第3話 僕らが目指すもの

 スキルを授かった五歳から十年のあいだに、いろんなことが起きたんだ。

 最初はガーデニングという名の農業に集中し、ときには魔除草という希少な草を増産し、いろいろ領の食生活を豊かにするために奮闘してきた。

 徐々に発展してきたルーク村に、いつしか四季の精霊王さんたちが集まってきた。

 あるときは冬の精霊王アルパカさんが大雪をもたらし、またあるときは夏の精霊王カワウソさんが酷暑を連れてきた。

 思い出してみれば、初対面の印象が悪かった気がする……。

 まぁ、春の精霊王アウルさんは農作業の助けになるので、僕にとっては神と呼んでいい存在だ!

 秋の精霊王ハッシーさんは知り合って間もないので、まだまだキャラが掴めていない。


 冬の精霊王アルパカさんとは、ある冬の日にうっかり妖精界に紛れ込んでしまい、事件を解決して戻ってきたこともあったよね。


 ほかには世界中で流行病が広がり、その対応に追われたこともあった。


 そして、なんといっても一番大きな事件は、岩塩採掘場の大穴の下に、封印されたダンジョンを発見したこと。

 そしてたまたま偶然に、異空間に隠れ住むハイエルフさんたちと出会い、そこに亡くなったと思っていた父方のおじい様が、保護されていることを知ったんだ。

 そのおじい様は瀕死の状態で、ハイエルフさんたちの秘術の魔道具によって、当時の状態のまま眠っていたんだよ!

 術が解ければおじい様は息を引き取ってしまうのだそうだ。


 助ける方法はたったひとつ、万能魔法薬エリクサーが必要だってこと。

 その材料のひとつである、『緋翼の鳥の羽』が必要なんだけど、それを得るには封印されたダンジョンに潜るしかないんだって。

 けれどこの岩塩山ダンジョンは、太古のハイエルフさんたちが高度な古代魔法で封印したもので、現在では同じ封印を施すのが難しいみたい。

 だけどこの封印自体が綻び始めているから、ラビラビさんとアル様が研究して、強固な封印陣の開発を進めているんだよ。


 時間の問題で、いずれ壊れる封印。

 いつかあのダンジョンの魔物と戦う日が来ると知りながら、僕らは先延ばしにしていた。

 だけどそんな矢先に、世界中のダンジョンが活性化し始め、地上の魔物たちも狂暴化してきたんだ。

 岩塩山ダンジョンだけが、その影響を受けないと誰が言える?

 そんな特例は考えられないよね。

 いずれ壊れる封印の、タイムリミットが迫っている。

 ――――時間は待っていてくれない。


 ならば岩塩山ダンジョンから魔物があふれ出るその前に、ダンジョン攻略に挑み、魔物を間引きしようということになったんだ。

 目指すは『緋翼の鳥』がいる階層。

 そのための訓練を重ね、装備を整え、いよいよアタックのときが近づいている。


 植物魔法で危険なダンジョンに潜ろうなんて愚の骨頂だけど、みんなが僕を討伐メンバーに勝手に入れているんだよ?

 おかしくない?

 植物魔法だよ?

 僕の夢は、田舎でのんびりガーデニングライフだったのに、当初の目的はどこへ行ったの?

 もう、嫌になっちゃう!



