第7話 放て! 特大浄化魔法!

 やがて、封印されたダンジョンの入り口に、自然と全員の視線が集まる。

 今からこの封印を解いて中に入る。

 葉っぱさんのためにも、弱音を吐いてはいられないよね。


 アル様が頬をパンと叩いて、気合を入れ直していた。

「想定外のことが起こったが、これからやることに変わりはない」

「なぁに、最初から進むべき道はここにある! 新たに挑む理由が生まれただけだ!」

 ジジ様も不敵な笑みを浮かべて拳を打っていた。

 父様とヒューゴも、ライさんとエルさんの瞳にも、決意の光が満ちている。



 メエメエさんが封印石に飛んでいった。

「先に我々が施した封印を解きますが、元の結界がどこまで風化しているかわかりませんので、皆さんは油断しないでくださいね」

 ミディ部隊が壁面に打ち込んでいた封印石に手をかける。

 アル様が僕の背後に回り込んで指示を出した。

「いつでも浄化魔法を飛ばす準備をしておきなさい。私が指示を出したら、一気にあの穴めがけて全力で魔法を放つんだ」

 アル様のいつもとは違う声音に戸惑いながらも、ラビラビさんが作ってくれた大杖を前面に構える。

「恐れるな、ハク。魔力が不足したらすぐに私が補充するぞ!」

 アル様はニカッと笑って、特大の青色サンゴを掲げてみせた。

 うん。

 それって僕が自分で充填したヤツじゃん!


 メエメエさんとミディ部隊が、壁に打ち込んだ封印石を抜き取ると同時に、刻まれた結界陣が消える。

 その下から姿を現した元の結界陣は、外気に触れてボロボロと崩れ始めた!

「すでに限界だったのかッ!」

 誰かの叫ぶ声と同時に、耳元でアル様の大きな声が聞こえた!

「放て! 特大浄化魔法!!!」

 その声を合図に、僕は渾身の力を振り絞る!

 この不快な瘴気を外にあふれ出させはしないと、強い決意を込めて!


 果たして大杖の先から白光がほとばしる!

 それは妖精界で放出した威力に匹敵する勢いだった。

 一点集中で疾走する白光は、周囲をも浄化しつつ、渦を巻くように洞窟内部に侵入していった!

 ゴーグルをしていなかったら目がやられていたかもしれないね!


「よし! やめッ‼」

 アル様の声に弾かれ、大杖から力を抜いて息を吐き出した。

「魔力消費はどうだね?」

 アル様が冷静に声をかけてくる。

「ちょっと減った感じはしますが、セイちゃんに魔力を吸われていたときよりも平気な感じです」

 呼ばれたと思ったのかセイちゃんが飛んできたので、頭をなでておいた。

 ほのぼの笑い合う僕とセイちゃんを見比べて、アル様は肩をすくめて笑った。

「なんだい。この青色サンゴは必要なかったようだね!」

 アル様は豪快に笑っていたよ。



 こうしてのほほんとしてはいられない。

 ぽっかりと大きな口を開けたダンジョンの入り口は、なんだか周囲の岩が輝いていた。

「ハク様の浄化魔法の威力ですね! ここから見える範囲ですが、内部もピカピカになっていますよ! よ、お掃除名人っ!!」

 メエメエさんが冷やかすように笑っていた。

「確かにこれはお掃除名人だな!」

 ジジ様も内部をのぞき込んで大笑いしていた。

 みんなが笑っているんですけど?

 今ってそういう状態じゃないよね?

 なんだか不名誉な呼び名をつけられた感じで、釈然としない……。

 


