第47話 船出

 かくしてガルヴァーニ家の現魔王ことグリゼルダ様を抱き込むことに成功し、俺たちは無事、船にありついた。ちょっと893っぽい…もとい、威勢のいい元船乗りの家人たちは、ジェラルド様とジゼッラ様の快気祝いに華々しく船上パーティーを開こうとしたが、ご本人たちがそれを良しとしなかった。結果、先代ご夫婦のグスターヴォ様とグリゼルダ様、そして先々代と愉快な仲間たちで、小ぢんまりとした内輪のパーティークルーズとなった。


 ジェラルド様の船は、型は古いが堅牢。未だ現役で、ドックで大事に手入れと保管がされていた。ガルヴァーニでは代ごとに主人専用の船を建造するが、船の主人が儚くなれば有志に譲られ、第二の人生を歩む。しかし船も乗組員たちも、主人たるジェラルド様が再び乗船するのを心待ちにしていた。海の覇者たるガルヴァーニ家の、船と人との特別な絆を感じる。とはいえ、中で行われたのはこの間の宴会と同じ。久しぶりの航海だというのに、みんな海はそっちのけで酒盛りに明け暮れ、最後はグリゼルダ様の雷で終了。今回は最初からグリゼルダ様が参加されていたため、宴会自体は短い時間で終わったのだが、船が揺れる分みんな酔いが回るのが早い。長年大事に手入れされた船が、アルコール臭とだらしなく転がる酔っぱらいとで台無しだ。俺は黙々とクリーンの魔法陣で、食器やカーペット、行き倒れたオッサンたちを浄化して回った。




「気をつけて行ってくるのですよ」


 出発の日。グスターヴォ様とグリゼルダ様のお見送りを受けて、俺たちは船上の旅人となった。なお、ジェラルド様とジゼッラ様、ギルベルタ様は、一足先にニェッキへお戻りだ。しかしニェッキの別邸には、既に転移陣が仕込んである。船室の奥、および元1LDKとを繋いだ陣を、それぞれ俺専用のレベル4のもの、アレクシス様・ディートリント様・ベルント様用のレベル3のもの、そして連絡用の生活魔法レベルのもの。連絡事項は手紙でやりとりし、折りを見て俺が彼らを迎えに行き、船に転移する手筈てはずになっている。これは先代夫妻には伏せられていることだ。


 港町ギルランダのガルヴァーニ邸の使用人のうち、古参の老兵は、みな先々代に仕えた忠誠心の厚い者ばかり。俺たちは彼らを引き抜き、仲間に加えた。彼らも共犯者だ。なんだか先代ご夫妻を騙してるみたいで申し訳ないが、彼らには滞在中にタブレットの一部と料理のレシピを提供してきた。どちらもコルネリウスが外交カードとしてごく一部に向けて解禁しているもので、極秘というほどの機密事項ではない。近隣の貴族なら存在は掴んでいるはずだ。そしてタブレットの一部移譲は国王夫妻の許可を取ってある。だって王妃様のお母様のご実家だしね。


 グリゼルダ様は海外ドラマにハマり、超特急でキリッとしたパンツスーツを作らせていた。ドラマに出てきた小物は、似たものを買い揃えたり、工房に発注したり。なんだかギルランダのガルヴァーニ邸が、ニューヨークセレブな感じに変わりつつある。滞在中、俺はひたすら化粧品の生産に追われた。残念ながら入れ物までは再現できないが、ドラマに出て来るコスメや香水をコピー出来るのは、自分でも結構なチートだと思う。


 一方グスターヴォ様は、まんまとベルント様から厨二病を感染うつされた。しかし彼がもっともハマったのは古典劇で、他の男たちとは違った意味でコスプレにハマり、芝居がかった言動が目立つようになった。ワイルドな外見とは裏腹に、中身は割とロマンチストなようだ。幸いなのは、古典劇の舞台とこの世界とが文化的に近く、コスプレがコスプレっぽく見えないこと。ギリ、「お館様の服がちょっと古風でヒラヒラになったな〜」程度だ。そして普通、貴族とはヒラヒラした服を好んで着るもの。図らずも、彼は量産型の貴族に寄せて行ったことになる。




 そしてニューヨークセレブとヒラヒラ貴族に変貌を遂げたものの、彼らは和食にどっぷりとハマった。ギルランダは世界屈指の港町であり漁港である。海産物と和食は相性がいいのだ。内陸のコルネリウスでは、海の魚が食べられない。唯一、一部の愛好家が好んで輸入されていたのがアタリメだった。しかしここでは普通に食べられる。イカだけじゃない、魚だって貝だって食べ放題だ。


 しかもここは、大貴族ガルヴァーニのお膝元。特にグルメだった先々代ジェラルド様が大いに食文化を振興し、ガルヴァーニ家の食卓は新鮮かつ多彩な料理に事欠かない。船乗りの食べる賄い料理から、庶民の屋台の味、そして帝都から引き抜いた宮廷料理人の究極の一皿まで。そこへ島国秋津のソイソースが殴り込みをかける。


 じゅわー。


「なんとこれはッ…ブオニッシモォォォ!!!!」


 海鮮を炭火で焼いて、醤油を垂らす。それだけで殺人的な香りが漂い、全てが香ばしく。イカ、サザエ、エビ、ホタテ、カキ。もちろん現地の調理法も美味しいんだ。しかし焦げた醤油の、この麻薬的な芳香に抗える人類なんて存在しない。特に祭りの出店では。


 なお、アレクシス様はじめ上級者には海鮮丼を用意した。魚を生で食べる習慣のないガルヴァーニの方々は「うえっ」という顔をしていたが、こっちにはカルパッチョさんって画家はいらっしゃらないのか。鮮度の悪いものや毒素を持った部位は鑑定で分かるし、寄生虫は細かく包丁を入れたり一度氷魔法で凍らせたりして、対策は万全だ。残念なのは海苔やワサビがないことだけど、辺りで収穫したアオサを水魔法で乾燥させたり、ホースラディッシュに似た植物をすりおろしたりしてそれっぽく。


「うんまあああい!!!」ガツガツ


「…」ガツガツ


「クラウス、おかわりじゃ!」ゴトリ


 アレクシス様は痩せの大食いだ。脳みそがカロリーを消費しているのかもしれない。彼よりガタイが良く武術スキルを伸ばしているベルント様、そしてディートヘルム様も負けじとカッ込む。ディートリント様はお上品にお刺身盛り合わせを口に運んでいる。こっちでは結構なゲテモノ料理だが、食に関して彼らの信頼は厚い。ありがたいことだ。


 そんな彼らを見て、ガルヴァーニ家の人々は恐る恐る刺身に手を伸ばす。人によって好き好きはあるが、結局ほとんどの皆さんが焼きものや刺身のいずれかをお気に召したようだ。


 そして俺が、残り少なくなった秋津の食材を求めていると聞くと、「船を出してやるから是非行ってこい」と背中を押された。当初は隣国のウダール港までって話だったのに、太っ腹だ。そして次回秋津からの船が来た時には、交易額を爆増すると言っていた。ギルランダで味噌や醤油がふんだんに手に入る日も近いかもしれない。まあ俺は、秋津に秘密基地を建造して転移陣を置いて直接交易するつもりなので、関係ないけども。




 なお、海鮮といえばもう一つ。伝家の宝刀、禁断のマヨネーズがあるのだが、こちらは今のところ封印だ。こんなの出したら、コルネリウスでもグロッシでも絶対に騒ぎになる。


「っかー、炙ったアタリメに醤油マヨ、たまらんのう!」


「まことたまらんですな、義父ちち上殿!」


 ジェラルド様とディートヘルム様がビール片手にウマウマしている。マヨネーズは当分の間、例の元1LDK限定なのだ。

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