第1章 封印の守護者と嘆きの迷宮

第4話 いざ出発のとき!

 翌日も朝から晴れ渡っていた。

 憎らしいほどの晴天だよ!


 朝食をしっかり食べて、バートンとマーサに手伝ってもらって身支度を整える。

 真っ白なローブをまとった僕を見て、マーサが「天使様です!」と涙を浮かべていた。

 鏡に映った僕は確かにそんな感じかもしれない。

 背中に羽根はないけどね。

 白銀の髪に純白のローブだから、まさに聖魔法の使い手って雰囲気だよね。

 黙っていれば……ね。

 ふふふ。


 マーサはローブに施された刺繍を手に取って眺めながら、ほうと感嘆のため息をついていた。

「複雑な魔術式が刻まれていると伺いましたが、これはまた見事な図案でございますね」

「うん。リオル兄もじっくり見ないと読み解けないって、メッチャ驚いていたよ」

「ラビラビさんとミディお針子部隊が、それは頑張っていらっしゃいました」

 バートンも思い出すようにうなずいていた。

 一見ただの模様のようでいて、実際は魔法陣が組み込まれているから、これはみんなの優れた技術の結晶なんだね!


 そうこうしているうちに時間になった。

 グリちゃんたちと一緒にエントランスへ移動すれば、そこには討伐メンバーが集まっていたよ。

 今回のダンジョンアタックには、ジジ様とカルロさんとアル様、そして父様と従士のヒューゴが参加する。

 そこへ僕と精霊さん七人と、メエメエさんが加わった。

 いよいよなんだなぁと思うと、胃がキリキリ痛んでくるよ。


「準備はいいかい? お腹は痛くないかい?」

 緊張している僕を見て、父様が笑顔で声をかけてきた。

 むむむ!

「大丈夫です。朝から味変ポーションを飲まされました!」

 自主的に飲んだのではない。

 僕の背後でバートンがほほ笑んでいるよ!

 それを聞いた父様は、「そうか、そうか」と、笑って僕の頭をなでていた。

 むー!


 父様は僕から離れ、留守を預かるリオル兄に声をかけている。

「レンが戻るまで任せるぞ。もしものときは、ふたりに託す」

「お任せください」

 リオル兄は力強くうなずいていた。

 昨日の夜、父様とリオル兄は書斎で話し込んでいたみたい。


 岩塩採掘に出かけているレン兄とも、出発前に話を済ませていたそうだ。

 今年の岩塩採掘隊は、行きは転移扉を使ったけれど、帰りは陸路の魔物を狩りながら戻ってくる。

 数日前に岩塩採掘場を出発すると、執事室のポストに手紙が届いていたんだ。

 帰りの道は途中まで整備してあるし、ハーピーの営巣地はジジ様たちが討伐を済ませている。

 おそらく短い日程で帰ってくると思うよ。

 それにミディ探索部隊が同行しているし、この辺一帯に精霊さんたちが飛んでいるんだ。

 不測の事態は起きないだろう。


 父様はリオル兄の肩を抱いていた。

 もしかしたら、戻ってこれない可能性がある。

 そうならないように準備をしてきたけれど、未知の領域に足を踏み入れるのだから、どうなるかわからない。

 どんなときでも最悪の事態を想定し、一手二手先を読んで策を講じるのが領主なのだ。

 家族よりも何よりも、領民を守ること。

 それが大事だと、父様はレン兄とリオル兄に、小さいころから教え込んでいた。

 何かあったときはビクターもバートンもいるから、「皆で協力して守ってくれ」と、リオル兄の耳にささやく声が聞こえた。

 レン兄とリオル兄なら大丈夫!

 僕らも全員で戻ってくるんだからね!



 一行は屋敷のエントランスから出て、岩塩採掘場へ向かう転移扉を潜り抜けた。

 その先の洞窟には、すでにクロちゃんシロちゃんと、ミディ部隊十二名が待機していた。

 出発前の最後の確認にラビラビさんもやってきている。

「私はダンジョンまで同行できませんが、サポートはお任せください。まずは外へ出て、ハイエルフたちを待ちましょう。全員集まったとき、最後の装備をお渡しします」

 キリリとしたラビラビさんを先頭に、全員が岩塩採掘場の洞窟を進んだ。


 洞窟から出ると外は若干薄曇り。

 この辺の標高が高いため、まだまだ風は冷たく、思わず身体が震えた。

「おや、武者震いかい?」

 なんて、アル様が冷やかすように笑っているけど、僕に限ってあり得ない。

「怖気づいているだけですね!」

 メエメエさんが僕の代わりに返事をしていた。

 なんでみんなも笑っているのよ?

 失礼な!


 今通ってきた洞窟に目隠しの魔法をかけると、ひらけた場所に移動する。

 ここならば、あとから来るハイエルフさんたちも、すぐに見つけることができるだろう。


 とりあえず、全員でその場に座って待つ。

 僕にだけメエメエさんが椅子を用意してくれた。

「せっかくの白い装束ですからね。防汚魔法は施していますが、地べたに座ることもないでしょう」

 それを見たアル様が笑った。

「やぁやぁ、そうやって大人しく座っていれば、聖人のようなおもむきがあるね! 口を開けば残念だが! あっはっは~!」

 なぜかみんなも大笑いしているんですけどッ!!

