第51話 ウダール港
さて、船旅は順調に進む。俺たちは常に転移陣から出入りしていて物資には事欠かないから、別に寄港する必要はなかったんだけど、「これも社会勉強じゃよ、ふぉっふぉっ」というジェラルド様の鶴の一声で、それぞれ主要な港に立ち寄ることとなった。
「んんまぁジェイちゃぁあん♡お待ちしてましたわぁん♡」
その理由はすぐに分かった。港に着くなり、豪奢なドレスのけばけば…華やかなお嬢様がジェラルド様を迎え、そのまま上流階級御用達の酒場に連行されて行ったのだ。
「んんんんぁんのバカ亭主…ッ!!!」
ジゼッラ様の扇がへし折れそうだ。海の男があちこちの女性に愛を囁くのは仕方ないとして、それは妻の目の届かない場所だから許されること。しかし、
「失礼、美しいマドモアゼル。お名前を伺っても…?」
「ま、あっらぁッ♡」
相手はプロだ。その辺の対策は抜かりない。ご婦人ご同伴で訪れれば、ご婦人にもそれ相応のサービスを用意してあるということだ。
「わっ、ワシゃヨソの女なんぞにうつつを抜かさんぞい!」
おっ、お爺様がここぞとばかりに誠実さをアピール!
「あなた、ユボー語が話せないだけでしょう。まったく」
ギルベルタ様には効かなかった!しかし「仕方ないわねぇ」とばかりに二人でお出かけするみたいだ。お爺様、良かったね。
「で、君はどうする?」
アレクシス様が俺に訊いて来るが、ご夫妻はアロイス様とウダールの大学に顔を出すらしい。コルネリウスに留学していたご学友が教鞭を執っているのだとか。残されたのは俺とベルント様だが、俺たちはおとなしくマーケットでも回ろうと思う。
かつてコルネリウスで、作物の種を集められるだけ集めて、伯爵邸の庭を奇っ怪な果樹園にしてしまった。しかしやはり船で外国に出てみると、交易ではどうしても手に入らなかった作物にお目にかかる。ここウダールは、比較的南大陸と近く、交易が盛んだ。そこでやっと見つけてしまった。
「ば、バナナ…ッ!」
「どうした、クラウス。興奮して」
「これが興奮せずにいられますか!ああ、これで風呂上がりのフルーツ牛乳が完成系に…」
「何ッ?!」
交易品だけあって、バナナは結構なお値段だった。しかも原種に近いせいか、うっすらと記憶にあるものより随分小ぶりだ。しかしそんなことは気にしていられない。あるだけ買い占めて、種は残さず取っておかねば!
「あはァ。あんたたち、いっぱい買ってくれるのは嬉しいけど、それならカフェーに行ってごらんよぉ」
浅黒い肌の商人が、聞き慣れない訛りでもって通りのカフェを指さしている。店先でバナナを齧るより、そこで調理したものを食べたらどうかということだ。
「うんんん…まッ…!!!」
ベルント様は、バナナのソテーをガッツガツ召し上がっている。可哀想に、せっかく異国のカフェなのに俺のお守りなんて気の毒だなと思ってたんだが、こんなに喜んでくれるなら、まあこれでもいいか。しかし、俺としてはイマイチ物足りない。もちろんバナナをバターで焼いて、高価な砂糖でカラメリゼしたスイーツはウダール名物で、ちょっとお高いけど人気メニューなんだけど…バナナといったらアレだ。アレが足りないのだ。
と、思っていたら。
バナナのソテーを5皿もお代わりして、宿の待ち合わせ時間までそぞろ歩きしていた時、それは俺の目に飛び込んできた。
「カッ…カッ…」
突如痙攣を始める俺に、ベルント様が怪訝な表情を浮かべる。ついに見つけてしまった。カカオ豆だ。なんと薬物を取り扱う天幕で発見した。
「ひひっ。それに目を付けるたァ、坊ちゃんあんた将来女泣かせになるぜ…」
取り扱う薬師は意味深な笑顔を向けてくる。そうだ、これは媚薬として知られてたんだった。いや、そんなことはどうでもいい。夢のカカオ!カカオ豆だ!
「知っているのか、クラウス」
「これで歴史が変わりますよ…あっ、こっちの赤い実もお願いします!」
「ひひっ、まいどありィ…」
カカオ豆にコーヒー豆。勝利だ。もうこの人生、勝ったと言っていい。
その夜、ガルヴァーニ御用達の宿にて。
「「…」」
俺とベルント様以外、誰も帰ってこなかった。ジェラルド様はいつものキャバレーで豪遊、ジゼッラ様はホストクラブで大豪遊。アルブレヒト夫妻はご学友のご実家イルマシェ侯爵邸へそのままお呼ばれ。そしてお爺様とギルベルタ様は、その、あれで結構仲良しらしい。「詮索無用」とのことだ。
船員の皆さんにも一応部屋は取ってあるのだが、それぞれ行きつけや行く宛があるそうで。海の男たち、お盛んである。
「「…」」
男二人で囲む、味のしないディナー。俺はカカオの加工に成功したら、真っ先にベルント様に提供しようと心に決めた。ベルント様、なんかごめん。ドンマイ。
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