第5話 謎󠄀の生物との邂逅
大きなすり鉢状のお釜の縁を、軽快に駆け下りていく。
いやいや、真下に落下しているような錯覚に陥るよ!
実際は緩く斜めにカーブしながら、ニャンコズは足場を選んで走っているんだけど、そもそもの傾斜がキツ過ぎるんだよね。
運動音痴な僕は、必死でシロちゃんの背中にしがみつくのがやっとだよ!
「圧迫されます! メエメエさん圧死の危機!!」
僕のお腹の下敷きになったメエメエさんが何か言っている。
反論したくても今は無理!
代わりにギュウギュウ圧迫してやったよ!
「ぎゅむっ!」
ようやくお釜の底にある塩湖までやってきた。
適当な窪みに止まったクロちゃんシロちゃん。
ハイエルフさんたちも少し遅れて到着したみたい。
この傾斜を駆け下りてくるだけで、ジェットコースターのようなスリルが味わえちゃうよね。
僕の後ろにまたがった父様が、「大丈夫か? 吐くか?」と心配そうにしている。
父様の後ろのヒューゴも、「何か容器があったかな?」とつぶやきながら、マジックポーチを漁っているんだよ。
なぜ吐くことが前提になっているのよ?
「平気です! 吐かないから安心してっ!!」
おかげで僕の心臓の鼓動も収まってきた。
「軟弱ニャ」
「まったくですね!」
シロちゃんとメエメエさんに文句を言われたけど、人間は急には変われないのだよ!
そんな僕を無視して、アル様とメエメエさんがダンジョンの結界を解除するために動き出そうとした、そのとき。
ダンジョン入り口前の尖った岩塩の上に、謎の生物を発見した。
んんん?
それは一枚の葉っぱさんだった。
細い紐みたいな手足がついた、十センテくらいの葉っぱで、中央につぶらな目と口がついている。
子どもの落書きのような姿だ。
そんな葉っぱさんが手を振って笑っているんだよね。
まったく悪い気は感じないよ。
むしろ慣れ親しんだ気配がするような…………?
「やぁ! 初めまして! 僕は植物の精霊王だよ!!!」
葉っぱさんは輝く笑顔で叫んだ。
僕らは息を呑んで固まってしまったよ。
「ええぇぇぇ~~ッ!?」
思わず叫んでしまった僕は悪くないと思う!
急展開だね!?
目の前の小さな葉っぱさんは、器用に手を動かして僕らに挨拶をした。
「こんな姿だけど、間違いなく植物の精霊王なんだよ! ねぇねぇ、僕の話を聞いてよ! 聞くも涙、語るも涙の、僕らの今までの壮大な物語を!!!」
葉っぱさんは両手を広げて叫んだ。
あ然とする僕らと、自称植物の精霊王葉っぱさんのテンションが違い過ぎるね。
誰も何も反応しないのをいいことに、葉っぱさんは勝手に話し始めた。
「君たちがここへ来るのを、ずっと待っていたんだよ! このダンジョンを封印したのが大昔のハイエルフたちと、僕ら精霊王なんだ! ここはこの世界最大のダンジョンが眠っているんだよ! そしてこの中に、光と闇の精霊王が閉じ込められているんだッ!!!」
葉っぱさんは絶叫した。
えぇ?
いきなり過ぎて、ちょっとそのテンションについていけない。
空気を読む気のない葉っぱさんは、一方的に話を続けるんだよね。
「僕もずいぶんと力を失って、今ではこんな姿をしているけれど、元は人の姿を取れたんだよ? 嘘じゃないよ、ほんとだよ!」
葉っぱさんは力説していた。
別に誰も否定していないよね?
う~ん。
なんだか話が長くなりそうな予感。
クロちゃんシロちゃんは僕らを降ろすと、適当に岩塩を掘って寝そべる場所を作っていた。
ジジ様やアル様は楽しそうに、聞く体制になっているよ。
困惑するのは常識人の父様とハイエルフさんたちかな?
僕とヒューゴは、ぼんやり突っ立っているだけだ。
「長そうですから、一服しましょうか」
メエメエさんはマイ急須と湯飲みを取り出して、お気に入りの煎茶を飲み出した。
お手洗いが近くなっても知らないよ?
