第50話 同じ釜の飯

 船長を励まし懐柔する成り行きで、俺たちは一緒に食卓を囲むこととなった。彼らは大貴族のジェラルド様たちにひどく遠慮していたが、


「同じ釜の飯を喰ってこそ仲間ぞ!」


 というジェラルド様ディートヘルム様の暑苦し…熱心な説得により、定期的に食事会を催すこととなった。そしていざ開催してみれば、ギルランダのガルヴァーニ邸で行われる無礼講と変わらぬものだった。遠慮していたわりには、すぐ通常運転となった。


 海の男の料理といえば、魚だ。もちろん旅客船においては、乗船客には積み込んだ食材で料理を出すものだが、


「お刺身うんまあああ〜〜〜!!!」


 昼間アロイス様が「まっくら〜」をブッパした後、広い範囲で浮いた魚を網やタモを使ってみんなで掬い上げた。全部が全部回収できたわけじゃないけど、精神系神経系の状態異常なだけだから、後で復活すると信じたい。なお獲れた魚は、アルブレヒト邸と王宮、デルブリュック城にもお裾分けしておいた。コルネリウス王国では、海の魚は非常に珍しい。今夜はご馳走だ。


 海の男たちは、豪快に魚を捌く。大きな包丁を器用に操り、ざっくり3枚におろしたり手開きしたり。俺も、魚の捌き方はアルブレヒト邸のシェフに習った。コルネリウスでも川魚は食べられる。元宮廷料理人だったシェフは、繊細な包丁捌きもお手のものだ。まだ彼の領域には及ばないが、お造りくらいなら問題ない。


 ここで嬉しいのは、遠洋の大型魚が食べ放題ということだ。そう、マグロだ。マグロ祭りだ。ギルランダ港でも時折上がってはいたが、獲れたてを食べられるのは船上ならでは。もしかしたら熟成させた方が美味しいのかも知れないけど、獲れたそばから捌いてガッつく。これ以上の贅沢があるだろうか。


「むぅん、これぞ海の味ぞ!ブッオーノッ!」


「あなた、海でこんな美味しいものを召し上がってらしたの?ズルいわ!」


「いえお祖母ばあ様、この秋津のショーユがいけませんのよ。黒い悪魔ですわ…!」


「これは貿易額20倍どころの騒ぎじゃないわね…巻き起こしますわよ、旋風を!」


 先々代ご夫婦とディートリント様が刺身に舌鼓を打つ間、ギルベルタ様が脳内でソロバンを弾いてニンマリしている。彼女には、トロの脂の照りよりも、まだ見ぬ黄金の輝きの方が眩しいらしい。まだ錬金術で金を量産出来ることは言ってないが、バレたら一波乱ありそうだ。


 オッサン&船乗り組は、ご飯派と酒派に分かれている。


「この米という食べ物は、サラダの添え物かと思っておりましたぞ!」


「遠く秋津では奇妙なものを主食にしているなと思えば、まさかこのような」


「だよねぇ!お刺身はやっぱりご飯にオンが正義だよねぇ!」


「なんの!ギルランダの男は黙って白の辛口ぞ!」


「この、冷やして発泡させるなどなんとも…!」


「やはりエールじゃろ!」


「どっちも行けますなぁ!!」


 あっはっは。ガルヴァーニ流、無礼講飲ミュニケーションは心の距離を縮めるのに覿面なようだ。多少昭和のカホリがしなくもないが、パワハラアルハラとは無縁で、本当に無礼講なのが秘訣なのかもしれない。


 連日の無礼講で、船員の士気と結束も高まり、船長の気力も無事回復した。美味しい食べ物はみんなを幸せにする。そしてもう一つ功を奏したのは、ディートヘルムブートキャンプだ。なんせ、フェルト玉を投げれば投擲スキルが上がる。投擲スキルを上げればもりの投擲の精度も飛距離も威力も上がるのだ。しかも、魔法国家コルネリウスにて武で鳴らすデルブリュック。その前当主自ら、槍術の稽古を付けてくれる。


