第41話 ゼクス、ズィーベン、アハト

 困ったことになった。


「それで!それでこのカレーパンというのは!」


「あっはい…ありますけど…」


 先々代ガルヴァーニ侯ジェラルド様が、狼のような食いつき。さっきまでヨボヨボしてたのに。同様に、すっかり耳が遠くなって目元もショボショボしていた奥様のジゼッラ様がルーペを目に挟んで、


「記憶水晶…この大きさならば、これだけで時価数千万ゴールド。それどころか一点の曇りもなく板状に加工なんて…」


 小声でブツブツ言いながら一人宝物ほうもつ鑑定団だ。フリップは用意していない。


「コルネリウスから情報は抜いておりましたが、まさかこれほどのものとは」


 ギルベルタ様もジンジャーエールを味見しながら、炭酸水生成魔法陣をまじまじと見つめている。


「母方は、お金が絡むとみんなこうですの」


 ディートリント様は何杯目かのお茶を、澄まして口に運んでいる。




 この世界の平均寿命は長くない。衛生事情や医療事情、栄養事情もよろしくないし、だからこそみんな若いうちに結婚して子供を儲ける。ギルベルタ様の親世代なんて、ご長寿もいいところだ。熟年離婚だ何だと言われているが、実際のところは両親のつい住処すみかを見舞ったところ、思いの外お達者で現在なお長寿記録を更新中、デルブリュックに帰るに帰れなかったっぽい。


 しかし静かに余生を過ごしていたはずのご長寿夫妻が、息を吹き返してしまった。食パンロールパンはともかく、アンパンにカレーパンにメロンパン。それどころかおにぎりに天丼、カツ丼。食と文化の先進国グロッシが、まさか魔法しか取り柄のない隣国コルネリウスに後塵こうじんを拝するなど。


「高価な香辛料を惜しげもなく使い、尚且つ庶民の揚げ菓子のように仕上げるなど…!」


「リンダ。コルネリウスには水晶鉱山はなかったはず。これをどこで?」


 鉱山資源が豊富な山岳地帯から嫁いだジゼッラ様は、人でも殺せそうな眼光をディートリント様に向ける。まるで猛禽だ。


「飲料の中に氷を生成した後、風魔法で細かく砕くまでがワンセット。しかも使用者の属性を選ばないなんて…」


 ギルベルタ様は豹のようなしなやかな手つきで、シェイクチーノのグラスをなぞっている。彼女の視線の先はアレクシス様だ。しかし、


「全部この子ですのよ」


 ディートリント様のキラーパス。その瞬間、六人目、七人目、八人目のメンバーが爆誕した。




 まあ、俺の秘密を知る人は多くないが少なくもない。故郷の村人もそうだし、アルブレヒト邸の皆さん、デルブリュック家の皆さん、王家の皆さん、ドワーフの親方たちもそうだ。しかし、仕組みから何から洗いざらいとなると、俺を含めてこの八人が主要メンバーってことだろうか。


「なるほどこれは、コルネリウスに探りを入れても掴めないわけですわね」


「書状にも書けませんし、ならば直接ジナステラに足を運ぶしかなかったのですわ」


 なおここは故郷の村の近く、例の1LDKを改造したリビングである。さすがに大人三人の加入には耐えられなかったので、客間だったスペースを改装してぶち抜き、使われていなかったコタツを集めて「お正月に親戚が集まった田舎の実家」風にしてみた。元は王都のアルブレヒト邸を模して作ったのに、もはや原型を留めていない。人の近寄らない崖を改造して認識阻害で隠してあるとはいえ、ここは村の近くだし、いつ村人に見つかるとも限らない。どうせ転移でしか出入りしないし、そのうち外側だけ完璧に崖にカモフラージュして、中身を好きなように要塞化しよう。


「転移陣…こんなものが世に出れば、大混乱になるわね」


「だからこそ母上のお知恵をお借りしに来たのです」


 現在こっちのコタツには、ディートリント様とギルベルタ様、そして先々代ご夫妻と俺の五名。そしてもう一つのコタツにはアレクシス様とベルント様、お爺様とアロイス様。アロイス様を抱っこしてご機嫌のベルント様と、こっちの俺らに目を合わせようとしないアレクシス様、そしてギルベルタ様にチラッチラッと視線を送るお爺様。こっちの深刻な雰囲気は苦手だ、俺もあっちに行きたい。しかし、


