第6話 葉っぱさんとグリちゃん

「当時はもっといろんな種族がいて、みんなで立ち向かったんだけどね。次から次へと高位魔物が上がってきて、徐々に手がつけられなくなってきたんだよ」

 葉っぱさんは苦悶の表情で葉っぱをよじっていた。

 そのときの戦いで、多くの種族が消えてしまったみたい。

 ハイエルフもエルフもドワーフもずいぶん数を減らし、高位の精霊たちも消滅してしまったんだって。

 とても悲しい話に、僕は知らずローブの前を握り締めていた。


「いよいよ僕らの限界が近づいたとき、七人の精霊王とハイエルフの大魔導士七人が力を合わせ、このダンジョンを封印することにしたんだよ」

 葉っぱさんは力なく項垂れながら話を続けた。

「当時のハイエルフたちは今の君たちとは違って、もっと多くの魔力量を持ち、偉大なる魔術を扱ったんだ。けれどあの戦いで力の強い者たちが消え、力の弱い者たちが生き延びたんだ……。君たちはその子孫に当たるね」


 ハイエルフのライさんとエルさんは、自分たちのルーツを初めて知ったみたい。

 その戦いで強者を失い、大いなる魔法を失い、大幅に数を減らしたハイエルフたち。

 それでも彼らは長命種として能力が高いことに変わりはなく、のちに台頭してきた人間たちによって迫害されることになったんだ。


「当時の作戦はこうだ。土水火風の四大元素の精霊王と、多くの上級精霊たち、そしてハイエルフやドワーフの戦士たちが、地上にあふれた魔物を抑え込み、光と闇の精霊王と魔導士たちがダンジョンに封印を施す! ――――だけど口で言うほど簡単なことじゃなくて、大きな犠牲を払うことになったんだ」

 葉っぱさんはしょんぼりと項垂れた。


 決死の戦いが繰り広げられ、皮肉なことに、魔物の死骸と戦死者の亡骸なきがらが、この大きなお釜を塞いだのだそうだ。

 凄惨たる光景を思い出したのか、葉っぱさんはギュッと目を閉じていた。

 そこには筆舌に尽くしがたい光景が広がっていたのだろう。

 空を見上げてお釜の広さを思い知る。

 今いるこの場所すべてが、亡骸なきがらで埋もれていたなんて、想像するだけで足下から震えが上がってくるようだ。

 父様もジジ様も皆、口を引き結んだまま瞑目していた。



 そのむくろの山の中に、決死の覚悟で細い道を開いて潜り込み、ようやくダンジョンの入り口に到達した七人の魔導士たち。

 ダンジョンに封印を施すことができたときには、すでに葉っぱさん以外の精霊王は消えていたそうだ。


「正確には、辛うじて精霊核だけは回収できたんだ。それを残ったハイエルフたちに預け、僕は弱き精霊たちとともに、世界の再生に尽力した。逆に言うと、僕はそのために外されたんだ…………」

 力なく俯いた葉っぱさんのつぶらな双眼から、ぽとぽとと水の雫が流れ落ちていた。


「ああ、いけませんよ。植物は水を失うと干からびてしまいます」

 メエメエさんは小さなおもちゃの湯飲みに、静かに玉露を注いでいた。

 クーさんも雲を出して、葉っぱさんの上に優しい雨を降らせている。

 ポコちゃんは葉っぱさんの足元に、フカフカの堆肥を敷いてあげていた。

 ほかの子たちが優しい魔力を注いであげると、葉っぱさんのしおれた葉っぱが息を吹き返す。

 葉っぱさんは葉を揺すってから、目元を細い手で拭い、パッと顔を上げたんだ。


「ありがとう! メソメソしてはいられないよ! 僕は僕の役目を果たさなくっちゃ!」

 葉っぱさんの声に力がこもった。



「そのあとにハイエルフを襲った悲劇は、君たちの歴史書で伝わっていると思う。僕には『銀枝の樹』の実を渡すことしかできなくて、ごめんよ」

 葉っぱさんはハイエルフさんたちに葉を折っていた。

 ライさんとエルさんは黙って首を振っている。

「安息の地を賜ったことに、感謝以外の言葉はありません」

 そう告げたふたりの瞳の奥に、暗い思念は感じられない。

 心からの言葉だと伝わったよ。


 残された葉っぱさんは葉っぱさんで、再生を頑張っていたみたいなんだ。

 この辺一帯の森を復元させるのに尽力したんだって。

 それには四季の精霊王さんたちも協力を惜しまなかったみたい。

 どんな精霊も、自然とともに生まれて死んでいく存在に変わりはないから。

 普遍なる大自然こそが、彼らの命のゆりかごなのだ。

 彼らは手を取り合って、このダンジョンを隠すように、深い森を広げ、人間が立ち入るのを防いだのだという。


「そのあとは僕も力尽きて眠りについたんだよ。君たちも知っていると思うけど、メイプルツリーの森周辺は精霊たちが眠る場所なんだ。今も多くの精霊たちが眠っているよ」

 その言葉に僕は顔を上げた。

 あの森を思い出せば納得ができた。

 それはただ眠っているの?

