第8話 古の魔導士と精霊王の継承

 ようやく階段の終わりが見えてきた。

 大きなホールが口を開けているようだ。

 手前から中を伺っても、真っ暗でどうなっているのか見えない。

 ネズミの斥候さんは、迷いなく漆黒の世界に入り込んでいった。

 ゴーグルの暗視カメラにボンヤリと浮かび上がったのは、人工的な建造物のようだ。

「ふむ、どうやらここが本当の入り口のようだね」

 アル様はそうつぶやいて、暗黒の世界に足を踏み入れた。


 カツーンと、踵の音が響く。

 呼応するように、壁面に埋め込まれた灯りが次々と点灯し、広いホールの床に魔法陣が浮かび上がった。

 見上げた天井は高く、教会や神殿の聖堂を思わせる造りだ。

 ただし差し込む光はない。

 蓄光石に蓄えられたのか、弱い光がスポットライトのように、いくつも床に光を落としていた。

 正面には荘厳な両開きの扉があって、今は固く閉ざされている。

 巨人が通り抜けられそうな大きさだよ。

 祀られる神のいない、ここはまさに聖堂――――。

 

 そして、床に描かれた精巧な魔法陣が薄闇に光を放つ。

 幻想的な色彩の輝きの中に、影が揺らめいた!

 反射的に武器を構える面々。

 ジジ様とライさんとヒューゴが、シロちゃんの前に出た。

 父様とアル様は左右を固め、背後をカルロさんとエルさんとクロちゃんが守る。

 僕らの視線の先で、ユラユラと影が動き、やがて人の姿を模して止まった。

 目の前に立つ人物は、長い魔導士のローブをまとい、右手に大杖を、左手に魔導書を携えていた。

 ゆっくりと顔を上げ、こちらを正視する瞳は青。

 ローブのフードからこぼれた白銀が踊る。


 まごうことなくそれは、ハイエルフの姿をしていた――――。




 目の前に立つハイエルフに、敵意は感じられない。

 表情のない顔でジッとこちらを見つめている。

 困惑して動けないのはハイエルフのライさんとエルさんだろうか。

 よもやこんなところで同胞に出会うとは、思ってもみなかっただろう。

 ジジ様は剣を構えたまま一歩も動かず、アル様も静観しているようだった。


 ハイエルフの魔導士の横には、ほんのり輝く光球と、黒曜石の塊のような球が浮かんでいた。

 彼らが光と闇の精霊王なのだろう。

 すぐに気づいたよ。

 グリちゃんたちとミディ部隊も警戒していないもの。

「間違いありません。光と闇の精霊王の核です。……ずいぶんと力が弱まっていますね」

 メエメエさんが寂しそうにつぶやいた。

 同じ闇精霊の気配を敏感に察知しているのかな?

 

