第55話 密航者
さて、全員無事に乗り込んで錨を上げようとしたところ。
「…あの、何か御用ですか?」
「!」
甲板の隅に、不自然な歪みを発見。いや、俺の鑑定も結構レベルが上がってパッシブ化しちゃって、常時表示なんだよね。そう、不正乗船の招かれざるお客様———フィーレンス教授。
「あっ、あのっ、い、いい夜だな?」
あは、あははは。最初会った時には機械人形かと思うほど無表情だったのに、何だこの変わり身は。エルフがテンパって愛想笑いしてるとか、非常にシュールだ。
「ええいい夜ですね、お帰りはあちらです」
「クラウス殿ッ!!」
なんだか大声で取り乱すもんだから、みんな集まって来てしまった。
「坊ちゃん、その御仁はどなたで」「あなたエルフ?エルフ族がどうしてここへ?」「イルマシェが放った間者か?!」「何で教授がここに?!」
みんないっぺんにしゃべり出して収拾がつかない。さっさと出て行きたいのに、とんだ足止めだ。
結局出航を優先した俺たちは、ジャチント船長の提案で彼女を頑丈な船室へ連れて行った。平たく言えば、牢屋みたいなところ。この船はジェラルド様専用の客船だが、間者や不審者、お酒を召して不埒を働く乗客などのことは想定されている。彼女は一応、ウダール大学に籍を置く教職者だ。牢屋は牢屋でも、貴人用の小綺麗な船室へ。
だけど、「魔術はワシらのもの」と公言して憚らないエルフ族。俺が知らない奥の手やスキルを持っているかもしれない。ちょっと目隠しをしてもらって、彼女の手首に手錠でも掛けてしまおう。
「こっ…これは…ッ!」
とりあえず、一番簡単に作れるアダマンタイトで。土を出して粘土にして、手首に巻きつけて
「本当に、ウダールの連中はタチが悪いですこと。アレクの研究をしつこく聞き出すだけに飽き足らず、盗人まで差し向けて来るなんて」
「そんなつもりは!」
「どんなつもりだろうとそういうことでしょう?エルフ族は気高い種族だと認識しておりましたが、聞いて呆れますわね?」
「ちょっと、ディー」
アレクシス様とディートヘルム様が「言い過ぎじゃね?」って目配せするけど、甘い顔をすべきじゃない。外国の有力貴族の乗った船に密航したんだ。命を取られても文句は言えない。
「ひ、非礼は詫びよう。しかし私も引き下がるわけには行かんのだ」
フィーレンス教授は項垂れて、ボソボソと語り始めた。
イアサント様の研究室で、彼女は言った。「魔術スキルは、我らエルフ族が他種族にもたらした秘術。我らはそれらが悪用されんか、常に監視しておるのよ」と。フィーレンス教授は、それに加えて彼女がウダール周辺の監視担当者であることを明かした。そして、俺たちが魔法陣の仕組みを読み解いて更に新しい魔法陣を編み出したことは到底看過出来るものではないということを改めて訴えた。秘術の真髄、ブラックボックスまで明らかにされては、さすがに調査するしかないと。
だけどなぁ。俺にとっては、そんな事情なんか知ったこっちゃないんだよね。
イアサント様の白衣に仕込まれた魔法陣。あれは基本全属性をレベル3で展開するものだった。だけど、イアサント様は全属性3レベルに達していなかったんだ。それどころか、土がレベル3、火がレベル1だったかな。あの場にフィーレンス教授がいたのは、アレクシス様の尋問に立ち会うというだけでなく、いざという時に彼女が魔法陣を発動するためだろう。
村から出て、王都、デルブリュックで暮らしたから分かる。一般人からすると、レベル3って相当なものだ。俺の周り、アレクシス様やディートリント様、ベルント様が普通に全属性レベル3以上だから感覚が麻痺していた。コルネリウスは、人間族の国家の中では突出した魔法国家だ。彼らはそこのエースやライバル、従者だもんな。
話が逸れたけど、彼女はあのイアサント様の側の
「というわけで、次の港で降りていただきますのでお帰りください」
「そんなぁ!」
「そんなぁ、じゃありませんわ。あなた、ここで殺されても文句は言えない立場だって分かってますの?」
「ぐっ…」
何だかなぁ。彼女には悪気はなかったのかもしれない。それが仕事だから仕方なかったのかもしれないけど、初動を誤っちゃったというか、ボタンを掛け違っちゃったというか。俺としても、この世界の仕組みを俺よりもよく知ってそうなエルフと知遇を得ることは
結局繰り返し問い詰めたところで、彼女からは新しい手がかりは得られなかった。闇魔法をブッ込んで力技を繰り出しても良かったのかもしれないけど、イルマシュ侯爵家やユボー王国、エルフ族をいたずらに刺激して大っぴらに敵対するのは良くないだろう。そして何より、種族が違うせいか秘術でも使っているのか、フィーレンス教授には鑑定が通らなかった。下手に手出しをしない方が良さそうだ。何より、彼女が乗船していると不便で仕方ない。
やがて近場の漁村が見えてきたので、俺とフィーレンス教授は船員さんに小舟を出してもらって上陸する。そして目隠しして手錠を外し、あとは解放だ。
「それでは教授、ごきげんよう」
「待て、クラウスと言ったか。お主———」
待つわけなんかない。俺はさっさと小舟に乗り込み、愛想笑いを浮かべて手を振った。そして水面に向けて水魔法を射出し、さっさと母船まで戻った。
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