第42話 先々代囲い込み作戦

 今更ながら、リフレッシュと脳汁のスキルの効果がヤバい。


「ほっほ、この調子ならいくらでも美味いものが食えそうじゃわい」


「こんなにスッキリとした気分は何年ぶりかしら!」


 最初ギルベルタ様が先々代ご夫妻を応接間にお連れした時、彼らは足元もおぼつかず意思疎通さえ危ぶまれたものだ。しかしタブレットモドキや未知の料理に興味を示されたかと思うと、俄然生気を取り戻された。とはいえ、この世界では七十代といえばご長寿もご長寿、どこかしら体に不調を抱えていらっしゃる。義理の間柄とはいえ、彼らは俺の曽祖父母になるのだ。マッサージくらいおまけしとこうかな、と欲をかいたのが失敗だった。


 まず見た目が違う。お肌のハリとツヤ、そして潤んだ目力。普段鍛えているお爺様は置いといて、娘であるギルベルタ様とほとんど同世代のような外見に。さすがに筋力の衰えや関節の変質など、外科的な部分は一朝一夕ではどうしようもないが、老廃物を排除するだけで人間ってこうも活き活きするものなのかと自分でも驚いた。


 当然、ギルベルタ様も黙ってはいない。年老いた父母がこれだけ若返るのだ。血走った目で私室に連れ込まれ、念入りな施術を求められた。


「こっ、これはッ…ぎもぢいいセンテ・ベーネッ!素晴らしいわメラビグリオーソッ!あ”ッハァァァッ!!」


 ギルベルタ様、声デカ…情熱的な感じの淑女だった。白目を剥いて昇天されたところで部屋を出ると、お爺様が怒ったような興奮したようなドギマギした感じで待ち構えていて、そのまま連続ボス戦に突入。


「お、おほッ♡おほ、ほゥッ…♡」


 ビクンビクン。


 これまで施術した中でお爺様が一番気まずかった。彼はベッドの中では大人しく受け身なんだろうか。(意味深)




 しかしこれで、使用人の皆さんには俺たちの異常性を隠しておけない感じになった。


「俺たちの、じゃないだろう。お前の、だ」


「まあ、その辺は織り込み済みですわよ」


 何だか最近俺の扱いがひどくない?そしてお爺様も。


「ワシだけマッサージを知らなんだとは…」


 ディートヘルム様は未だにいじけている。こっちに来てからギルベルタ様にシカトされ気味で、ちょっとメンタルがよろしくないようだ。物理強キャラは状態異常に弱かったりするけど、そんな感じなんだろうか。


「だけどお爺様は元から若々しくて、そんなに変わらなかったですよね?」


「んほっ、そうか?いやしかし、体にキレが戻った気がするぞい!」


 すぐにご機嫌が治る58歳児。脳筋はこういうところがいい。そして肝心の、これからの方針だけど。


「お母様を味方に付けるつもりでしたが、お祖父じい様お祖母ばあ様までお元気でしたら心強いですわね」


 コルネリウス王国を出て外国へ逃亡…もとい、諸国を旅して回るのに際して、まずは国外に信頼の置ける拠点が必要。というわけで、ディートリント様はお母上とガルヴァーニ家を頼ったということらしい。ガルヴァーニ家が鎮座するジナステラ領には港があり、俺が目指す秋津国とも海路が開けている。


 位置関係をざっくりとおさらいすると、俺たちの住んでいたコルネリウスは大陸の中央にあり、その西隣がグロッシ帝国。秋津ははるか東の島国だが、コルネリウスは内陸にあって直接秋津に渡ることは出来ない。しかしグロッシの南端ジナステラは大きな港町を有し、交易が盛ん。俺が多少もの珍しいものを繰り出しても、「よそから入ってきた」という言い訳が出来るのだ。そして何より、


「交易や海路の通行において、ガルヴァーニには独自の権限がありますわ」


 俺たちはコルネリウス王家とデルブリュック公爵家という後ろ盾があるが、これから先訪れる国によっては国交がなかったり、敵対国であったり。時には訪問や通行に難儀する場面も予想される。その際、海運に強いガルヴァーニ侯爵家の親戚筋という身分がものを言う。交易のあるほとんどの国家に無条件で入れるフリーパスのようなものだ。ディートリント様TUEEEE。


