第57話 操船と魔術スキル

 航海はつつがなく進んだ。途中何度か荒天に見舞われたが、交代で船に残った船員さんが難なく船を捌き、無事切り抜けた。


 船員さんの操船術もさることながら、各属性がレベル5を超えて、これが意外と航海に役立った。荒天というのは、とどのつまり暴風と暴雨のことだ。じゃあ風と水を打ち消せばいいんじゃ、ということで、俺はウィンドオフセットとウォータードレインを船の周りに展開した。MP消費量はレベル5が毎分160、二属性同時展開で320。毎時間19,200MPの消費となる。しかし俺の最大MP7歳の時点で2,000万オーバー、今も順調に伸びつつある。しかもMPは毎時間1/10ずつ回復する。2万程度なら実質ゼロキロカロリーだ。今後の課題は姿勢制御。船の揺れはどうやって解消したらいいんだろう。幸いみんな船酔いする体質じゃないし、なんなら嵐の間はテラスハウスにでも転移すればいいんだけど、やっぱり乗り心地は良いに越したことはない。




 属性スキルレベルアップの恩恵は他にもあった。まず、火属性と水属性から氷属性が生えた。いや、俺は元々これらの組み合わせで氷属性が生えることを知っていたが、本来なら火属性レベル5、エクスティンクションで物質の振動を打ち消す作用を得ることで習得可能らしい。


 それから各属性と風属性との組み合わせで覚えたバレット系、これは各属性レベル6の圧縮射出コンデンスで改めて習得した。これまでは風属性の補助で同じような作用を得ていたわけだけど、単独属性で放てるように。しかし、単独属性のバレットに更に風属性と組み合わせると、威力が格段に上がる。


 あとそれから、火属性のレベル6から改めて雷属性が生えてきた。物質の振動を圧縮強化することで習得するみたい。俺が火属性から生やした時も、イメージとしてはそんな感じだったから、さもありなん。


 この辺はアレクシス様と実験してキャッキャウフフとレポートにまとめたところだ。




 アレクシス様が宮廷魔術師団でホープだった理由。それは、氷属性と雷属性を持っていたからだ。軍属の魔術師といえば、大体火属性が攻撃の要。火属性には優勢属性の水属性で対抗するのが定石だが、いかんせん水属性のスキルは物質的に重く、広範囲に展開するのにコスパが悪い。


 そこで氷属性だ。物理的に水を生成する、もしくは操る水属性と違い、物質の振動を抑えるアプローチで火属性に拮抗する。


 更に雷属性。雨天に弱い火属性に比べ、水が媒介することで圧倒的な殺傷力を誇る。しかも、上級な兵士ほど金属鎧を纏っているものだが、雷は幹部や将軍クラスほど狙い撃ちする。


 かつて貴族学院を飛び級し、若くして宮廷魔術師団に入団したアレクシス様。彼を排斥したい実家の面々は、これ幸いと宮廷魔術師団に働きかけて、彼を国境紛争の死地に送り込んだ。しかし蓋を開けてみれば、戦地は彼の独壇場。まだ少年だった彼が、高台の砦から豪雷を降らせ、敵陣の高位軍人を一網打尽にしてしまった。


 ならばモンスター討伐だということで、強力なモンスターが出没するデルブリュックへ送り込んだところ、そこで当時公爵だったディートヘルム様たちとともに大型のファイアドラゴンを退け、ドラゴンスレイヤーに。そしてディートヘルム様にいたく気に入られ、娘のディートリント様と縁談を結ばれた。元々お二人はご学友で、お互い憎からず思い合っていたご様子。これによってアレクシス様はデルブリュック家という強大な後ろ盾を得て、15の成人から間もないというのに自力で伯爵位を得てしまった。


 本家アルブレヒト侯爵の正妻は、子爵家ながらデルブリュックの傍系の出身で、それが彼女の地位を確固たるものにしていたのだが、側室の三男アレクシス様を亡き者にしようとして立場が逆転してしまった。そしてその後、呪い返しで儚くなってしまわれた。自業自得だが、なんか気の毒だ。


 アレクシス様が氷属性と雷属性を持っていたのは、火属性のレベルの高さ、つまり試行回数の多さだ。彼は氷・雷・火・水・風属性を持っていて、なおかつ火はレベル5に達していた。これは彼が幼少期からひたすら火属性スキルを使い込んでいた賜物だ。魔術スキルはレベル4から5に上げるまで、1600万ものMP消費を必要とする。なお、雷は俺と同じく自力で取得した模様。


