第108話 龍華帝国皇帝

 龍眼ロンイェンは、大陸東端にある龍華ロンファ帝国の更に東端、青龍海に面した港町である。そして龍華の都は内陸の華京ホアキン。龍華は大国だ、両者の間には結構な距離がある。華京にお住まいの皇帝陛下が、どうして龍眼に。


「ああ、まどろっこしいのはやめだ。俺の幼名はジャッキー。コルネリウス風だと、ヤーコブでいいぜ」


「お、おお」


 いきなり砕けた皇帝に、お爺様が押されている。珍しいことだ。


 ここは龍眼の迎賓館。秋津の鎮守府のそれと違って、どこまでもチャイナだ。なお見る人が見れば、何時代の何族のとか色々違いがあるんだろうけど、俺にはビタイチわからない。キラッキラな金色の衣装で出迎えた皇帝陛下は、一旦引っ込んだかと思うと、普及品のクンフースーツみたいなのに着替えてきた。


「まぁ、皇帝っつっても、アタマ獲ったモンが皇帝だからなァ」


 ヤーコブことジャッキーがボリボリ頭を掻いている。侍従が嗜めようとするが聞いちゃいないというか、そもそもあんまり止める気もないっぽい。強い者が正義、それは竜族の中では不文律なようだ。


 皇帝は、俺たちが秋津に行く前に龍眼に立ち寄ったのをご存知だった。当初はガルヴァーニの先々代当主が来たという知らせだったのだが、外交特使のお爺様が派手にブートキャンプを開催。そして彼が、コルネリウスのドラゴンスレイヤーだったことが判明。その報告を受けた瞬間、全ての仕事を放り投げて龍眼に駆けつけたものの、俺たちは秋津に発った後だった。そして「また立ち寄る(と思うよ)」の言葉を頼りに、あれからずっと龍眼で待っていた、ということだ。遠距離の彼女かよ。


「アイツにゃ俺らも手を焼いててよ……」


 突如コルネリウスの北西山脈に現れた火龍。転々と根城を変え、気まぐれに山林を焼き尽くす。周辺国の間でも、最大級の災害として警戒されていた。その火龍は、元は龍華帝国の竜人で、しかも帝位を争ったこともあるほどの猛者。しかしいくら実力主義の龍華とはいえ、ならず者を皇帝に据えるわけにはいかない。彼は数々の犯罪を犯して捕らえられたが、力尽くで脱獄。その後国外を放浪しながら進化を繰り返し、ついに災害級の龍神になってしまったと。おいおい龍華さん、何放流してくれちゃってんの。


 そんな帝国の不始末を、お爺様たちが尻拭いした形になる。というわけで、お爺様、そして一緒にドラゴンを討伐したアレクシス様の好感度は天元突破している。


「しかしあれは、単独討伐じゃないしのう」


「僕らは一行の代表としてスレイヤーの称号を賜っただけで、実際多くの人員が関わってますし」


 討伐パーティーには、他にデルブリュックの騎士団長と教会から大司教が参加して、計四人がドラゴンスレイヤーの称号を得ている。しかし背後にはデルブリュック軍が控えており、万一の討伐失敗に備え、現当主のディートフリート様やベルント様もここに詰めていた。


「まァ、そんなこたどうでもイイんだ。いっちょ手合わせ、すっだろ?」


 皇帝陛下はニヤリと嗤った。




 なんかさぁ、秋津からこっち、模擬戦ばっかしてない? いや、今更か。思い返せばデルブリュックからずっとそうだった気がする。結局こいつらは同類だ。勘弁してほしい。


「そっちァ何人でもいいぜ。全力でかかって来いよ」


「そんなこと言われてものう……」


 お爺様もベルント様も、途方に暮れて目配せしている。彼らが困っているのは、こないだ俺が打った武器を使っていいのかどうか。自分で言うのもなんだけど、希少金属に魔力媒体を組み合わせたら、結構なウエポンが爆誕してしまった。ファイアボールだけで山を一つ吹き飛ばすのに、これを剣に乗せてヒヒイロカネなんかで増幅させるとマジでヤバい。


 仕方がない。ここは俺が前に進み出て——


「始め!」


「ウォーターボール」


「がぼっ」


 もうちょっとひねりを効かせた倒し方がしたかったが、背に腹は代えられないのだ。

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