第49話 エンカウント

 問題が起こったのは、そんな夜。


「野郎ども!左舷に出たぞ!」


「「「応!」」」


 1LDKで食事を済ませた後、面倒ごとに巻き込まれたくなくて船室で休んでいると、にわかに船内が騒がしくなった。急いで甲板に出てみると、海の男たちがもりを持って船っぺりへ集まっている。


「おい坊主!何で出て来やがった!!船室へ退がってろ!!」


 船長さんがすごい剣幕で叫ぶ。海の向こうには、月明かりに照らされた大きな触手。鑑定したら「クラーケン」だって超胸熱。


「キャプテン、アルブレヒト卿を呼んできてもらった方が」


「ばっきゃろう、あんなひょろっこい兄ちゃんにクラーケンの相手なんて出来っか!!」


 彼らはアレクシス様の英雄譚を耳にしていたものの、それは対人戦の活躍であって、海の魔物には歯が立たないと思っているようだ。いや、彼の主属性は氷と雷だから、クラーケンくらいなら何とかなりそうだけど。


 それよりこっちの戦力だ。転移陣を使ってこっそりジェラルド様を船に招き入れるため、乗組員の数はかなり絞っている。しかもみんなベテランとはいえ、往年の老兵たちだ。いくらそれなりの槍術レベルがあったとしても、銛一本で立ち向かえるような相手じゃないような気がする。


「えっと、ちょっと試してみたいんですけど、いいですか?」


「ちょっ、おいバカ聞いてんのか!!退がれっつってんだろ!!!」


「ランペイジングダークネス」


 俺は構わず、海に向かってランペイジングダークネスを放った。鑑定によれば、何らかの精神異常や神経異常を引き起こすはずなんだけど、果たして?


 ———結論から言うと、巨大なイカはそのままプカーっと浮かび上がってきた。


「「「???!!!」」」


 海の男たちは、銛を握ったままポカーンとしている。俺もだ。クラーケンまで結構な距離があったはずだけど、割と効果覿面てきめんだった。INTかしこさが低かったので、魔力抵抗が弱かったのかもしれない。だけどまだ死んでないみたいだ。


 あ、そうだ。こんな時のために、オリハルコンの石ころを大量生産しておいたんだった。


「えいっ」


 半口を開けた船乗りたちが見守る中、俺は大きく振りかぶってオリハルコンを投げた。すると、


 ピシャアアアアン!!!ドボズバアアアアン!!!


 オルハルコンは轟音を上げて炸裂し、巨大な落雷とともにクラーケンを一瞬で消し炭にしてしまった。イカのいた辺りから焦げ臭い匂いとおびただしい水蒸気、そして船を大きく揺らす大波が起こる。ああ、海水温が上がっちゃったかもしれない。環境破壊?


 というより




===


「レベルが上がりました」


「レベルが上がりました」


「レベルが上がりました」



===





 視界の端のウィンドウに、レベルアップのメッセージが止まらない。おお、万年レベル3の俺が、やっとだ。




「こっ…こンの…」


 俺がウィンドウのメッセージを「ほへーっ」と観察していると、再起動した船長に首根っこを掴まれ、拳骨を落とされた。


「馬ッ鹿野郎ォォォ!!!」


 静寂が戻った海の上、船長の叫び声だけがこだました。




「おまッ…おま、お前はよォ!!」


 あれからずっと船長が錯乱している。船員の皆さんはよそよそしい。てか俺、何でこんなに怒られてんの。船長が「お前」しか言わないので、彼の怒りのポイントが今ひとつ掴めない。確かにオリハルコンの落雷はエフェクト凄かったけど。びっくりしちゃったんだろうか。


 しかし翌朝、ジェラルド様が船に戻ってきて、なんとなく彼の言いたいことが分かってきた。


「お館様…俺ァ、おいとまを頂きたく…」


 彼は昨夜のクラーケン遭遇のくだりを訥々とつとつと語った。船に乗っていれば誰でも耳にしたことがある、海の帝王クラーケン。一度遭遇すれば、生きて帰ることは非常に困難だ。ただでさえ少ない乗組員でクラーケンを追い払うことができるのか、逃げ切れるのか。みんなで死を覚悟しながらせめて子供だけでも逃がそうと思っていたところ、坊主は妖術を使ってクラーケンを昏倒させた後、石ころを投げて仕留めたという。


「俺ァもう、船乗りでいる自信が無くなりやした…」




 その後について簡単に説明すると、ジェラルド様とジゼッラ様が船長のフォロー。その間副船長が船長代理。俺はディートリント様とギルベルタ様にこっぴどく叱られ、アレクシス様には乾いた笑いを向けられ、ベルント様とお爺様には「お前だけクラーケンと戦うなんてズルい」と地団駄を踏まれた。そしてランペイジングダークネスとオリハルコンの効果について説明していると、アレクシス様が「もっと詳しく」と詰め寄ってきて、結局彼ら三人もディートリント様とギルベルタ様にこってりと絞られることとなった。




 しばらく船室にこもって落ち込む船長を宥めすかし、航海は引き続き穏やかに進んで行った。天の岩戸のごとく引きこもる彼を再び船長の座に引っ張り出したのは、やはり。


「よいか!この玉を的に向かって投げるんじゃ!」


 突如始まったディートヘルムブートキャンプだ。潮風吹きすさぶ甲板で、彼がフェルト玉で見事的を捉えると、船員たちは皆やる気になって玉投げを始めた。「あのクラウスがクラーケンを仕留めたくらいだ、ユーキャンドゥイット!」ということで、船乗りたちの士気は大いに高まった。こうなったらお爺様の独壇場どくだんじょうだ。脳筋の脳筋は皆脳筋だ。筋肉が全てを解決する。


 一方、ランペイジングダークネスでクラーケンが昏倒したということで、アレクシス様とディートリント様は俺と一緒に船尾で闇属性ブートキャンプを始めた。火や水はいくらでも使うし、風だって船の帆に当てれば推進力にもなる。そして錬金スキルは土属性にもポイントが入るので、土を出して粘土を作ってコネコネしていたら、気がついたら上がっているものだ。光属性も、治癒に疲労回復に光源の確保に、なにげに便利なのだ。


 闇属性だけは、意識して使わないとなかなか上げる機会がない。しかし海の強力な魔物クラーケンを、俺が一発で行動不能に持って行った。ならば上げておくに越したことはない、ということだ。ちなみにこちらのブートキャンプには、アロイス様とギルベルタ様も加わっている。アロイス様は海に向かってレベル3のダークウォールを放つご両親を見学。ギルベルタ様は生活魔法のダークネスから。しかし、


「まっくら〜」


 アロイス様が小さな手のひらを船尾に向けて小さく呟くと、手から巨大な暗雲が噴き出して海を覆い、吸い込まれていった。そしてしばらくすると、海面に大小様々な魚がプカプカと浮いてきた。


「ヒッ…!」


 我が子を振り返ってガクブルするディートリント様。しかしアレクシス様とギルベルタ様は。


「アロイス!やっぱり君は天才だね!!」


「あーんアロイスちゃんよくできまちたね〜♡」


 我先に親馬鹿&ババ馬鹿ぶりを発揮し、アレクシス様の腕が空を切り、ギルベルタ様がアロイス様を掻っ攫った。


「遅かった…もう既に遅かったのですわ…」


 ディートリント様がプルプルしている。仕方ないよね、ご両親とも天才だもの。


「何を他人事みたいな顔をしているのです!!ああ憎たらしい…ッ!!!」


 そして俺は、血走った目のディートリント様にこめかみをグリグリされるのだった。なぜ。

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