第43話 戦力

 ジェラルド様は個人所有の客船を急遽整備手配するようにと、領都ジュストと港町ギルランダに使いを出した。すごい、一般の豪華客船に乗せてもらうんじゃなくて、プライベートクルーズなんだ。ジェラルド様は誇らしげに「ほっほ」と笑っていたが、ディートリント様には「いつも発想がぶっ飛んでいますのに、そういうとこだけ庶民感覚ですのね」と白い目で見られた。なぜディスられてる?


「海の魔物か、腕が鳴るわい」


 一方で、お爺様はやる気だ。コルネリウスは内陸の国、そしてデルブリュックは他国と国境を接する交易の要衝でありながら、峻厳な山々に囲まれている。何が言いたいかというと、「山の強い魔物とはいつもやり合っているが、海の魔物とも戦いたい」ということだ。そんな彼には、女性陣から俺に向けられるよりもっと冷たい視線が投げかけられている。しかし当のバトルジャンキーは、戦いにワクワクすっぞ状態で気にする風もない。


 しかし何だかんだ言いながら、アレクシス様もディートリント様もベルント様も、自前の杖をさりげなく磨いている。彼らは転移陣を扱う都合上、俺と一緒に魔術スキルを上げて来たもんな。おおっぴらには出来ないが、全員夢の全属性である。海上戦の一番の問題はリーチだ。残念ながら、最もやる気のお爺様よりも後衛タイプの三名の方が活躍しそうである。


 でもそれだと、ギルベルタ様に冷たくされて最近凹み気味のお爺様がちょっと気の毒でもある。俺は彼のために、投擲とうてき武器を用意した。


「お爺様、これなんですが」


 海といえば雷属性。というわけで、俺は石ころほどのオリハルコンを量産した。ずっとインベントリの中でタブレットモドキを自動生成していて在庫がダブついているので、オリハルコンの生産に切り替えたのだ。土魔法で粘土玉を作り、黄玉トパーズに錬金してMPを限界まで込める。結構なMPを食うけど、仕組みとしてはタブレットよりもはるかに単純。そしてMPの総量を上げるために、MP消費は欠かせない。しかし、


「「「馬鹿なの(か)?!!!」」」


 残りの三名に大目玉を喰らった。ええ…安全な航海のために必要な投資だと思ったのに、解せぬ。お爺様に褒めてもらったことだけが救いだ。




 ジュストとギルランダから返事が来るまで、俺たちはここ保養地ニェッキのガルヴァーニ別邸に滞在した。もうガルヴァーニ家を巻き込…抱き込む方向なのだが、家人たちに俺たちの情報をどのくらい開示するかが問題だ。


 王都のアルブレヒト伯爵邸は、使用人のほとんどが俺の奇行を目撃している。忍術の修行、怪しいマッサージ、庭に夥しい果樹を植える、料理人と次々に新メニューを開発するなど。一方で、転移陣とかステータスとか鑑定とか、その辺はアレクシス様やベルント様がぼかしてくれている。ある程度は勘付かれているだろうけど、詳しい内容までは開示していない。デルブリュック公爵邸も同じような感じ。


 それよりもうちょっと突っ込んだ関係なのが、デルブリュック公爵とカール国王、ディアナ王妃だ。俺のレポートが回覧されているからある程度の事情はご存じだし、後ろ盾になっていただいている。しかし身分が身分なだけに、1LDKにご招待したことはない。ほぼ全ての知識を共有する主要メンバーとは、すなわち俺とアレクシス様、ベルント様、ディートリント様。お爺様ことディートヘルム様、奥様のギルベルタ様、それからジェラルド様とジゼッラ様。あとアロイス様も入れて9名だ。彼らを含めてほとんどが「気付いたら仲間になっていた」、いや全ての物事が「気付いたらこうなってた」って感じなんだけど、幸い悪い人に騙されたり命を狙われたりという憂き目には遭っていない。最初に拾って下さったのがアレクシス様で良かった。


