第46話 船の手配

 さて肝心の船の手配だけど、当然ながら———


「何じゃと!そんな整備で秋津まで渡れるかッ!」


「親父がそんなナリで大海渡るとか想定してねェだろう普通!」


 そう。ジェラルド様から船を用意しておけと連絡を受けたグスターヴォ様は、せいぜい近海を船遊びするんだと思ってそれなりの用意しかしていなかった。すなわち、客室の整備とパーティーのしつらえ。乗組員は船乗りが最低限、後は料理人やメイドたち。


「ワシは秋津まで渡ると書いたはずじゃ!!」


「70も超えるジジイがジョークかましてんなって思うだろう常識的に考えて!!」


 白髪混じりの黒髪を後ろに撫でつけ、ボタンをいくつか外して襟をくつろげ。ほとんど893みたいなイケオジグスターヴォ様からは、頻繁に「普通」とか「常識」などという単語が飛び出す。見た目より真面目な人のようだ。しかし多分こうなるだろうな、というのはジゼッラ様が予測していたので、俺たちはそう慌てなかった。


 秋津には定期航路が就航している。直通ではないので、何度か乗り換えなければならない。俺たちはもともと、ガルヴァーニ家お墨付きの通行手形だけ用意してもらう予定だった。ジェラルド様が自前の船を出すと言って下さってちょっと期待したが、それも最初の乗り継ぎ地点くらいまでを想定していた。しかしジェラルド様は、全行程どころか秋津より更にその先、世界中を巡り倒したかったらしい。


「正気か親父!!」


「たわけッ!船乗りが船に乗らんでどうする!!」


 乗れないガルヴァーニは、ただのガルヴァーニだ。どこかで聞いたような、聞いたことのないような。いや、船に乗ろうと乗るまいと、ガルヴァーニさんはガルヴァーニさんですけども。そうして騒がしく親子喧嘩を続けていると。


黙らっしゃいスタイツィット!!!」


 突然の落雷。静まり返るリビング。ガルヴァーニの女帝、グリゼルダ様の一喝である。


「———お義父様とお義母様は、内海をクルーズされたらニェッキへお帰り。お客人方は、ウダールまで当家の船で。それでいいですわね?」


 鶴の一声、大岡裁きならぬグリゼルダ裁き。さすがに義父と夫を地べたに座らせることはしないが、ソファーがまるでお白洲のようである。男たちの返事は、「はい(スィ)」のみだ。


 しかしこの裁定は、予想通りだった。裏で青写真を描いたのはジゼッラ様。ここで派手に口喧嘩をしていれば、いずれグリゼルダ様が仲裁(という名の一方通告)をして、大体この辺りで折り合いをつけるだろうと。うなだれる男共にきびすを返すグリゼルダ様に、ジゼッラ様がニヤリと笑う。グリゼルダ様はグリゼルダ様で、男たちに聞こえないように「高くつきますわよ」とウィンクを投げる。ギルベルタ様もディートリント様も同じ表情をしている。俺は将来デルブリュックだけでなく、ガルヴァーニの女性にも近づいてはならないと身震いした。


 船に乗ってしまえばこっちのものなのだ。だって俺たちには転移陣があるから。ジェラルド様もジゼッラ様もニェッキから船に転移すればいいだけだし、必要な物資だっていくらでも陸から調達して積み込めばいい。実はジェラルド様もグルだ。知らずに振り回されたのはグスターヴォ様のみ。可哀想に、真面目な人ほど損をする。そんな非情な法則は、ガルヴァーニ家でも当てはまるらしい。




 一方、残りの男性陣はどうしていたのか。


「やはりドクロの旗は掲げなければなるまい」


 どこからか布を調達し、染料で骸骨を描くベルント様。残念なことに、彼は画伯らしい。なお、彼は既に錬金でアルミの日本刀を三本こしらえて、一本を口に咥える練習をしている。しかしこちらも残念なことに、出来は今ひとつだ。もしこの世界に図画工作の授業があれば、彼の成績は振るわなかったであろう。


