第37話 蒸留
早速親方はアレクシス様に面会して、蒸留の仕組みを教わった。蒸留の仕組み自体はそう珍しいものでもなく、魔法使いや薬師が何やらグツグツ煮ている、という認識のものである。この世界の人たちは、まだこれをアルコールの分離に利用できるということに結び付かなかったというだけだ。大まかな仕組みさえ理解できれば、後は試行錯誤あるのみ、親方は大急ぎで工房へ帰って行った。
アレクシス様たちは、冬休みを終えた子供たちと共に王都へ帰って行った。彼らは雪に閉ざされた辺境経由ではなく、大きく迂回して雪の降らない山脈の反対側を通って行く。もちろんアレクシス様たちは、彼らの馬車の一行について行っただけで、馬車からいつでも王都の
俺はといえば、午前中は公都の小さいお子様方と基本の基本からの貴族教育。午後は親方の工房に赴いて、鍛治の修行と称して蒸留の実験の見物である。親方とお爺様は、蒸留器をああだこうだいじりながら、雑談したり酒盛りしたりしている。エタノールを提供する自分も悪いのかもしれないが、激しくせがまれるのだから仕方ない。ドワーフの親方はいくら飲んでも嘘のようにケロッとしているのに、お爺様は毎回潰れてエデルガルト様に叱られている。
蒸留器の仕組み自体は簡単なものなのだが、一番のネックは、蒸気を冷ますパイプのところだ。ガラスだと中身が見やすいが、この世界のガラス産業は未発達で、脆くてすぐに割れてしまう。かといって金属では、どうも今ひとつしっくり来るものが作れないようだ。そうだ、熱伝導に優れたヒヒイロカネならどうだろう。
「親方、これでパイプって作れませんかね」
ある日俺は、鉄アレイ2個分くらいのヒヒイロカネを作って工房に持って行った。親方は
「おめえ!!なんつーモン出して来るんだ!!!」
と血相を変えた。なんでも、あの剣は国宝級、ここにあると知れたら大騒動になるブツらしい。その剣を一振り作れるだけのヒヒイロカネなんて、それこそ城が1つ買えるどころの騒ぎではないらしい。
「えーっと、アレクシス様の極秘のルートで…」
伝家の宝刀、アレクシス様の極秘ルート。すべて彼になすりつけるに限る。蒸留を彼に教わった親方は、ぐぬぬと黙って、それを受け取った。
「上手く蒸留器が出来たら、アレクシス様にも一台プレゼントしてあげてくださいね!」
えへへ、と笑っておいた。俺の秘密を色々と知っているお爺様は、ジト目で俺を見ていた。
かくして、間もなく蒸留器の試作品が完成。ヒヒイロカネは熱伝導、温度の変化、靭性に優れ、原始的な作りではあるけれど、スムーズに大量の蒸留を可能とした。ヒヒイロカネをそのまま市場に流出させるわけにはいかないので、これをもとに改良を重ね、他の金属で蒸留器が作れるようになったら、大量生産して売り出す予定である。ヒヒイロカネ製1号は親方の工房の奥で自家製の蒸留酒作りにフル稼働、2号はアレクシス様に献上された。「蒸留した酒を樽で寝かせると美味しいそうですよ」と進言すると、「何じゃと!」ということで、次は樽を買って来たり自作したり、という方向に進んでしまった。この工房はもうすぐ酒造工房になるんじゃないだろうか。
そうこうしている間に、俺は鍛治のスキルをゲットした。お弟子さんの作業の様子を見学し、工房の片隅で見よう見まねでハンマーを振るっていたら生えて来た。この工房で一連の作業を学習したら、そのうちナイフでも打ちまくって、勝手にレベルを上げて行こうと思う。
8歳の冬は、こうして過ぎて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます