第5章 航海編
第48話 船旅
航海が始まって一週間。俺たちは、超絶暇である。
「まあ船旅ってそんなもんだよ、クラウス」
「アレク。これを船旅と言っていいのかしら?」
「今更ですディートリント様」
そう。俺たちの旅はこれまで同様、結局船室に設置した転移陣から自由にあちこち行き来している。王都のアルブレヒト邸、デルブリュック城、ニェッキのガルヴァーニ別邸、そして例の元1LDK。まあ、ほとんどが1LDKだけどね。
ここは最初、王都のアルブレヒト邸のレプリカを建てて闇属性の幻惑で姿を隠していたんだけど、一応辺境の村の近くだし、結局元の川沿いの崖の形に戻した。そして中だけ巧妙にくり抜いて、今や中庭のあるテラスハウスみたいになっている。元々1LDKだった部屋が中心になって、みんな大体そこに集まってるけど、中庭を取り囲むように個室を増築し、思い思いに仮眠を取ったり、趣味に没頭したり。
だいたい趣味部屋に入り浸ってるのは、アレクシス様とベルント様だ。二人とも錬金術に夢中で、アレクシス様は魔法金属を自力で作れるように特訓中。ゆくゆくは、あらゆる宝石に魔素を充填して新しい魔法金属ができないか、片っ端から試してみたいんだそうだ。一方のベルント様は、相変わらず刀や手裏剣、
女性陣は、わいわいドラマを見ながらガールズトークに勤しんでいる。みんなJKのようなノリ。嫁姑とか母と娘とお婆ちゃんとか、そういうのは問題にならないようだ。
「ちょっ、あのワンピ可愛くない?!」
「あら、お母様はもうちょっとシュッとしたのがお好みだと思ってましたわ」
「ほほほ、
「やっぱりジゼッラ様は赤ですわね!」
盛り上がる女性陣のもと、俺は常に使いっ走りだ。彼女らが食べたい料理は、アルブレヒト邸でシェフと調理。着たい洋服は、デルブリュックのアトリエへ。小物は俺がそれっぽいものを自作するか、王宮を通じて彫金してもらったり。そして彼女らの内輪での流行は、王宮とデルブリュックへ逐一報告を怠らない。
「「リンダったらズルいですわ!」」
場所と人は違えど、言うことは同じ。すなわちディートリント様の姉上であるディアナ王妃、そしてデルブリュック公爵夫人エデルガルト様は、しきりにディートリント様たちを羨む。しかし彼女たちは公務で忙しい。おいそれと城を空けるわけにはいかないのだ。
「エーミールは14、あと4年で成人。4年も待てませんわ。エミーリアならあと2年、さっさと婿を迎えて譲位すれば…」
爪を噛みながらぶつぶつと呟くエデルガルト様。ご主人のディートフリート様は「ははは、エディは面白いジョークを言うのだな」と軽く受け流しているようだが、目が泳いでいる。
「あなた。この際、弟君に王位を譲られる気はありませんの?」
まだお子さんが小さいディアナ様の方がもっとヤバい。しかもカール国王も「それもいいかも」って顔をしている。ヤバい、国が大混乱に陥る。
「ま、またお時間のある時に、お忍びでご招待いたしますので…」
俺はそう言うのが精一杯だった。テラスハウス、もっと広げないといけないかもしれない。
そういうわけで、俺がテラスハウスに戻ると無駄に用事が増えて、無駄に心労がのしかかる。仕方がないので、俺は甲板の上で闇属性のレベル4、ランペイジングダークネスを海に向かってブッパする。
魔法陣を起動するには、全属性のスキルが必要だ。例えば火属性だけレベル4が使えても、土属性がレベル1ならレベル1の転移陣しか開くことはできない。そして俺がこれまで色々実験してきた中で、一番スキルレベルが上げにくい属性。それが闇属性だった。
闇属性の生活魔法が、ダークネス。これは手のひらに小さい影が出来るだけだ。アイマスク代わりになるかもしれないが、その他の用途が思い浮かばない。レベル1がカーム、これは副交感神経に働きかけてリラックスする感じ。これを使って、リラックスマッサージのスキルが誕生したんだった。
魔法スキルは、どの属性も同じ。レベル1がボール状に射出、レベル2が柱状に射出。3が壁、4が広範囲に波状に射出、5が効果打ち消しだ。例外もある。そして6以降もあるけど今回は割愛。例えば火のレベル1がファイアーボールで、2がファイアーランス。土の3がアースウォールで、4がアースクエイク。水の5がウォータードレインといった感じ。基本四属性は、役割がはっきりしている。光属性もなんとなく分かる。だけど闇属性はなぁ。副交感神経を優位にしてリラックスさせる、認識を阻害して誤認させるなど、使い方によってはいい働きをするんだろうけど、なんせこの世界はゲームに似ていてもトリセツがない。そして今ひとつ使い所が分からない。もしかしたら、モンスターと戦闘になれば役に立つのかもしれないけど、生憎俺は危ない場所には連れて行ってもらえないのだ。なので、伸ばしたスキルのレベルは高いけど、自分自身のレベルは低いまま。
役立てるところがなければ、スキルを伸ばそうにも伸ばせない。よって、1LDKに帰るのが億劫な今、船尾に向かってひたすらランペイジングダークネスを撃ちまくる。ドヨーンとした影が、大海原に吸い込まれていく。虚しい。
「まあまあ坊ちゃん。坊ちゃんはまだ若ェんだ。魔法が使えねェくらいで腐ってちゃなんねェぞ」
そう言って、船長のジャチントさんが俺の頭をワシワシと掻き乱す。彼はジェラルド様
魔法先進国コルネリウスきってのエリート魔道伯、アレクシス・フォン・アルブレヒト。ジェラルド様のお孫さん、ディートリント様の婿としてジナステラを訪れたわけだが、彼が最新の研究結果と極秘の秘術でもって、ジェラルド様を時々船に導いてくる。彼らはアレクシス様に大きな恩義を感じていた。もちろん、外部にそんな機密情報を漏らしたりしない。もう二度とお元気な姿を見られないかと思っていた大恩ある
そのアレクシス様が連れてきた、平民の
船長さんの話は、そんな感じだった。なんなら他の船員さんにも温かい目で見られている。俺に同情するような、孫でも見るような。そして彼らはほとんどディートヘルム様と同年代だ。そう見られるのも仕方ないかもしれない。俺は適当に「頑張るよ」と返し、そしてひたすらランペイジングダークネスをブッパしていた。
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