第111話 華京の都

 俺たちは皇帝陛下ご一行とともに翼竜で華京へ向かった。驚くべき事にというか予想通りというか、飛行スピードはキー坊の方が断然速かった。途中、小さく突き出た半島に一泊して、華京ホアキンには翌日着。


 翼竜は二人乗り、鞍をかけて手綱を握る。扱いは馬とそう変わらない。体長は20メートルくらい、そのうち半分が尾。翼を広げるとめちゃくちゃデカい。飛び立つ時だけは豪快に羽ばたくが、その後は風属性の固有スキルを使い、滑空するように飛ぶ。


 俺たちに貸し与えられた翼竜は三頭。いずれも皇帝陛下がテイムし従えた、知能の高い個体だ。俺はお爺様かベルント様とペア。そしてアレクシス様はディートリント様とペアで。


 翼竜のテイムについて、皇帝陛下は気前よく教えてくれた。


「なァに、簡単なこった。百匹ほど殴り倒せばいいだけよ」


 やっぱガチ殴りか。しかし、テイムの方法は基本変わらないようだ。エルフは鳩を集めて数で勝負、秋津はトンボを大量捕獲ののち悪魔合体、こっちは翼竜とタイマンガチンコ勝負という差はあるけども。


 殴られて従えられる翼竜としてはたまったもんじゃないのでは、と思うのだが、翼竜は翼竜でバトルジャンキー、強い相手と戦いたいらしい。そして戦いの末、強いパートナーを得るのは名誉なことなのだそうだ。


 分からん。竜の世界の価値基準が分からん。ほぼデルブリュック方式とも言えるが、そのデルブリュック方式が理解できないのだから仕方ない。とりあえず、後で翼竜の里まで案内してもらう約束を取り付けた。当人同士で「話しなぐり合い」して、同意に至るのは自由らしい。


 なおトンボがダメだったディートリント様、翼竜はオッケーだった。


「あら、よしよし。いですこと」


 翼竜は巨大だが、つぶらな瞳を潤ませてクルクル鳴いている。確かに、巨大な複眼と強靭な顎を備え、何を考えているか分からないトンボと比べると、愛嬌があると言えるだろう。今度はアロイス様も連れて来て差し上げなければならない。


 ちなみに後から教わったが、あれは恐怖と服従のサインらしい。主人の皇帝ご夫妻、とりわけ皇后様がディートリント様に対して平身低頭、恭順の姿勢を見せたためだ。そういえば前回龍眼に来た時も、お爺様とは別でファンクラブが出来てたな。ギルベルタ様は龍眼女子を牛耳っていたし、デルブリュック家周辺の謎のカリスマ性を思い知らされる。




 華京は大きな都市だった。秋津京の何倍もデカい。当然、お城もびっくりするほどデカかった。もちろん、人口も多いし政府としての規模も大きいんだろうけど、そもそも全ての建造物の作りがデカい。なんせ龍華帝国は、竜人のみならずあらゆる竜族が集まった国家だからだ。龍眼の迎賓館の前に翼竜が待機している時にはかなりの威圧感があったものだが、ここにはそれよりデカい竜がのしのしと闊歩している。ここは氷河期以前の世界線だろうか。


「姐さん、おけえりなさいやし」


「予算案、稟議通しておきやしたぜ」


「うむご苦労」


 小山のような草食竜が竜人語を話し、デカい前足で器用に書類を寄越す。もちろんジャッキーにではなく、皇后様にだ。大乱闘した男連中、政治なんか無理そうだもんな。


 俺たちを宮中に案内してくれたのは、まさにリザードマンと呼ぶべき二足歩行のトカゲだった。龍眼ロンイェンは他種族(主に人間族)との交易と情報収集を行う都市で、その名の通り龍華の目であり顔である。なので敢えて、人間族と見た目の近い竜人ドラゴニュートを配置してあるそうだ。本来は広い国土に様々な竜族を抱えた多民族国家であり、一言で竜族と言っても大きさから形状まで様々。中にはほんの一抱えのイグアナみたいな奴から、果ては山をも越える巨大な龍神まで。人語を介して意思疎通が図れ、なおかつ「龍気」と呼ばれる独特の気功を操れるのが竜族。それ以外が爬虫類。そういった区分らしい。


 なお、国の中枢はほとんど草食系の竜族が仕切り、「殴って解決」は肉食系の中の話だという。


「いやぁ、我々の全てが争いを好む野蛮な種族と思われては困りますからなぁ」


「ははっ、それは良かった☆」


 そりゃそうだ。みんながみんな、毎日殴り合いして飲んだくれてたら国なんて機能しない。どこも文官は苦労してるんだな。


 と、そこに小柄なリザードマンが小走りでやってきた。


「何だ、客人の前だぞ」


「すみません政務官、財務省がどうしても聞き入れず」


「そんなものブチのめして理解わからせればいいだろう! ええい仕方ない、俺が一丁黙らせてやる。お客人方、後はこの者に」


 そう言って、先程まで穏やかに先導していたリザードマンが手首をゴキゴキ鳴らしながら去って行った。おい、さっきの「我々の全てが争いを好む野蛮な種族と思われては困ります」って何だったんだ。


「すみません、お見苦しいところを。ささ、こちらです」


 小柄なリザードマンが、愛想良く案内役を引き継ぐ。俺たちは無言でついて行った。

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