「訓練の前に、ちゃんと礼儀を欠かさないこと。そして歩法や目配りまで細部にこだわり、声を上げるのを忘れんことじゃ」


「「「応!」」」


 お爺様、俺の情報を丸パクリしている。ギルベルタ様やディートリント様によると、「あの人はそんなこと気にしたことありませんわよ」だそうだが。まあ、みんなが楽して強くなるなら、それでいい。かくして、引退直前だった水兵さんたちの槍術スキルがメキメキと上がり、みんな結構な戦力となった。槍術だけで言えば、デルブリュックの現役戦士と変わらない。


 そういえば、デルブリュック城でも先代世代が華麗なV字復活を果たし、派手に現役に喧嘩を売って武闘大会に発展したことを思い出す。あの時に比べれば、今ここに現役世代がいないのが幸いだ。しかしいつかギルランダに帰還した時には、若手を巻き込んで同じ悲劇が繰り返されるのでは。いや、考えるな。先のことを考えてはいけない。


 いいことだ。美味しいものを食べて、往年の海の戦士たちが元気を取り戻す。これはいいことなんだ。いいね?




 その後、アロイス様の「まっくら〜」漁が本格化し、王宮とデルブリュック城では毎日のように海の幸祭りとなった。こう連日魚を持ち込まれると、両者ともトゥーマッチとなり受け入れ先がなくなった。仕方がないので、自分たちが食べる分を残して放流することに。そのうちアロイス様は対となる「きらきら〜」をブッパされることを学習され、浮いた魚たちを回復される術も身につけられた。とんだマッチポンプだが、大人たち(特にギルベルタ様)からのアロイス熱が止まらない。


 しかし、いつまでも根強い人気を誇るのがマグロだ。油に漬けて加熱して、ツナって奴は何に添えても美味しい。サンドイッチにサラダにパスタ。ツナ需要だけは途切れることはなかった。それは当然、例のテラスハウスでも。


「こんな美味しいの知らないなんて、みんな可哀想だよねぇ(もっもっ」


「だってこんなの世に出したら大混乱ですもの、仕方ないですわよねぇ(もっもっ」


「既得権益ってやつですわ(もっもっ」


 ツナマヨおにぎりが、みんなのおにぎりランキングトップに躍り出た。もちろんカツオをカラカラに乾かしておかか、イカを漬けて塩辛にしたり、陸から仕入れた鳥そぼろや牛のしぐれ煮なども用意してみたが、ツナマヨの王者感は揺るぎない。


 マヨネーズなんか出したらヤバいよな。主に風属性の魔術師さんのライフが削られそうだ。同時に、クリーンと攪拌を組み合わせた魔法陣を作って発表しなきゃいけないだろうな。そうすると、アレクシス様と例の徴税官さん———今頃は魔導伯様だけど———お二人の株が、また上がってしまう。アレクシス様はもう「伯爵じゃダメなんじゃ?」という声が上がっているけど、侯爵にまで上げちゃうと生家と同家格になっちゃうしな。アレクシス様の暗殺を企んだ物騒な人たちは居なくなったみたいだけど、あれからアルブレヒト侯爵周辺は色々大変なんだそうだ。そこにアルブレヒト侯爵家がもう一軒出来たら、多分揉めるだろうなぁ。


「どうしたんじゃ、クラウス。ため息なんかつきおって(もっもっ」


「放っておきなさいな、お父様。どうせ自業自得なことですわよ(もっもっ」


「くらうすおににり〜、あいっ」


 アロイス様が小さいお手手でツナマヨおにぎりを差し出してくださる。それは今俺が握ったばかり、しかもアロイス様が弄り倒してぐちゃぐちゃになったものだが、彼の心遣いが身に染みる。俺は笑顔で受け取って、またおにぎり生産業に精を出した。

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