第126話 海の守護者

 しかし意外なことに、彼らからの答えは「ノー」だった。


『我らの領域は、微妙な力関係の上に成り立っている』


 カイル王子の言い方は丁寧だったが、要は「シマが荒らされると困る」ということだ。確かに、人間の国家だって危ういバランスの中でそれぞれが存在を保っている。例えばいきなりエイリアンがこの惑星に降り立って、邪魔だからって各国の王様を屠って回ったら大混乱になるだろう。しかも見たところ、マーマンたちは決して強い魔物に対抗できるような勢力じゃない。そっとしておいて欲しいのが正直なところだろう。


「——大型の魔物の討伐は望まないみたいです」


「ふぅん、なるほどね」


「ならば我々と協調関係を結ぶというのはどうでしょうか」


 ここらの赤いバツ印のうち、クラーケンとシーサーペント二体は倒してしまった。彼らにとっては、拮抗していた二大勢力が消失した以上、外海から第三勢力が現れて平穏が乱されるのは望むところではないだろう。それは人間側だって同じだ。なら、こそこそと海賊まがいのことをして海を荒すよりも、ガルヴァーニ海軍の傘下に入って遭難した船の救助活動や治安維持に従事してもらった方がありがたい。そんな艦長さんの提案だった。


『なっ、バカにするな! 誇り高き我らが陸の眷属にくみするなど!』


『『『そうだそうだ!』』』


「しかしそうなると、俺たちは海賊としてあなたがたを取り締まらなきゃいけないわけで……」


『『『ヒッ!』』』


 ガタガタ震えるマーマンたちの視線の先には、サモハン。奴は無邪気にメロンをむさぼり喰っている。お前、しまいに飛べなくなるぞ。飛べない翼竜はただの翼竜だ。


「なにも無償とは言いません。ちゃんとお給料もお支払いしますよ?」


 俺は彼らにメロンを差し出した。




『『『ピュピュイ!!!(我ら一同、生涯の忠誠を!)』』』


 マーマンたちの生涯の忠誠は安かった。メロン一個で驚きの白さ、いや、素早い手のひら返し。そういえば、翼竜たちはバナナだったな。異世界日本の品種改良には及ばないが、植物魔法のカルチベーションで最適解の生育環境を実現したフルーツの糖度は、なかなかのものだと思う。


「待ちくたびれたわい。話は済んだかの?」


「ええ、ですが彼らは魔物の討伐は望まないみたいで」


「なんじゃい、つまらんのう。とんだ無駄足だったわい」


 お爺様は不貞腐れる一方、


「あら、メロンで随分懐きましたのね。可愛らしいですこと」


「ぴゅいぴゅい〜」


 気前よくメロンを与えるディートリント様に、早速マーマンたちが媚を売っている。水族館でも建てたら、延々と芸を披露してくれそうだ。そしてアロイス様、今マーマン語で「踊れ踊れ」ってしゃべった気がするけど気のせいか?




 そんなわけで、俺たちの魔物討伐ツアーはさっさとお開きとなった。俺たちはブー垂れるお爺様をなだめすかしながら、一旦コルネリウスに引き上げることにした。


 なお、今回の件でガルヴァーニ侯爵家は第二海軍を新設。艦長さんはそのまま大将に、そして乗組員の皆さんはそれぞれ幹部に据えられた。第二海軍はよく統率の取れた賢いイルカを従え、帝国東部から南大陸への海域を広く守護し、帝国国内だけでなく周辺諸国からも高い評価を受けた。イルカたちは民間交易船のアイドルとなり、第二海軍とともに末長く愛され親しまれたという。


 第二海軍の面々の大出世には、ことの成り行きに対する口止め料も含まれている。しかし渦に飲まれて海底でマーマンたちと交渉し、最後はメロンで従えたなど、誰も信じそうになかった。

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