 それとも、二度と目覚めない眠りなの……。

 考えると胸が苦しくなるよ。



「それからどれくらいの時間が経ったんだろうね? あるとき、森の南のほうに強い精霊の息吹を感じたんだよ! 僕はそれを感じ取って目覚めたと言っても過言ではないのさ!」

 葉っぱさんは瞳を輝かせて僕を見つめた。

「目覚めてビックリしたのは、近くに大きな湖ができていて、そこに老龍が暮らしていたことだよ! 僕が眠りについたあと、老龍が魔物からメイプルツリーの森を守ってくれていたみたいなんだ!? 彼もまたこの森を守護する神龍だったんだよ!!!」


 ああ、そこからナガレさんにつながっていくのか!

「ということは、ナガレさんに僕の植物園の存在を教えた精霊さんって……」

「もちろん僕さ! なけなしの力を振り絞って、かつての姿を一時だけ再現することができたんだ! 老龍を再生してくれてありがとう!」

 葉っぱさんの輝く笑顔に、涙が滲んだよ。


 いろんな偶然がつながって、僕はナガレさんに出会い、ナガレさんも元気に生きることができた。

 葉っぱさんがいなければ、今の植物園は存在しなくて、そして今の大森林の安定もなかったんだと思うと、僕は涙を抑えることができなかった。

 父様もジジ様もアル様も、カルロさんもヒューゴも、みんな葉っぱさんに頭を垂れている。

 葉っぱさんは照れたように笑って、それから穏やかに目を閉じた。


「聞いてよ。――――この山脈の麓に、新たな精霊の力が生まれて、再びこのダンジョンに戻ってきた。僕から君たちにお願いしたいことは、一緒に封じられた光と闇の精霊王を助けてほしいということだよ。――――どうかお願いします」

 葉っぱさんは地面につくほど、葉の上部を下げていた。

 僕は涙をローブの袖で拭った。

「頭を上げてよ、葉っぱさん。僕らは僕らのためにこのダンジョンに挑むんだもん! 君が頭を下げる必要なんてないんだよ!」

 顔を上げた葉っぱさんの目が潤んでいた。

 葉っぱさんはキリリと口元を引き結ぶと、勢いよく立ち上がり、グリちゃんに両手を差し出した。


「もう僕にはたいした力は残っていないんだ! だから僕の精霊核を受け取っておくれ! 君が新たな植物の精霊王となって、君の大好きな主を助けるんだよ!!!」


 その言葉にうなずいたグリちゃんが、小さな小さな葉っぱさんの両手を握った。

 その瞬間に優しい光が輝いて、僕たちが見守る中で、笑顔の葉っぱさんがグリちゃんに吸い込まれていったんだ。

 周辺が緑色に輝く中、視界を埋め尽くすほどの新緑の若葉が伸びる。

 早回しのように新芽が開き成長していく。

 それらが天にも届くほどの大樹を象ったとき、天空の彼方に燦然と輝く太陽の光が見えた。


「世界樹です……ッ!?」


 遠くでメエメエさんの声が聞こえた。


 刹那の光景は輝く光の粒子となって弾け飛ぶ。

 それは僕らの上に、桜の花びらのように舞い落ちてきた。

 ハッと目を瞬いたとき、目の前のグリちゃんに気づく。


 いつもと変わらないかわいい元気な笑顔で、両手を広げて僕の胸に飛び込んできたよ!

 抱き締めたグリちゃんから、今までにない力の息吹を感じた。

 植物は生命そのものの象徴。

 世界に酸素を吐き出し、二酸化酸素も穢れも吸収し、やがて土に還り、また新たな命を芽吹かせる。

 そうやって命は巡っていくんだ。


「お休みなさい、葉っぱさん。僕らと一緒に生きていこうね」

 真心を込めて、ギュッと力強く抱き締める。

 グリちゃんは「きゃーっ!」と輝く笑顔で歓声を上げた。

 ポコちゃんクーさんピッカちゃん、フウちゃんユエちゃんセイちゃんが集まって、みんなで抱き合って喜び笑った。

 僕らはいつまでも一緒だよ。


 僕はこの子たちと生きていくんだ!

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