第56話 イクバール港

 問題は、次の港イクバールで起こった。


「ほっほ。私はここで待っているから、秋津までの船旅を楽しんで来なさい」


 ジェラルド様、まさかの下船宣言。ちょっ、また船に乗って世界を駆けるとか息巻いてたじゃん!


「っあー、大人にゃ建前ってのがあってだな?」


 ジャチント船長が後頭部をポリポリ掻きながら、バツが悪そうに目を逸らす。




 商業港ギルランダ、交易港と軍港の性格を持つウダール。そこから大陸沿いに一週間ほど、次の主要港イクバールは観光国家。いやもっと正確に言えば、世界有数の歓楽都市だ。


 小高い丘の上にはタマネギ型の宮殿の屋根、そして山の手には強い日差しを反射する白い建物が整然と並び、それは港に近付くほど雑多な姿に変化する。


 ガルヴァーニの紋章の入った客船で降り立った俺たちは、VIP待遇だ。入国管理もそこそこに、頼みもしないのに豪奢なラクダの輿が乗り付け、俺たちを高級賓客ゾーンへと運んでいく。そして、名目上の代表であるディートヘルム様そっちのけで、乗船者名簿には載っていないはずのジェラルド様に最敬礼。


「ジェイ様、お待ちしておりました」


「ほっほ」


 ここは歓楽都市。VIPなお客様で国家運営が成り立っている。当然、貴族やセレブのお忍びなんか日常茶飯事だ。特にジェラルド様なんか、お得意様中のお得意様だしね。


 ウダールでは、俺は彼らを転移陣で招き入れた。ウダールの役人も、方法までは分からなくとも、ジェラルド様たちの入国は把握していただろう。そして、彼らの非公式な接待は高級社交場に任せ、敢えて見て見ぬふりをした。


 一方、イクバールでは彼らを積極的に迎え入れ、もてなす姿勢を見せる。ドックの割り当てとかホテルの予約とか一切なし。俺たちは自動的に一流ホテルに連行され、部屋に通されるや否や酒や食事が運び込まれ、一人一人にエキゾチックな美男美女が担当に付き、甲斐甲斐しく世話を焼かれる。


 分かる。分かるよ。ジェラルド様がどうしてもここに来たかったのが、嫌でも分かる。神秘的なヴェールと扇情的な衣装の美女。半裸だ。そして上半身は何も身につけていない屈強なイケメン。こちらも半裸だ。


「んんまぁ♡」


 最初、遊び慣れた風なジェラルド様を非難がましい目で見ていたジゼッラ様、即落ち二コマ。ウダールでもそうだったな。一方、


「あのっ、ワシは妻一筋で…んほッ!」


 お酌のお姉様にヴェール越しに微笑まれ、ボディータッチでビクゥしているディートヘルム様。DTか。しかしそんな夫を嘲笑うかのように、ギルベルタ様は卓についたイケメンと杯を傾ける。


「ふふっ。お父様がしきりに来たがったのが分かりますわ。兄上も贔屓にさせていただいているのかしら?」


「おや。男の前で他の男の話なんて無粋ですよ、スィニョーラ」


 身内といえど、流石に顧客情報は漏らさない。しかも躱し方がスマートだ。訛りのない流暢なグロッシ語でさらりと口説きながら。なんていうか、一流だ。ウダールの港に現れた歓楽街の面々もプロだなって思ったけど、格が違うっていうか。まあそうだろうな、ここイマード皇国はこれが国家事業だもんな。俺たちが通されたこのVIPなホテル、普通に離宮の一つらしいし。




 まあそういうわけで、ジェラルド様とジゼッラ様はここでドロップアウト。そして彼ら二人だけを置いてはいけないので、ギルベルタ様と乗組員の一人をイクバールに残すことに。船員の皆さんは、誰がイクバールに残るかで大揉めしていたが、転移陣でローテーションすることで合意。もう彼らにも転移陣のことは打ち明け済みだ。彼らの反応は、「オリハルコンでクラーケンを倒しといて今更」らしい。転移陣の方が結構な機密情報だと思うんだけどな。


 転移陣は改良を重ね、現在は指輪状にしてある。陣自体が小さくても、ちゃんとレベルに見合ったものが開くことが分かっているからだ。生活魔法レベルの小さい陣でメモを送って連絡を取り、レベル4の陣で俺が送迎。ジェラルド様・ジゼッラ様・ギルベルタ様は、毎日アリバイ作りのためにニェッキに戻らなければならないし、船員さんたちの交代はもののついでだ。なお、アレクシス様ご夫婦とベルント様は各自レベル3の転移陣で好き勝手にテラスハウスに出入りしている。


 問題はディートヘルム様だ。彼は、イケメンのはべるイクバールにギルベルタ様を残して行くのも心配だし、テラスハウスでベルント様とタブレット鑑賞、ヒーロー談義も欠かせない。船員たちには稽古をせがまれているし、なんせ自分も海の魔物を仕留めたい。俺がクラーケンを単独討伐をしたことを未だに根に持って、時折思い出しては地団駄を踏んでいる。


 仕方がないので、俺は彼を船、テラスハウス、イクバールと、1日に何度も送迎する羽目になった。いくつになっても手のかかる、困った58歳児だ。




 毎日こんな感じで成り行きに流されつつ、しかし新しいスキルの獲得も諦めてはいない。


 最も最近に獲得したのは、「操船術」だ。そう、この間密航してきたフィーレンス教授を小舟で漁村まで送り、その後水魔法でさっさと母船に帰還した時のアレ。


 通常、武術系スキルはレベル1を取得するために1,000回の試行が必要。魔術系スキルは100回。10倍の開きがある。例えば剣道だと素振り1,000回。一方魔術は100回の試行なんだけど、これは試行回数というより100MP消費。7歳の洗礼までに、知らない間に最大MPが2,000万を超えていた俺、ぶっちゃけ魔術スキルを伸ばす方が楽チンなのだ。


 そして話を元に戻すんだけど———操船術とは、読んで字の如く船を操るスキル。それはもちろん、この世界だと船を手漕ぎするだとか、帆船だと帆を張るだとか、船長なら舵を取って船員に指示を飛ばすだとか、そういうので伸びていく。しかし俺が思いついたのは、船を魔法で動かしてみたらどうかってことだ。手っ取り早いのは、水。船尾でランペイジングダークネスをブッパするついでに、水属性レベル6のウォーターバレットを射出。しばらくすると、操船術が生えてきた。


 なお、船の推進については風でも行けるかなと思ったんだけど、風属性レベル6のジェットストリームを帆に当てたところ、勢いが強すぎて帆を一枚破り、大目玉を喰らった。火属性については、蒸気エンジンでも出来たら簡単に推進力に出来そうだけど、肝心のエンジンを作れそうなドワーフ族が酒に走ってしまって使い物にならない。俺は文明を停滞させてしまったかもしれない。あと土属性の運用も色々考えたんだけど、火属性同様に何らかの装置が必要そうなので諦めた。


 というわけで、ぶっちゃけ船員さんがいなくても、MPでゴリ押せば秋津まで普通に航海出来そうだ。船員さんたちは、日に日に水圧を増してスピードを上げるウォーターバレットにチベスナしている。とはいえ、海の上では何が起こるか分からない。海の男たちの経験は大事なのだ。きっと。


 まあ本心を言えば、いつか空を飛ぶスキルが手に入っちゃったら、船なんか乗らなくなるんだろうな〜ってところなんだけど。こっちも密かに実験中なんだけど、未だに飛行スキルは手に入っていない。多分風属性スキルが鍵だろうから、地道に伸ばして行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る