第123話 大きな渦

 というわけで、俺たちは大きな渦を目指して船を進めた。軍人さんたちは「こんな小型艦でどうして」と慌てていたが、「大丈夫、この船は風で浮かせてますから」と説明すると「あっはい」ってなった。最初「びゅんびゅん」を使って超スピードで航行を始めた時も慌ててたな。さすが軍人さん、順応が早い。


 しかし、渦っていつも発生しているものなんだろうか。記憶の奥底にぼんやりと、渦潮で有名な海峡が思い浮かぶ。あれっていつも同じ場所に同じ渦が出てるとか、そんなんじゃなかった気がする。しかもここはギルランダ沖、大海原のど真ん中だ。渦なんてどうやって探せば?


 と思っていたのだが、現場に近づくとあからさまに暗雲がたちこめた妖しい海域が。


「皆さんその……本当にあそこへ?」


 海軍の将校さんがおずおずと聞いてくるが、禍々しい気配に反して強い魔物の反応はない。いや、俺の鑑定を欺くほどのレベルと隠蔽スキルを持った強者がいれば、分からないけど。しかしそんな強い魔物がいれば、それこそお爺様は大喜びだろう。討伐すればこの海域も安全になるわけだし、もし討伐が無理そうなら全力で離脱すればいい。なんなら船全体を同化アシミレーションで飛ばしちゃえば、びゅんびゅんとは比べものにならないほどのスピードが出せる。このスキルはあんまり知られたくないから、奥の手だけど。


 現在船は、水壁ウォーターウォールならした上に風壁ウィンドウォールを重ねて、その上に浮かんでいる。さらに風雨の影響を受けないよう、船全体を風壁で覆ってある。この壁を分厚くして、慎重に船を進める。晴れ渡った大洋の真ん中にぽつんと、雷鳴とともに荒れ狂う海。俺たちは、その中へ分け入った。




 一瞬焦った。


 ゲリラ豪雨みたいな雲の下、そこには確かに巨大な渦があった。観光船がそばを通れるようなヤツじゃない。スタジアムが一つ、いやすっぽり何個か入ってしまうようなデカさ。この世界の船どころか、空母でも飲み込まれてしまうんじゃないかといくらいの。


 しかし俺たちの船は、水壁と風壁に守られている。滝のような大雨、ひっきりなしに落ちる雷。しかし空気が防音効果を発揮して、なんだかよくできた3Dシアターのようだ。非現実的な光景に半口を開けて見入っている間にも、船は少しずつ渦の中心へ引き寄せられ、やがて中心から水中へ引き込まれていく。周りの軍人さんたちは「ダメです! 制御が効きません!」とか焦ってるけど、そりゃそうだよ、俺が操船してるもん。


「ざあざあ〜」


「ちょっとクラウス、これはあんまり良くない状況なんじゃないかなぁ」


「ちょっとじゃないわよ! なにボーッとしてるの、早くなんとかなさい!」


「むほっ、強敵の予感!」


「まことです、御老公」


「「「キュ〜〜〜!!!(ダメだ死ぬぅ!)」」」


 翼竜たちは固まってプルプルしている。海の中じゃ無力だもんな。反応は様々だが、もっと非日常を楽しもうよ。こんな渦に飲み込まれるなんて、人生で何度も経験できることじゃないし。


「何度もあってたまりますか!!!」


「本艦は航行不能! 総員、衝撃に備えろー!!!」


「さあてどんな魔物じゃ! 腕が鳴るわい!!」


「ごおごお〜」


 暴れ狂う海面がじわじわと船を覆い、包み込み、やがて船はすっぽりと水に呑まれ、そのまま暗い海の底へと沈んでいった。

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