第127話 聖教国への道

 不完全燃焼のお爺様は、ベルント様と一緒にデルブリュックに預けてきた。翼竜に乗って颯爽と現れたお爺様を、領民たちは「先代様!」と熱狂的に出迎え、お爺様のテンションは一気に上昇。あとはホームグラウンドでブイブイ言わせる流れだ。現当主のディートフリート様には面倒ごとを押し付けて申し訳ないが、ここは託児所として機能していただこう。


 残りの四名は、新たにスカウトした翼竜とともに王都へ赴き、今回の旅の顛末を報告した。


「まぁ、マーマンまで制圧したのね♡ 素晴らしいわ♡」


 王妃様は頬に手を当ててうっとりしている。翼竜の時もそうだったが、どうやらなんの疑いもなく「身内の手柄は自分の手柄」と認識されているようだ。ナチュラルボーンジャイアソ。


 俺たちが王宮を訪れたのは、聖教国との交渉の進捗を確認するためだ。コルネリウスから使者を送ったのが二週間前、まだ正式回答が得られる段階ではない。移動がスムーズに運んだとして、ちょうど聖教国に到着したくらいか。


 しかし驚くべきことに、聖教国からは既にOKが出ているという。そもそも聖教国は、聖地巡礼の信徒に対して広く門戸を開いている国だ。入国だけならノーと言われる可能性は低い。ただし、国賓として訪れ、聖女と相対したいとなると、ちょっとハードルが高かったというだけだ。


「うふっ♡ 早速ショコラーデが効いたのね♡」


 さすが王妃様、抜け目がない。最先端の娯楽品を持たせて門戸をこじ開けたようだ。なお、使者には信用できる腹心を送り、最小の転移陣を持たせたらしい。これは生活魔法レベル、つまり誰もが最初から無条件で使える転移陣で、開けられる穴は直径わずか二十センチほど。書状ならリアルタイムでやりとりできる。俺たちはいつもこれで連絡を取り合っている。




 カレスティナ聖教国は、西隣グロッシ帝国の更に西北に位置する宗教国家だ。はるか昔、宗教弾圧に遭った聖職者たちが海辺の辺境に逃げ延びたのが起源で、大陸最古の修道院と荘厳な大聖堂を擁し、世界各地から巡礼者が訪れる。祭神には創造神を頂き、創造神の名のもと他宗教の神も否定しないため、宗教戦争とは無縁だ。国民はみな敬虔な信徒で、清貧を旨とし、皆が調和し秩序よく暮らしている。まあ実際は痩せた土地にある小国で、侵略の脅威からお目溢しを受けていたといったところ。産業らしい産業はなにもない。「聖なる奇跡」を除いては。


 聖なる奇跡とは、聖教国独自の回復スキルと浄化スキルだ。そう、回復スキル。この世界には回復スキルがあり、そしてそれらのほとんどは聖教国が独占秘匿している。他国に開示されているのは、弱いライトボールで解毒ができることくらい。


 俺はこれまで、光属性や水属性などから派生しないか、それが無理なら同様の現象を起こせないかと研究していた。結果、光属性で新陳代謝を促すとか闇属性が鎮静効果を持つとか、自力で突き止めたのはその辺りまで。クリーンやリフレッシュ以上の成果は得られなかった。


 回復スキルって、どういう原理なんだろう。欠損が回復するとか死者が蘇るとか劇的な効果はないようだが、高位の神官となると多少の傷や骨折ならたちどころに治してしまうらしい。代わりに法外なお布施が要求されるようだが、他に外貨獲得手段がないなら仕方がないかもしれない。


 あともう一つは、浄化だ。聖教国は小国で、ろくな戦力を持たない。しかし魔物に襲われることなく平穏に暮らせるのは、聖女の浄化によるものだという。この浄化と呼ばれるスキルは、俺が村で覚えた聖属性スキルやクリーンのスキルと類似したものなのか、それともまったくの別物なのか。聖女自身との面会もさることながら、俺は是非これらのスキルを盗み見……一度拝んでみたいと思っていたのだ。




 聖教国の権力構造は綺麗なピラミッド形をしていて、頂点には教皇と聖女が君臨している。したがって、聖女に直接面会するのは他国の王族と謁見するのと同様に難しい。しかしコルネリウスという国家単位での申し出により、最短で面会が叶う形となった。


 まあ、一国からの要請でというのは表向きの話で、実のところはチョコレートや酒などが強力な武器となったようだ。聖教国に到達するにはグロッシを横断しなければならないが、その際にもチョコと酒は猛威を振るったという。関所はほとんどスルーパスで、なんなら次に通過予定の領主からお迎えの護衛が送られており、待機していたほど。もちろん聖教国内部は言わずもがなだ。


「これでカレスティナも落ちましたわね?」


「ふふっ、帝国も半分ほどなびいていますわよ」


 王妃様に答えるのは、本来ならここにいるはずのないギルベルタ様。彼女はじわじわと全属性を伸ばし、今や自力で龍眼ロンイェンやコルネリウス国内、そして帝国のガルヴァーニ侯爵領を頻繁に行き来している。そして王妃様と母娘おやこ二人でわっるい顔をしながらチョコをつまんでいるのだ。みんなが知らない間に、世界がこの二人に掌握されつつある。

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