 とはいえ、現ガルヴァーニ侯爵はギルベルタ様のお兄様のご長男、甥っ子さんだ。ディートリント様とは従兄弟いとこ。ギルベルタ様だって叔母ということで、コネとしてはちょっと弱い。そこへ、先々代のお二人が味方について下さった。これは嬉しい誤算だ。


 そして元々ディートリント様が切り札にしようとしていたもの。それは、アレクシス様が解読した(ことになっている)魔法陣だ。もちろん、炭酸水自動生成魔法陣と卓上コンロ魔法陣は到着したその日に彼らに献上してある。これでも首を縦に振らなければ、やはりこれだろう。


「———転移陣ですって?!」


 そう。最初にギルベルタ様がご両親を客間に連れて来られた時、俺たちは人払いをして、転移陣から例の1LDK(改)へと転移した。なお使用したのは、レベル4の転移陣。




          ランペイジングライト

              ↑

レイジングフレイム  ← コ コ → アースクエイク

バイオレントウィンド ←  ○  → レイジングウォーター

              ↓

          ランペイジングダークネス




 これで直径が60センチの穴が開くが、MPは毎分480も消費する。そもそも全属性をレベル4で扱える魔術師なんておそらく俺以外にいないだろう。ちなみに俺も闇属性がレベル5に達していないので、これ以上の大穴は開けられない。


 今でこそレベル3の直径50センチバージョンはアレクシス様、ベルント様、ディートリント様が辛うじて開けられるが、当初ベルント様とディートリント様はレベル2の直径40センチの穴を決死の覚悟で開いて渡って来たものだ。穴も狭いしMPの消費もバカにならない。せいぜい数分開いておくのが関の山のところ、ギッチギチの穴を掻い潜って、帰って来ないアレクシス様を心配して1LDKに乗り込み、そしてアレクシス様同様タブレットモドキの餌食になったのだった。


 それはまあいい。その後彼らは魔術スキルを磨きまくって、レベル3を開けるまでに到達した。


 俺が敢えてレベル4を披露したのには訳がある。俺じゃないと開けられないからだ。これで彼らが俺たちに協力的でなければ、他のレベルの転移陣は公開するつもりはなかった。まあすったもんだの末、彼らは全面的に協力体制に入ったものだから、レベル4は俺、レベル3はアレクシス様たち3名が扱えるというところまで開示した。これは、コルネリウス王家にも承諾を得ている。そもそも今の王様もお妃様(ディートリント様の姉上)も、ガルヴァーニの血縁に当たるからだ。


「あなたたちは、世界征服でも狙っているのかしら?」


 ギルベルタ様はこめかみを押さえながらため息をつかれた。いやいや、世界征服なんて面倒なことやりたくないし。俺はただ、人に邪魔されずに好きなことをやりたいだけだ。すなわち、美味しいものを食べてあったかいお風呂に入り、清潔な寝具で寝たい。後は好奇心のおもむくままに、好きなだけスキルを生やしたい。


 とりあえず、当面の目標は秋津国だ。先日コルネリウス王家経由で米と醤油と味噌が手に入ったが、じきに底をついてしまう。しかも欲しいのはそれだけじゃない。まず何をおいても出汁の元となるものが欲しい。昆布に鰹節、いりこが俺を呼んでいる。


「義母上。クラウスがこういう目をしている時は、誰も止められないのです」


 アレクシス様が遠い目をしている。最近、彼とベルント様の影が薄い。お爺様の圧が凄いからだろうか。


「はぁ…。あなたたちがガルヴァーニの紋章をたずさえながら無謀を犯して、こちらに問い合わせや苦情が殺到するのが眼に見えるようですわ…」


「ほっほ、気にするでないギルベルタよ。クラウス、その辺はワシらがドンと引き受けようぞ」


「先々代様…!」


「うふふ、クラウス。固い呼び方はいいのよ。私たちはジェラルド、ジゼッラと」


 おお、なんて出来た元侯爵夫妻だろう。ディートヘルム様とはまた違ったフレンドリーさだ。


「だがしかし、儂らも世界旅行に同伴させるのだ。良いな?」


「楽しみですわね、あなた♪」


 前言撤回。お爺様とちょっと同じニオイがする。


「っあー、ギルベルタ。そういうわけで…」


 ラブラブの先々代を目の前に、お爺様がもじもじとギルベルタ様と距離を詰めるが、


「さあ、ばぁばが一緒にご旅行ですよ。楽しみですわね♡」


 ギルベルタ様はアロイス様を抱っこして、上機嫌で去って行った。お爺様、ドンマイ。

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