第120話 狩り

 とはいえ、人目につかない魔物生息地ってどこ、という話だ。コルネリウス国内で最も魔物が出やすいのは、デルブリュック公爵領。特に北には峻厳な山脈があって、ここに強い魔物が生息している。だからデルブリュックの兵士はみんな強いし、それどころか領民全員が何らかの武術スキルをたしなんでいる。ここは魔物討伐のメッカなのだ。絶対誰か狩りに来てる。


 じゃあ国外はというと、俺たちが秋津まで乗せてもらったグローリア号。この船室にも転移陣が仕込んである。しかし船長たちはまっすぐ帰らず、歓楽都市イクバールでジェラルド様たちと一緒に羽目を外しているみたいだ。船を出してもらってもいいんだけど、ちょっと大技を放つとすぐに船長が「俺は船を降りやす」といじけてしまう。面倒臭いおじさんだ。


 というわけで、俺たちはジェラルド様にお願いして小型の軍艦を一艘手配してもらった。見返りはチョコラータ。媚薬効果が謳われたチョコレートはイクバールでも大層評判で、ジェラルド様もジゼッラ様もモッテモテらしい。二人とも、ギルベルタ様が施した光美容マッサージ(脳汁)で誰だかわからないくらいに若返っている。


 彼らはディートリント様の母方祖父母だ。俺からしたら曽祖父母にあたる。七十歳超えは、この世界では相当なご長寿。お年寄りが元気なのはいいことだ。しかし一方、微妙に色恋沙汰から縁遠い俺たち使節団。もしかしたら、一番のリア充は彼らかもしれない。




 というわけで、俺たちはこっそりニェッキの別荘の離れに転移し、そこから翼竜に騎乗。夜闇やあんに紛れて、沖合に停泊していた軍艦に着艦。さすがに軍艦だけあって、内装は無骨。ジェラルド様の専用船のような豪華な客室や設備などはない。しかし俺たちは、転移陣さえあればいつでもテラスハウスに戻ることができる。問題ない。


 乗組員は全員軍人。人員は最低限にしてもらった。今回は極秘軍事演習、海の大型魔物を狩るという名目だ。お爺様とアレクシス様はコルネリウスのドラゴンスレイヤーにして英雄、しかも翼竜に乗っての乗船に、みんなお目目をキラキラさせて出迎えてくれた。そうなればもう、ギルランダ近海に停泊している必要はない。スキル「びゅんびゅん」を使って、さっさと狩り場に直行だ。




「まっくら〜」


 ディートリント様に抱っこされたアロイス様が、ツィイーの上からランペイジングダークネスをブッパされる。ランペイジングダークネスとは、闇属性レベル4のスキル。レベル4は広範囲に勢いよく射出する方向で作用する。例えば土属性ならアースクエイク、風属性ならバイオレントウィンド。闇属性だと物理的なダメージがない代わりに、状態異常をばら撒くことになる。この状態異常の内容なのだが、使用者の基礎レベルというか冒険者レベルに依存して、低レベルだと睡眠や麻痺、レベルが上がると毒や猛毒、石化、即死も選べるようになる。


 幸いアロイス様は直接魔物を討伐された経験がないようなので、彼が「まっくら」をかけると大体睡眠もしくは麻痺の効果があらわれる。しかしまだ御年おんとし二歳という若さで、楽しそうに何度もブッパされる状況が末恐ろしい。だってこれ、レベル4だよ? 魔術スキルをレベル4まで上げようとしたら、842,100MPの消費が必要だ。闇属性だけでだぞ。しかもレベル4のスキルは、80MPを消費する。気にしたふうもなく何発も撃ってるが、一体最大MPはどのくらいなんだ。しかし、ステータス開示は7歳になってから。今は彼の底知れないポテンシャルに震えるしかない。


 生まれつき、ものすごいMP量なのだろうか。それとも異世界転生ものによくある、赤ちゃんの時からライトを使いまくって魔術スキルを伸ばすパターンなのか。もしかして、アロイス様も転生者?


「おや、アロイスはご機嫌だね☆」


「「「キュキュ!(さすが天子様!)」」」


「「「……」」」


 大型の魔物が現れるといわれる沖合で、ただアロイス様だけがキャッキャしている。それを、アレクシス様が微笑ましく、翼竜たちが尊敬の眼差しで、そして残りの全員が白目を剥いて黙って見ていた。

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