 思考が逸れてしまったが、そういうわけで別邸の使用人の皆さんはアルブレヒト伯爵邸の皆さんと同等かそれ以下、いくらかは勘付かれるだろうけど積極的に情報開示しない、という方向となった。魔法陣や新しいメニューなどは、孫夫婦が土産に持って来たというていで。あとジェラルド様とジゼッラ様、ギルベルタ様が若返ったのは、隣国で話題の光属性マッサージらしいということ。この辺はコルネリウスでも徐々に開示しているし、貴族ならば既に掴んでいそうな情報だ。別邸の使用人もほとんどが下級貴族の出、顎が外れるくらい驚いたというより、「噂には聞いていたが凄まじい効果だな」って感じ。そのうちグロッシ帝国でも流行するだろう。


 もちろん、手土産は先々代夫妻にだけではない。クリーンの魔法陣、ドライフルーツ、ハンバーガーやフルーツ牛乳のレシピなど。既にコルネリウスで広く普及しているものは、惜しみなく寄付しておいた。賄賂って大事だ。もちろん使用人の中に悪人が混ざっていないとも限らないが、この辺りならそうそう悪用出来ないだろうし、そのうちコルネリウスから流入するだろうしね。




 そしてもし悪人がいたとして、俺たちはそれなりの戦力を備えている。武勇で鳴らした先代デルブリュック公ディートヘルム様に、魔法大国コルネリウス宮廷魔術師のエース・アルブレヒト魔導伯。奥様のディートリント様も大学院を主席で卒業の腕利うでききの魔術師だ。


 しかしである。


「フハハハハ。堕ちろ、蚊トンボ!」


 ハンドルを握ると性格が変わるタイプのドライバー。ベルント様は、まさにそういうタイプの男だった。指揮棒状の短杖を握れば「レヴィオーサ!」と叫びながら爆炎を操り、剣を握れば「ファルコン斬り!」、投擲武器は何を投げても「螺旋苦無クナイ!」だ。映画やアニメの見過ぎである。当然蚊トンボなんて飛んでない。てかナントカレヴィオーサって、浮遊の呪文だよね?


 彼はタブレットモドキに夢中になり、最新のタブレットモドキを見たいがために全属性のスキルレベルを上げて、転移陣を行き来するようになった。そして睡眠時間を削ってタブレットを閲覧しながら、猛烈な勢いで武術スキルを磨いていった。実はデルブリュック公爵家でお世話になっていた間、俺と一緒にお爺様のしごき…いや、武術スキルのレクチャーを受けていたのはベルント様だ。表向きは、アルブレヒト夫妻の従者としてご夫婦とお子様をお守りするため、なんて言っていたが、実はアニメに出てくるような派手なスキルを会得したかっただけに過ぎない。俺が授業や親方の対応に追われていた間、彼は着実にレベルを上げた。やがてお爺様とそこそこいい勝負をするようになり、必殺技ブームは見事ベルント様からお爺様に引火した。


「なんの!当たらなければどうということはない!」


 筋肉ダルマのディートヘルム様が、見た目からは想像もつかないスピードでベルント様の繰り出す必殺技たちをかわしていく。そして素早く懐に入り込むと、近接武器で恐ろしいほどの応酬だ。


 彼らの手合わせは、いわば示威じい行為である。「この一行にはとんでもない手だれがいるんだぞ」と。長閑のどかなニェッキの高級住宅街に轟く爆音、立ち上る火柱。巻き起こる突風に土煙。これを見て、まさかここに乗り込む馬鹿がいるとは思えない。いや、一番の戦闘馬鹿は彼らだが。


「フッ、ご老公、やりますね」


「バッカもん、まだまだ老いとらんわ!」


 焦げて更地になった庭の真ん中で、二人大の字になって微笑み合う。まるで河原でタイマン勝負した不良みたいだ。


「———と、いうわけで、旅の安全面に関しては、大丈夫かと…」


 ふと我に返ると、アレクシス様がテラスでガルヴァーニ夫妻にそう説明していた。しかし目を泳がせながら。そしてジェラルド様とジゼッラ様が白目を剥いている。だって、見事な庭園が今や無惨な焼け野原だ。


「どうじゃギルベルタ。ワシもまだまだ強うなっとるし、ベルントもこうして」


帰れヴァイ・ア・カーサーーー!!!」


 ギルベルタ様の絶叫がこだまする。もうダメだ。おしまいだ。

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