第36話 手土産
思いがけずアダマンタイトが手に入り、そこからミスリルに加工するのはあっという間だった。包丁で豆腐を切るように、普通に錬金術でミスリルに変わった。しかしどっちかというと、アダマンタイトの方が希少で鉱物としての能力も高く、下位互換の感が否めない。まあ、ミスリルの方が
オリハルコンは、雷属性を込めた
問題はヒヒイロカネで、火属性と水(氷)属性とのことだったが、これは魔力を込めた
とにかく、ファンタジーで出て来そうな金属を、これで4つ作ることができた。こんな金属で属性剣を作ったら、そりゃあ人気が出るはずだ。
「君はそれで、そのドワーフに弟子入りするつもりかい?」
ふいにアレクシス様が俺に聞いてきた。せっかく希少性の高い金属が手に入るようになったのだから、鍛治の技術も身につけてみたい。ただ、鍛治に人生を費やす気はないので、できれば彼と懇意になって、鍛治を任せられれば、と思う。素直な気持ちをアレクシス様に吐露すると、
「だよね!君は鍛治よりも魔法の方が好きだもんねぇ」
なぜかアレクシス様が上機嫌だ。そうだ、忘れていたが、この人はクリーンのスキルの噂を聞いて、辺境まで飛んできた魔法バカだった。とりあえず、デルブリュックさん
「じゃあ、ドワーフを仲間にするなら、手土産を用意しないとね」
アレクシス様に言われて用意したのは、王都で売られているいくつかのお酒。そして辺境の村で飲まれている、どこにでもある地酒。葡萄や蜂蜜を素人が発酵させたヤツなので、美味しいかどうかは分からないが、農家の庶民の味ということで。
アレクシス様によると、ドワーフには酒精の強い酒が好まれるということだが、この世界にはまだ蒸留酒は存在しないらしい。異世界の物語によくあるように、いつか蒸留器をこしらえて、強い酒を売り出したらバカ売れしそうだ。
そういえば、ぼんやりとしか覚えていないが、日本には「ホッピー」なる飲み物があったと記憶している。チューハイなどもそうだ、飲み物に強い酒精を加えて飲むヤツ。ならば、強いアルコールがあれば喜ばれるんじゃないだろうか。
ということで、次に親方に訪問する時、錬金術でエタノールを作って持って行った。自ら酒が作れるとか、本当に錬金術である。焼き物の瓶を、水魔法で水を満たし、錬金術でエタノールに変える。鑑定しても、エタノールと出るだけで、毒性などは検出されなかった。
親方はことのほか手土産を喜んだ。人族よりもはるかに長命なドワーフ族、さすがに王都で流通している酒はほとんど知っていたが、農民の間で飲まれている素朴な酒に舌鼓を打っていた。「こういうのは、美味い不味いじゃねえ、その土地の酒はその土地の命が籠もってんだ」とのことである。そして恐る恐る錬金術で作ったエタノールを出すと「なんじゃこれは!!!」と言って立ち上がった。
「こんな美味い酒を飲んだことがねぇ!!!」
そう言って、瓶のままグビグビと飲み干してしまった。おいおい、それはエタノール…もし酒に物足りなければちょっと足してみてね、と説明したかったのだが…
「おい小僧!これどこで買った!」
胸ぐらを掴まれて揺さぶられた。やめてやめて、中身出ちゃうから。
エタノールは彼のハートを鷲掴んだ。俺は咄嗟に、アレクシス様が蒸留の研究をしている、と言い訳してしまった。ごめんアレクシス様。
親方は「こうしてはおれん」ということで、アレクシス様に面会を申し出て、蒸留の研究の道を志すことになった。工房は弟子に引き継ぎ、そのまま運営されるそうだ。
俺は急いでデルブリュック城に戻り、アレクシス様に事の顛末を告げると、アレクシス様は頭を押さえながら了承してくれた。そして急遽、蒸留の仕組みの説明と実験を行うこととなった。蒸留自体は魔法の研究でも行われるが、お酒から酒精を取り出す理論が既に存在して、割と単純な仕組みでかなりの濃度で取り出せることにワクワクしていた。普段、王子然とした外見で飄々としている彼が、「楽しいねぇ、クラウス!」と目を輝かせる、こういう子供っぽいところが、ディートリント様を釘付けにしたのかもしれない。間もなく彼らの間には子息が誕生する。
なお、エタノール騒動のおかげで、伝説の金属について親方に相談することはできなくなってしまった。ついでに、親方の工房について来たお爺様は、俺が見たこともない酒を揃えて来たのを見て「ワシには何もないのか」とぶんむくれ、後でエタノールを分けると一口飲んで吹き出し、その後エールに入れて飲むのにハマり、べろんべろんに酔ってご長男の奥さん、現公爵夫人のエデルガルト様に叱られていた。
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