「いやいやベルントよ、ドクロは胸に刻むべきであろう」


 ディートヘルム様は、デルブリュックのメイドさんに頼んで黒のシャツにドクロの刺繍を刺してもらっていた。ちなみに下は白のパンツ、裏地の赤い黒のマント。腰にはサーベル、ホルスター、そして銃らしきフィギュア。視力がいいのに眼帯をしている。てか、そのムキムキのナリでシュッとした宇宙海賊とか、ちょっと厚かましくありませんかね。


「分かってないなぁ。銃は腕に仕込むのがカッコいいんだって」


 そういって銃のようなマンゴーシュを撫で撫でしているのはアレクシス様だ。いや、そっちの宇宙海賊は割とガタイが良くなければならない。健康を取り戻したとはいえ、インドア派のヒョロい彼にはちょっとな。お爺様とキャラを取り替えるべきだ。顔は整形前と似ているけれども。


 なお、お爺様とアレクシス様の銃には、それぞれ宝石が仕込んである。とにかく火力を求めるお爺様には、火属性と相性のいい紅玉ルビーを。現在氷魔法に凝っているアレクシス様には、アクアマリンを。これは短杖と同等の性質を持っていて、魔法の射出を補助してくれる。まあ、脳筋のお爺様の分は飾りに過ぎない。魔法をブッパする暇があれば銃で殴りに行きそうだ。


 簡単に言うと、三者三様、推しのアニメのコスプレにハマっているのだった。なおジェラルド様は、急遽長髪のカツラと赤いバンダナを用意させていた。そしてアイメイクの練習に余念がない。一番イケメンを選ぶなんてド厚かまし…さすが伊達男。




 その頃女子グループは。


「まあっ!お化粧のノリが!」


「やっぱり基礎化粧品がキモですのよ!」


 グリゼルダ様を仲間に引き入れた決め手。それは美容だ。ディートリント様・ディアナ様・エデルガルト様にせがまれてコピーした異世界の化粧品、これらは全てジゼッラ様とギルベルタ様に献上済み。それをグリゼルダ様にも横流しだ。


 錬金術は、土を土壌改良で変質させるところから生えてきた。最初は砂鉄などの特殊な土壌から、金属元素へ。夢中になって錬金しているうちにレベルが上がって、化合物が作れるようになって、混合物まで作れるようになって。錬金と併せて、鑑定レベルが上がったのも良かった。アカシックレコードも必須だったと思う。


 人造宝石から魔法金属を作った時、アレクシス様から「チートが過ぎるよ」とボヤかれたが、真のチートは混合物の生成からだ。画面の向こうの化粧品を異世界で再現できるなんて。小っこい瓶に入った美容液が何万円もするなんて、男の俺には信じ難い。しかし「それくらいなら」と湯水のように買い占めていく貴族女性。少しでも効果があれば、彼女らにとっては価格なんて些細な問題なのだ。


 そしてそれに合わせて、脳汁スキル。


「ンゴゴッ!!これは…これはおほおおおおう!!!」


 効果があるのは俺でも分かるんだ。施術すれば、見違えたように肌色も肌艶も変わる。シワだって劇的に薄くなるし、はっきり「若返ったな」って感じもする。だけどなぁ…白目を剥いて絶叫する淑女を見ると、だんだんと女性恐怖症が酷くなるのを自覚する。俺、もしかしたら一生独身かもしれない。


 施術を終えてきゃあきゃあと盛り上がる女性陣を見て、何だか俺ばっかり働いてないか?と思い当たる。しかし、ガルヴァーニ家の協力がなければ単独で秋津に渡るのは不可能に等しい。和の食材のためだ。和食が俺を呼んでいる。俺は彼女らのリクエストに沿って、せっせと化粧品を錬成するのだった。

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