 早速ヒューゴとカルロさんが第一歩を踏み入れ、ジジ様とアル様、身体を縮めたクロちゃんが大ジャンプで飛び込んだ。

 そのあとに僕と父様を乗せたシロちゃんが続く。

「瘴気がないニャ」

「肩透かしニャ」

 二匹はブツブツ文句を言いながらも、周囲を警戒してくれている。

 遅れてライさんとエルさんが洞穴に入った。


 洞窟の入り口付近は岩肌が剥き出しのままで、縦横たてよこ五メーテくらいの幅がある。

 ミディ部隊が洞窟内に侵入すると、メエメエさんは入り口の内側に結界石を打ち込んでいた。

「たいした強度はありませんが、瘴気くらいはある程度防いでくれるでしょう。ちなみに人間と精霊は通り抜けることが可能です」

 結界石の効果を確認したアル様とエルさんがうなずき合っていた。

 外に瘴気が漏れ出すと、周辺の魔物に影響を与えかねないからね。


 それにしても、葉っぱさんが言っていたほど危険な感じがしないね。

「この先はどうなっているんだろう?」

 周囲を見回してつぶやくと、横に立った父様が顎に手を当てながら思案している。

「このまま直接一階層という作りもあれば、入ってすぐが帰還陣のポータルというダンジョンもあるな。そういうダンジョンは規模が大きいんだ」

 アル様が相槌を打って緩く笑った。

「ここは後者に当たるだろう……。何はともあれ、ハクの浄化魔法が効いているようだから、索敵しながら慎重に進もうか。まずはスタンピードが起きていないことに安堵するさ」

 封印が解けた瞬間にあふれなくて良かったよ。

 全員がホッとした表情を浮かべていた。


 そこでメエメエさんが提案する。

「ここは魔道具に斥候を頼みましょう! てってれ~。ネズミの斥候さん~!」

 そう言ってカヤネズミの姿をした、機械仕掛けの魔道具を取り出していた。

「ええ? 何それ?」

「ラビラビさんが考案した自走式探査機です。全方向に対して索敵しながら進みますと、瞬時にゴーグルに反映されます! 壊れてもたくさん準備してありますから大丈夫!」

 蹄を突き上げて叫んだ。


「またおもしろいものを作りますね!」

 横からエルさんが顔をのぞかせて、しげしげとネズミの斥候さんを眺めていた。

 魔導士としては気になって仕方がないみたい。

「あとにしてくれ。行くぞ!」

 ライさんが呆れたようにエルさんのローブを引っ張っていたよ。


 父様たちは武器を手に持ち、ネズミの斥候さんの後方をゆっくり進んでいく。

 洞窟は五十メーテくらい進むと、大人が三人横に並んで進めるほどの石階段に変わった。

 ご丁寧に手すりもついていて、大理石のような壁面に、灯りの魔道具のようなものが等間隔で埋め込まれている。

 人感センサーのように、近づくと勝手に点灯して、離れれば勝手に消灯している。

 天井もメッチャ高くて、靴の音が反響していた。

 ずいぶんと人工的な作りをしていると思う。

「まるでどこぞの大神殿のようだねぇ……」と、アル様がつぶやいていた。


 聞けばスウォレム山脈の西側に聖教国という国があって、そこには巨大神殿がいくつもあるんだって。

「成金主義の贅沢ぜいたくな神殿だったな!」

「そうだねぇ。ゴテゴテとした装飾が下品だったねぇ。こっちのほうがまだ品を感じるよ」

 ジジ様とアル様がそんな話をしながら進んでいく。

 いまだにネズミの斥候さんのセンサーに引っかかるものはない。

 どうやらここは、あくまでも入口へ続く通路のようだ。


 何千年も封印されて、訪れるものがいなかったダンジョンの割に、静か過ぎる気がした。

 父様も「この手のダンジョンは不気味だな……」とつぶやいている。

 そう、嵐の前の静けさのような。

 この薄暗い閉鎖空間に恐怖を感じてしまう。

 前に座ったメエメエさんも、腕を組んで考え込んでいた。


「ふむ。このダンジョンは奥にもうひとつ、結界が施されている可能性がありますか?」

「ああ、そうだねぇ。ハクの浄化魔法で清めたあとに、すぐに瘴気が満ちてこない理由を考えているんだね?」

 メエメエさんの問いかけに、アル様が返事をした。

「そうです。下層からドンドン瘴気が上がってくると思っていましたが、この階段は外界と変わらないですよね。ハク様の浄化魔法で埃も汚れも、スッキリきれいになりましたッ!」

「そうだねぇ……。階段がきれい過ぎて、靴底が滑りそうだよ! あっはっは~」

 自慢げに叫ぶメエメエさんと、なぜか大ウケしているアル様。

 ねぇ?

 もうちょっと緊張感を持とうよ……。

 父様は困ったように苦笑しているだけだった。


 一行は長く緩やかな階段を下っていく。

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