 僕は軽く大杖を振るって、空間に浄化魔法を満たした。

 少しでも、彼らの助けになればいい。

 ただそれだけを願って――――。

 空間に白い光が満ちて、ほのかに輝きを放てば、光と闇の精霊王の核も呼応するように動く。

 それでもあの床の魔法陣から抜け出そうとはしない。

 よくよく注視してみれば、あれは洞窟を塞いでいた結界の魔法陣と同じものだ。

 それが意味することに気づいたとき、その理由を知った。


 エルさんが掠れる声でつぶやいた。

「あなたが、結界を維持するために残られたのか……」

 小さな声が、この暗く冷たい地下の聖堂に響いた。

 まるで墓場のようだ。


 ――――ううん。

 ここは彼の人の墓所なのだろう。

 だって、ローブの裾に向かって、徐々に薄くなっているんだもの。

 目の前のこの人は、すでに生者ではないことを物語っている。


 無表情だったハイエルフの魔導士の瞳に、微かな光が宿った。

 ゆっくりと口が開かれ、静かな聖堂に音が響く。



『私はハイエルフのルシェール。ご覧のとおり、すでにこの身は朽ち果てた。

 残っているのは私の思念のみ――――。


 この忌まわしきダンジョンを封じるために、我が同胞とともにこの地に残った。

 最後に残ったのは私のみで、長い時をここで生きて死んだ。

 死の間際まで、正気を保っていられたのは、光と闇の精霊王が寄り添っていてくれたから。

 そうでなければ、もうとっくに私の心は枯れ果てていただろう……。

 悠久の時を彼らとともに生きた。

 いずれここを訪れる同胞を待って、待ち侘びて……。


 果たしてそれは、今ここに果たされた。

 今この場に立つ者に、このダンジョンを封じる結界陣を預ける。

 そして光と闇の精霊王を、清浄の世界へ解き放ってほしい。


 もはや我らの骨も残らず、すべてダンジョンに飲み込まれた。

 長き時の中で記した魔導の書とこの杖だけを、のちの我らが同胞に託す。


 この背後の扉の向こうは、ダンジョン第一階層につながっている。

 第一階層は嘆きの迷宮。

 心して行け。

 必ず生きて帰れ。


 ああ、願わくは、最後にもう一度、青き果てのない空を見たかった――――』



 独り語りが終わると、魔導士の像は崩れ、光の粒子となって幻のように消えた。

 彼が立っていた場所には、魔導書と大杖が残されている。

 その中空に、彼を惜しむように漂うふたつの精霊王の球。


 精霊王は彼の言葉を残すために、そこから動かなかったの?

 千年の時を生きる長命種のハイエルフであっても、ここに囚われた時間は途方もなく長かったのだろう。

 それでも最後の意志に寄り添って、そして願いを伝えるために――――。



 僕はシロちゃんに伏せてもらって、その背から降りる。

「光はピッカちゃん。闇はメエメエさんでいい?」

 シロちゃんの背にまたがったままのメエメエさんを見れば、左右に顔を振っていた。

「いいえ。月が照らす夜もまた闇。世界を癒す闇です。ユエちゃんが相応しいでしょう」

 その言葉にユエちゃんが驚いていた。

「ボクでいいの……?」

 不安そうな顔で飛んできて、メエメエさんと向き合っている。


 メエメエさんは目を閉じでうなずいた。

「私にはハク様の植物園の管理人という、大事な役目があります! ハク様を守護するお役目はユエちゃんにお願いします!!!」

 メエメエさんが胸を張って宣言すると、闇の精霊王の核も反応を示した。

「ユエちゃんはほかの精霊たちとともに、新たな精霊王へと進化し、そしてこのダンジョンをやっつけるのです!! もちろん私も協力を惜しみません!!!!!」

 ババーン! 

 身振り手振りを交えて熱弁を振るっているよ。


 なんか胡散臭い。


 思わず僕は声を上げてしまった。

「採決を取ります! 嘘臭いと思う人は挙手! 本心だと思う人はそのまま!!」

 全員が反射的に手を挙げていた!

 ジジ様たちもハイエルフさんも、クロちゃんシロちゃんも、精霊さんたち全員も!

 もちろん僕も!

「満場一致! メエメエさんは嘘をついているッ!?」

 ビシッと指を突きつけた!


「なんでですか!!!!!」

 メエメエさんが飛び上がって抗議していたけど、みんなは苦笑を浮かべているだけだ。

「まぁまぁ、本心はあとで聞かせておくれよ!」

 アル様がニヤニヤ笑ってメエメエさんの頭をなでていたよ。

 メエメエさんは猛然と抗議しているけど、今はどうでもいいや。


 僕は不安顔のユエちゃんの両手を掴んで向き合った。

「自分を信じて、ユエちゃん! メエメエさんが言ったことは間違っていないよ。光があって闇があるから、生き物は生きていられるんだ。どっちかひとつでも駄目なの。ユエちゃんは夜の闇に輝く月の精霊さんでしょう? みんなを癒す、安らぎの星になって!」

 

 満面の笑顔で伝えれば、ユエちゃんは涙をポロポロこぼしていた。

「ほんとに、ボクでいいの……?」

「ユエちゃんだからだよッ!!!」

 僕の精一杯の気持ちを伝えると、ユエちゃんは小さくコクンとうなずいた。

 

 ユエちゃんが生まれたのは偶然だったかもしれないけれど、その偶然が重なって今につながり、必然になっていくんだ。

 僕がユエちゃんをギュッと抱き締めると、ピッカちゃんやグリちゃんたちが集まってきて、みんなで精霊団子になる。

 僕らは全員でひとつなんだ。

 恐れずに立ち向かっていこう!


 だってほら、彼らも待っているよ!

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