 何かとしがらみや制限の多い幼少期だったというアレクシス様。許された娯楽は勉強くらいのもので、彼はひたすら魔法にのめりこんだらしい。演習場で、撃って、撃って、また撃って。そしてそれが彼の優秀さを証明し、第一夫人の敵意を煽ってしまったのは皮肉なものだ。しかしそんな幼少期があるからこそ、今の彼の地位がある。




 コルネリウスの大学院や宮廷魔術師団では、魔術研究が盛んだ。そして魔術スキルの取得条件も、ある程度把握されている。氷属性は、火属性と水属性の両方を持つ者から稀に出現するとか、かつて雷属性を持つ勇者は火属性魔法も得意だったとか。だけど、俺みたいに正確な習得ルートを掴んでいるわけではないようだ。水色のウィンドウに鑑定スキル、実にチート。


 これまでの研究には、誤っている情報もある。例えばアレクシス様は、辺境の村に訪れるまで「魔力量は子供の頃に決まる」「魔術師は自らの魔力の残量に気をつけながら、枯渇しないように大事に使う」というのが常識だと思っていた。魔力が枯渇したら強烈な倦怠感に見舞われ、戦場であれば命取りになるから、それはある意味正しい。しかし実際は、魔力を使い切ることで大人でも魔力の最大値は伸びる。同様に、「魔法の行使においては、理論をしっかりと学び理解しておくことと、詠唱の正確さが大切である」と教わって来たようだが、村人は適当な理解と感覚で強力な魔法をガンガン使う。魔法陣だってそうだ。俺はカタカナで書いてるけど、問題なく発動する。


 そう、スキルの詠唱や名称なんて何でもいいのだ。アロイス様だって「まっくら〜」「ぴかぴか〜」で問題なくスキルをブッパされる。詠唱短縮、詠唱破棄、無詠唱。これまで散々研究されていたことだが、習得条件を満たしているスキルならば行使する意図さえあればスキルが発現するということだ。


 こうしてレポートにしていると、とても楽しい。俺はまだ誰も知らないゲームの攻略情報をまとめているみたいだし、何よりアレクシス様が楽しそうにしているから。これまで何かを発見するたびに、なんだかんだ周りが忙しくなってせわしない毎日だったけど、こうして船旅に出て初めて、ゆったりと実験に没頭できるようになった。やっぱりスローライフって大事だ。


「何がスローライフですの、このトンチキどもが!」


 そんな俺たちだが、なぜかディートリント様の前で正座させられている。Why。


「だってディー、これは君の研究分野だったでしょ?」


 そうなのだ。今回まとめたレポートは、ディートリント様の名前で世間に発表しようかという話になっている。詠唱の聖句や短縮は、彼女の専攻分野。これまで俺たちの間で分かったことをまとめておくから、適当に論文にしてもらえればってことで、レポートにして提出したんだけど。


「馬鹿おっしゃい!!魔力枯渇による魔力上限の上昇だけでも大問題ですのに、レベルに経験値、細かい取得条件から分子の振動やら制御やら…こんなもん出せるかーーー!!!」


 スパコーン。最近彼女は、ハリセンなるものを開発した。音の割に物理的ダメージの少ない、異世界の優れた武器。彼女とてデルブリュックの息女、普通に扇なんか繰り出したら大惨事になってしまう。やっぱりツッコミにはハリセンだな。


「しかしディートリント様、もうこれ以上アレクシス様に功績を付けたら侯爵様になってしまいますし、徴税…セルバンテス魔導伯も、色々限界だと」


「黙らっしゃい!わたくしだって街道整備でお腹いっぱいなのよ。まったく、どんだけ厄介ごとを持ち込んだら気が済みますの、この男どもは!!」


 厄介ごと。確かに功績も増えすぎると厄介だけど。


 その後ディートリント様の鶴の一声で、詠唱問題とその他の問題は細かく分割され、当たり障りのないものから少しずつ世に発表されることとなった。研究はグループで行われたとされ、代表者には元徴税官ことセルバンテス魔導伯が。彼は「自分が研究してもいない功績をいただいても」と固辞しようとしたが、現魔術師団長を始めとした上層部はこれをスルー。早くも次期魔術師団長との呼び声も高いと言われている。


 貴族の世界って恐ろしい。本人の力量より、家同士の政治的な力学で全てが決まってしまう。商家の娘と結婚した異国の留学生、チューチョ。彼は今や、魔導伯に押し上げられ、訳も分からないまま魔術研究の第一人者にされてしまった。毎日胃薬が手放せないらしい彼に、今度よく効くやつを送ってあげよう。ごめんね徴税官さん。あなたのことは忘れないよ。




✳︎✳︎✳︎


2024.10.15 徴税官さんの名前のくだりを簡略化しました。

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