 ◆◇◆


 離れのリビングでカフェオレを飲み終えると、ホッと息をついた。

 それに気づいたアル様が声をかけてくる。

「おや、元気がないね? もう出発準備は整ったかい?」

「終わりましたよ。単に行きたくないな~って思っているため息です!」

 口を尖らせてぶーたれているだけだ。

 その様子をアル様が笑ってみていた。

「やぁやぁ、明日まで機嫌を直しておくれよ。封印を解いた直後に、ハクに浄化魔法をぶっ放してもらわなければいけないからね!」

 楽しそうにカラカラと笑っているよ。

 むう。

 人の気も知らないで。


 そんな僕らの背後で、メエメエさんがグリちゃんたちに声をかけている。

「おやつはたくさん持ってください! それから筋力グミと魔力の実も忘れずに! 魔力補給用の青色サンゴも、足りなければソウコちゃんからもらってくださいよ!」

「は~い!」

「いっぱい、もった~!」

「モモちゃんの、ぶんも~」

「ぼくも~」

「わたしも~」

「準備万端だよ!」

「あいあい!」

 七人の精霊さんが、それぞれのマジックポシェットを掲げて、元気に返事をしている。


「ハンカチとティッシュも忘れてはいけません。それから、これはみんなが作った精霊魔力石です。たくさんたまったまま使い道がないので、いったんお返ししておきます! 途中で魔力切れを起こしそうになったら、迷わず補給に使うのですよ! あと、拾い食いはいけませんよ!!」

「は~い!」

 メエメエさんはお母さんかな?

 最後のはちょっとおかしいと思うけど、大食漢の精霊さんたちには必要な注意なのか?

 謎だね!


 そんな僕にバートンが真剣な顔で聞いてきた。

「坊ちゃまもおやつの準備は大丈夫でございますか?」

 マジな目つきで言われたよ!

 僕、もう子どもじゃないよ?

 横でアル様が弾けるように大爆笑していた!

 むぅ。


 今回のダンジョン攻略にバートンは同行できないから、心配でやきもきしているみたい。

 それはマーサも同じで、着替えとか身の回りの小物を、全部マジックポーチに突っ込んでいるんだよね。

 出発日が近づくほどにソワソワして、涙ぐんだまま僕を抱き締めるんだもん。

 こっちが気を使っちゃう。


「もう、バートン。中の状況を確認したら、ある程度のところで戻ってくる予定だよ! それにラビラビさんが、緊急脱出用のテントを用意していたから、たぶん大丈夫だと思うよ!」

「そうだねぇ、最弱のハクのペースに合わせることになるだろうさ」

 そう言ってから、アル様はコーヒーのおかわりを飲んでいた。

 バートンは苦笑しながら頭を下げている。

「はい。頭ではわかっているのですが、坊ちゃまのことが心配で、心配で……」

 紛れもない本心なのだろう。

 バートンの眉が下がり、心なしかいつもの精彩を欠いている。

 むぅ……。

 

 おもむろに立ち上がって、キッチンカウンターの向こうにいるバートンに近づくと、ギュッと抱きついたよ。

「僕も行きたくないんだけど、ルーク村のため、おじい様のため、頑張ってくるから! バートンは待っていてね! 必ず帰ってくるからッ!!」

 ギュウギュウしていると、精霊さんたちも飛んできて僕とバートンにくっつき、ほっぺたをスリスリしていた。

 なぜかメエメエさんも紛れ込み、僕の頭にしがみついているんですけど?

 メエメエさんはそんなセンチメンタルを持ち合わせていないよね?

「ノリです!」

 なんなのよッ!?


 みんなに抱きつかれたバートンは、困ったような嬉しいような、だけど慈しみに満ちたほほ笑みを浮かべ、僕らを抱き締め返してくれたんだ。

 大好き、バートン!


 その日の夜は、バートンとマーサとくっついて過ごしたよ。

「いつまでも甘えん坊だねぇ」

 その様子を眺めていたリオル兄は笑っているけど、僕が親離れできていないわけじゃないと思う。

 バートンとマーサが過保護なんだよ。

 いつまでもちっちゃい僕だと思っているんだもん。

 まぁ、いまだに背は低くて軟弱小僧に変わりはないけれど……。

 自分で言っていて悲しくなってきたよ!


「大丈夫さ。ハクは幸運力が最強だからね」

 僕の頭をポンポンしてから、煌めく笑顔を残し談話室を出ていった。

 リオル兄は淡白過ぎだと思う!

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