔法が欲しいですね」

 エルさんまでそんなことを言っていた!

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