第110話 皇后様降臨

 アレクシス様を不埒な目で見るやからは後を絶たず、いちいち手刀を入れるのも面倒になってきた。俺は彼を連れて手洗いに行くと言って一旦立ち去った。そしてアレクシス様だけをテラスハウスに帰して、一人でしれっと会場へ戻る。みんな出来上がっていてカオスだ。てか今更だけど、お爺様とベルント様はコルネリウス語、竜人たちは竜人語。最初は侍従さんたちが通訳に入っていたが、あとはなし崩し。肉体言語は国境も種族も超える。前回龍眼に来た時と同じノリだ。


 そのうちグダグダ……もとい、宴もたけなわになってくると、女官さんたちが慣れた手つきで潰れた竜人たちを次々に運搬していく。宴会場の隣の広間には野戦病院みたいに簡易寝台が立ち並び、イビキをかく竜人どもが端から陳列されている。竜人の女性は強い。体格がよく、とても働き者だ。


 もとはといえば皇帝陛下から売られた喧嘩だけど、騒ぎの原因は俺たちにもある。俺は彼女らを手伝って、広い会場を片っ端からクリーンして回った。ついでなんで、女官さんにもクリーンの魔法陣を配って歩く。ここはコルネリウスから遠く、まだ魔法陣は本格的に導入されてないみたいだ。とても喜ばれた。


 俺とお爺様とベルント様は少し離れた客間に案内され、一夜を明かした。




 翌朝、郊外で停泊していた広志アンドキー坊をお見送り。彼には賄賂として「あらくれ者将軍」を渡してある。第1期だけで200話超、シリーズ全作で800話を超える人気作だ。とりあえず、前回のコルネリウスへの渡航で20話、今回で20話。まだまだ引っ張れる。


 その後、迎賓館に戻って再び謁見。今日は昨日と違って、皇帝たちはいない。みんな二日酔いでおねんね中だそうだ。その代わり、豪奢な衣装を着た女性がいらっしゃる。皇后様、それに宰相様と将軍様の奥様ですかそうですか。


「昨日の騒動は聞き及んでおる。して、そなたらは魔法国の使節団と聞くが」


 俺たちは、昨日と同じ感じで皇后様たちにご挨拶した。体格が良く、威厳があるのは皇帝たちと同じ。しかしさすがは女性、いきなり喧嘩を吹っかけてきたりはしなかった。


「うちの阿呆共が迷惑を掛けた。彼奴あやつらは血の気が多くていかん」


 お、女性皇族の方が話が通じるかもしれない。その後俺たちは、使節団として龍眼に立ち寄った経緯を説明した。


「なるほど。其方そなたらも、耳長エルフそそのかされて来たのか」


「「「むっ(はっ)?」」」


 エルフと竜人はツーカーじゃないのか。


「大体、魔王退治などと世迷言よまいごとなど誰が信じようか。しかし愚かなオスどもは、「強い奴と戦わせてやる」と焚き付けられれば尻尾を振って従いよる。まったく救いようのない」


「「「あ、いや、はい」」」


 うちにも約二名、そういうやからがいるからな。俺たちが目を泳がせていると、宰相様の奥様が会話に割り込んだ。


「それよりも其方ら。一名足りぬようですが?」


「恐れながら太太タイタイ、義父は気分が優れず休んでおります」


 すると夫人は柳眉を逆立てて語気を強めた。


「何が気分が優れずか! 淫夫め、昨夜は随分と男どもをたらし込んでいたのでしょう。恥を知りなさい!」


「これ、よさぬか」


 いきなりヒスられた。皇后様に諌められても、引くどころか余計におブチギレだ。昨日アレクシス様に言い寄ったオッサンの中に、旦那さんがいたのだろうか。すぐに呼んで来いと言われ、俺は渋々アレクシス様をテラスハウスに迎えに行った。


 ただし。


「ふん、お前が貧弱なトカゲのつがいですの」


 真の魔王付きで。ディートリント様は、昨日の顛末に怒り心頭だ。背後では、アレクシス様が袖を引っ張りながら「ちょっとディー」とそわそわしている。失礼だが、竜人のオスを惹きつけるのはそういうとこかもしれない。


「お前、分をわきまえなさい!」


 当然、宰相夫人はさらにブチギレるわけだが、


「たかだか一国の宰相と、一国を代表する使節団。手に負えない罪人を取り逃した無能と、それを討伐したスレイヤー。それから昨日無謀にも勝負を挑んで来て倒された弱者と、圧倒した勝者。分を弁えるのはどちら?」


「ぐっ」


「しかもあろうことか、負け犬が厚かましくも勝者に媚びて、ねやに誘おうなどと。恥を知りなさい」


 ディートリント様、激おこだ。彼女は一応竜人語も習得しているが、流暢というほどではなかったはず。しかしこの、立板に水のような口撃よ。怒りのパワーは全てを凌駕する。


「お父様、それからベルントにクラウス。もうこんな国に用はありませんわね。行きますわよ?」




 しかしうっかり転移でディートリント様を連れて来てしまったが、俺たちがここから移動する手段がない。広志親王は帰ってしまわれたし、グローリア号を呼び戻すにも時間がかかる。そして、ディートリント様一人くらいなら「実は昨日トンボ便で来てました」と言い訳も立つが、流石に全員で堂々と転移するわけにもいかない。そもそも俺たちが龍華に来たのは、エルフ族との連携がどんな感じかを探ることと、あわよくば翼龍でも手懐けられればという目的のためだ。当然、龍華側からも全力で引き止められた。仕方がないので、俺たちは引き続き迎賓館に留まっている。


 あの後、宰相夫人はフルボッコにされた宰相様を引き摺って謝罪に現れた。宰相様は、アレクシス様に喧嘩を吹っかけてきた軍師っぽい人だった。しかし顔面がボコボコで面影もない。


「この度は夫がとんだ失礼を」


「分かればいいのです」


 ディートリント様は、沸点は低いが怒りは長引かないタイプの方だ。ちゃんと謝れば許してくれる。そしてこうなれば、もう俺たちだって彼らに対するわだかまりは何もない。


「時間が許せば、ワシもまだまだ修行したいしのう」


「まことです、御老公」


「僕も、皇宮図書館が見られるならゆっくりしたいよ」


 というわけで、俺たちは首都華京ホアキンに招かれ、そちらに移動することとなった。なお、騒動の翌日。


「「「ナマ言ってすいやせんでした!!!」」」


 皇后様、そして夫人方にはDOGEZAの謝罪を受けた。龍眼で商売を始めたギルベルタ様が、ディートリント様のお母様だと知られたらしい。


「美容液! 美容液の取引中止だけはどうかご容赦を!!」


「乙女のシュガードリーム☆ プリティルームウェアセットを予約中なのです!!」


「あっあのっ、プラチナ会員だけが受けられる美容マッサージを、わらわも……」


 ギルベルタ様、既に龍眼を制圧済みだった。コルネリウスの中枢を牛耳る女性陣は、もれなく魔王なようだ。これってもう、世界の半分を征服しているといっても過言じゃないのでは。

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