「「なにを他人事みたいな顔をしているのです!!」」


 同じ顔をしたディートリント様とギルベルタ様にぴしゃりと叱られた。解せぬ。


「解せぬ、って顔をしてますわね。憎たらしいですこと」


「まあリンダ。彼は金の卵を産むガチョウよ。私たちが上手に飼育…保護して、丁重に扱わなければ」


 ギルベルタ様、今、飼育って言ったな。


「それよりクラウス君。このラーメンなるものは」


「それはスープパスタのようなもので、現在研究中でして」


「ちょっとこのナイフ!アダマンタイトではなくて?!」


「ああ、珍しい鉱物の中ではアダマンタイトが比較的作りやすくてですね」


「リンダ。あなた、とんでもないものを拾って来ましたのね…」


「あらお母様。拾ったのはアレクですわよ」


 なんだかわちゃわちゃしているこっちの卓に、向こうから捨て犬のような視線。いたたまれない。お爺様ドンマイ。




 さて、人払いした客間から転移して、ずっと元1LDKに居座っていてはガルヴァーニの別邸の使用人たちに怪しまれる。俺たちはキリのいいところで別邸に戻り、その夜はお近付きのしるしに俺が腕を振るうことにした。てか、腕を振るうと言っても材料を切るだけだ。そう、伝家の宝刀すき焼きである。


「卵を生で食べられるだと?!」


「卓上で調理するのですか!」


「それを可能にしたのが、夫の開発した魔法陣ですの」


「「なんと!!!」」


 使用人たちに向け、ガルヴァーニさんたちには猿芝居を打ってもらった。魔法陣は、既にコルネリウス王国でアレクシス様の功績として公開済み。はるばるディートリント様たちが訪ねて来たのは、この魔法陣を手土産に持って来たというていを取っている。しかしこれが芝居とはいえ、当のガルヴァーニ夫妻とギルベルタ様———特に美食の権威として知られたジェラルド様は、目の前でぐつぐつと煮えたぎる肉と野菜、そして文化的に受け入れがたい生卵を前に興味津々だ。


 取り分けた肉と野菜を卵に絡め、恐る恐るフォークで口に運ぶ。その瞬間、彼の眼はカッと見開かれた。


「ブオーーーノッ!!!」


 杖をつき、普段使用人に歩行介助を受けている先々当主がガタリと勢いよく席を立つ。そして大きな音で拍手を始めた。その様子を見て、使用人の皆さんが拍手に加わる。決して大きくない晩餐の場が、拍手の渦に包まれた。


「卵を生で食すという原始的プリミティボ洗練されていないノン・ソフィスティカート調理法と、異国風イゾーティコの甘辛い味覚との狂おしいほどの調和アルモニア。これぞ大いなる発明インベンツィオーネ!!」


 なんか偉い人が食レポすると、それっぽく聞こえるな。


「あら…わたくしはこのドロッとした口当たりが我慢なりませんわ」


 ジゼッラ様はナプキンで口を押さえている。仕方ない、ならば早々にこのカードを切るしかあるまい。うどん、召喚。


「まあ!タリアテッレよりも太いパスタが、肉汁と絡まって…」


「濃い味付けと太いパスタが合うのを計算してましたのね」


「パスタなら半熟卵と合いますわね!」


 女性陣はくるくると上品にフォークに絡めてうどんを堪能している。やっぱ鉄板だな。しかし、以前から俺の料理に慣れ親しむアレクシス様とベルント様は一味違う。


「うっっっま!やっぱご飯が一番だね!」


「キンキンのエールが一番です」


「一番よのう!」


 器用に箸を使いこなし、ご飯にバウンドしてカッ込むアレクシス様、そしてジョッキでゴッゴッとエールを干すベルント・ディートヘルムペア。こちらの世界で売られているエールも、魔法陣の上に置いて魔力を注げば強炭酸のキンキンビールに早変わりだ。この魔法陣を公開したところ、忙殺されていた氷属性と風属性の魔術師からいたく感謝された。アレクシス様が。しかし忙殺される原因を作った(とされる)のもアレクシス様だから、とんだマッチポンプだ。


 なお、アレクシス様の隣でアロイス様も器用に箸を使ってすき焼き丼を堪能なさっている。彼が既に「英才教育済み」というのも少し頷ける。———てか、アロイス様もカウントすると九人では?


 ぼんやりとそんなことを考えながらすき焼きを口に運ぶ俺のことを、ギルベルタ様とディートリント様がジト目で見ている気がするが、気にしたら負けだ。気のせい、気のせい。

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