 グリちゃんたちも一緒になって、ケタケタ笑っているのはなんでかな?

 みんなの僕に対するイメージが酷くない?

 むむむ!


 しばらく談笑していると、ハイエルフのライさんとエルさんがやってきた。

 ライさんは黒で統一された装束を着て、革の防具を装着している。

 腰の獲物は鈍色に輝く長剣だ。

 魔導士のエルさんは長衣に灰色のローブを羽織り、長い杖を持っている。

 僕の杖に比べるとシンプルだね。

 いや、僕の大杖がごてごてしいだけかも?

 ふたりとも年齢不詳の超美形ハイエルフさんだから、立っているだけで絵になるね!

 カッコイイよ!


 簡単な挨拶を交わすと、ラビラビさんが全員の真ん中に浮かんだ。

「全員がそろったところで、私からお渡しするものがあります」

 そう言って取り出したのは、マジック麻袋だった。

「この中に暗視ゴーグルと浄化笠、防毒マスク、『モクモク君三号DX』などの細かな装備を入れてあります。臨機応変にご使用ください。――なお、ハイエルフの御二方には緊急用の避難テント・ワンワンテントを貸与いたします!」

 意気揚々叫んでから、使い方を懇切丁寧にレクチャーしていたよ。


 そのあいだにアル様が袋の中身を広げて確認し、全員にゴーグルの着用を促した。

「このゴーグルはハクのマッピングスキルと連動しているから、周辺探査およびお宝感知ができるぞ。以前のものより格段に性能がアップしているからな!」

 そう言われれば、そんな高機能ゴーグルを従士が使っていたっけ?

 ヒューゴが笑顔で装着していた。

「ああ、今回はまた素晴らしいですね!」

「そうなんです! 空気中の瘴気や毒も検知できるんですよ!」

 ハイエルフさんたちにアイテムの説明をしていたラビラビさんが振り返って、そっちのけで返事をしていたよ。


 見ればライさんとエルさんが、ワンワンテントの尻尾に翻弄されていた……。

 あれって確か非常時用だよね?

 あんな調子で実際に役に立つのかな?

 思わず心の中でつぶやくと、ワンワンテントが「わん!」と鳴いたよ。

 えぇ?


 その様子を見て目を細める一同は、口を押えて声をもらさないようにしている。

 そこでアル様が咳払いをしていた。

「んんっ! あのダンジョンは長年封印されていたために、高濃度の瘴気だまりになっているはずだ。入ったとたんに瘴気を吸い込んでは堪らんから、マスクは常備しておいてくれ」

 その説明にメエメエさんが合いの手を入れる。

「換気されていないポットントイレと同じ状態ですね!」

 その言い方はやめて!

 みんなは顔をしかめながら、素早くゴーグルとマスクを装着していた。

 ラビラビさんが用意したマスクは、防塵マスクの形をしている。

 これはこれで息苦しい!

 僕はマスクをやめて、浄化魔法の笠を頭に装着する。


 なんか僕の浄化笠には、センターに大輪の白い蓮の花がついているんですけど……。

 あれ? 

 花笠というワードが脳をかすめたよ。

 踊るの?

 父様たちは自分たちに支給された浄化笠を見て、ほっと安堵のため息をこぼしていた!


「ああ!! ハク様の浄化笠の蓮の花は、常に浄化魔法を周囲に発生させます! 半径十メーテが対象になりますので、戦闘時以外はハク様を中心に移動してください!」

 ラビラビさんは楽しそうに説明していたけど、僕は全然うれしくない。

 もうちょっとビジュアルに気を使ってほしかった!



 最終チェックを終えたラビラビさんが、あらためて全員を見回した。

「私にできるのはここまでです。皆様のご武運をお祈りいたしております」

 かしこまった調子で深々と頭を下げると、それを合図にクロちゃんシロちゃんが五メーテ級の猛獣型に変化し、僕らは分乗してその背にまたがった。

 身軽なハイエルフさんたちは自分たちで駆け下りていくそうだよ。

 身体能力が高くて羨ましいね!

 僕なんてシロちゃんの背中に乗るのも一苦労なのにさ!


 岩塩採掘場にある、巨大なお釜の穴の縁に立てば、行く手を阻むように強風が巻き上がってくる。

 深く遠くに見える塩湖の縁に、目指すダンジョンが隠されているのだ。

 振り返れば、すでにラビラビさんの姿は見えない。

 脱兎の如く逃げ出したあとだった――――。


「まぁ、臆病者の兎ですから!」

 ちゃっかり僕の前に座ったメエメエさんがつぶやく。

 僕らの周囲はグリちゃんたち七人と、ミディ部隊十二人が警護してくれている。


「いざ参ろうぞ!!!」


 ジジ様の太く低い合図の言葉に、クロちゃんシロちゃんが大地を蹴った!

 そのとき、お釜の底から吹き上げる風が、僕らを拒んでいるように思えたんだ。

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