「精霊はトイレになど行きません! 一切の無駄なく吸収されますから!」
僕に向かって力説していたよ。
いつの間にかメエメエさんの前に移動してきた葉っぱさんが、「僕にもおくれ!」と膝を折って座り込んだ。
「仕方ありませんね」
メエメエさんは小さなおもちゃのような湯飲みを差し出していたよ。
「最高級品の玉露です! 敬意を表してお出しいたします! 感謝してお飲みください!」
んん?
敬意を表しているのに、感謝しろって矛盾していない?
メエメエさんは相変わらずメッチャ偉そうな態度だった。
玉露を一口すすって、葉っぱさんはホッと息をついていた。
「これはいいね! 葉脈に染み渡るようだよ!」
「ほう? あなたもいける口ですね!」
なんかメエメエさんと会話が弾んでいた。
言っている意味が全然わからないけど。
「僕ら精霊は人間とは違う時間の尺度で生きているから、ハッキリと何年前とは言えないんだけど」
葉っぱさんはそう前置きして、このダンジョンが出現したときのことを話してくれた。
「ここは元々大きな山だったんだけど、それがあるとき大爆発を起こしてね! 最初は火山の噴火かと思って見に来たら、周囲の山々ごと吹き飛ばし、荒れ果てた塩の岩石が剥き出しになっていたんだ! なんの天変地異かと思ったら、大きな穴の底にダンジョンが口を開けているじゃない? 僕らもビックリしたのなんのって!」
ほうほう。
大穴の底にはウジャウジャと魔物があふれ返っていたそうだ。
「こういった場合、最初に出てくるのはたいてい弱い魔物なんだよ。そういう魔物は空を飛べないから、このすり鉢状の地形を登り切れないと踏んで、土の精霊王がこの壁面の傾斜をキツくしたんだよね」
葉っぱさんは紐の手でお釜の上のほうを指し示した。
なるほど。
新しく生まれたダンジョンを、当初は普通のダンジョンだと思っていたんだね。
「スタンピードが起きちゃっているからと、世界各地から力のある精霊たちが集まってきて、少しずつ魔物を減らしていったんだよ。最初は順調に行っていて、すぐに終息するだろうと思っていたんだけど、途中から魔物の排出が異常なことに気づいたんだ」
葉っぱさんは目を閉じて、忌まわしい記憶を掘り起こしているようだった。
数日経っても魔物の数は減らず、そのうち空を飛ぶ魔物があふれ出てくるようになって、精霊王さんたちは慌てたそうだ。
徐々に力の強い魔物が外に出てくるようになって、ようやくこのダンジョンが普通ではないことに気づいたんだって。
「だって聞いておくれよ! 生まれ立てのダンジョンが厄災級だなんて、誰が思うんだい! そこは初級から始めようよ!!!」
それを僕らに言われてもねぇ……。
メエメエさんも変な顔をしていた。
いつもだけど。
それからも戦いが続き、ついにお釜の縁を超える魔物が現れた。
精霊王さんたちの対応が後手に回ったんだと思う。
「当時この近くには、ハイエルフやエルフたちの隠れ里が点在していたんだよ。彼らは僕ら精霊たちと友好関係にあったからね! なんとか彼らの里に被害が及ばないように、みんなで協力して戦ったのさ!」
それを聞いたライさんとエルさんが、驚きの表情を浮かべていたよ。
元はハイエルフとエルフは仲が良かったのかな?
アル様も腕を組んで考え込んでいる。
「ちなみにもっと北の鉱山深くには、ドワーフ族が今でも暮らしているよ」
葉っぱさんは何げに新たな情報をもたらした。
ここよりもっと北の、いわゆる北極圏の地下深くに、太古のドワーフ国があるというのだから驚きだ。
さすがに父様とジジ様も初耳らしく、驚きを隠せないでいる。
「あ、原初のドワーフ族は頑固で閉鎖的だから、接触を持とうなんて考えないでね?」
葉っぱさんは念を押していた。
ハイエルフさん同様、彼らもまた大昔に、人間と戦った歴史があるみたい。
人間って、罪深い生き物だよね……。
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