第32話 ドワーフ族

 この世界に来て、初めてのドワーフ族との邂逅。胸熱である。


「坊ちゃん、この坊主は」


「ワシんとこの孫じゃわい。末の娘のな」


「ああ、あの嬢ちゃんもそんな大きくなったかい!」


「まあ、猶子ゆうしっちゅうヤツだがな」


 ワッハッハ。和気藹々と馴れ合うムキムキオッサンたち。それを鼻息荒く見つめる俺と、ちょっと引いて見ているエーミール様。帰りたそうだ。


「ところで、これなんじゃがの」


 爺様はエーミール様から受け取った皮袋の中身を、カウンターにブチまけた。


「この孫のクラウスが手習いで作った暗器なんじゃが、これを打ち直してはもらえんか」


 むふん。まだ幼かった孫が作ったもんじゃが、ど、どうじゃ?と顔に書いてあるお爺様だが、一方で親方の顔色が変わった。苦無くないの一本を手に取り、右目にアイルーペを挟み、角度を変えながら検査を繰り返している。そして、重々しい声で絞り出した。


「坊主…一体これをどこで手に入れたんだ…」


 え。何か問題ありましたでしょうか。いや、4歳ん時に作ったもんだから、作りが甘いのは仕方ないと思うんですが


「そうじゃねぇ。この鉄よ。4年も経つのにサビの一つもねぇ。こんな純度の高ぇ鉄、この世に存在するとは思えねぇ」


 ルーペを外した親方は、呆然とした様子で、机の上の投擲武器を眺めていた。


 ヤバい。ただ「鉄にな〜れ☆」って錬金しただけで、鉄の純度なんて考えてなかった。失敗したなぁ。そういえば、なかなか錆びないなぁって思ってたけども。妙な空気になっちゃったなぁ。


「坊主…一つ聞くが、この鉄、まだ手に入るのかい」


「えっ」


「よければこの鉄、全部買取らせてもらいてぇ。値段は言い値で構わねぇ。」


「はっ?」


「この見たこともない純度の鉄、これを指くわえて見逃す鍛治師なんていやしねぇ。強くしなやかで折れない武器、欠けない歯車、いつまでも正確に動き続ける精密機器。コイツがありゃ、その夢が叶うかも知れねぇ…!」


 今度は親方の鼻息が荒くなってきた。勢いに押された俺たちは、「お、おう」ってなってる。


「えっと、これらはお譲りしますが、エーミール様の…」


「そうかそうか!譲ってくれるか!!!」


 がっはっは。びっくりするような大声に、俺たちだけでなく、工房にいるお弟子さんたちもビクってなったのが見えた。


「えっとじゃからの、打ち直しっちゅーか、手直しを」


「おお、そうじゃったそうじゃった。こんなもん、ちょちょっと作り直してやるわい。数と形からして、消耗品じゃろ?一本一本鍛造たんぞうせんでも、型ぁ取って鋳造ちゅうぞうして、そっから磨いて仕上げたら良かろ。三日あればこの三倍は作ってやる」


 ありがとうございます。いや、三倍も作ってもらっても、エーミール様そんなに持って行けないよね。あ、お爺様が自分の分にする。そうですか。


「ところで坊主、この鉄の代金はどうするね。金貨600枚くらいなら即金で融通するが、それ以上はちと待ってもらえんかのう」


「いえ、手裏剣と苦無を作っていただけるならお代なんて結構です。こんなのいくらでもあるんで」


「いくらでもだと!!!」


 あ、しまった。




 とりあえず、ここでインベントリから出すわけにはいかないから、また後日持ってくるという話になった。お爺様とエーミール様は、俺が転移陣から移動してくることや、アイテムボックスを持っていることは知っているので、アイテムボックスから出してきましたていを取ることはできるが、部外者には教えない方がいいだろう。また、鉄の出どころは「アレクシス様に口止めされているから」ということでかわした。アレクシス様ごめん。親方も、「これだけのシロモノの出どころ、流石に明かせねぇか」と納得してくれた。「5人目」のメンバーであるお爺様は薄々勘づいていたようだが、いかに脳筋とはいえど彼も前公爵、迂闊に顔に出すようなことはしない。今日のところは手裏剣と苦無を作ってもらう約束をして、工房を後にした。


「お主、あの親方に気に入られたようじゃの」


 お爺様はそう言ったが、渋い表情をしている。


「そうなんでしょうか」


彼奴あやつは気に入ったらしつこいぞ。覚悟せねばなるまい」


 その昔、彼は先々代の公爵、つまりお爺様のお父様が若い頃、一緒に冒険者パーティーを組んでいた仲間なのだそうだ。戦士としても鍛治師としても一流のドワーフなのだが、ひいお爺様を気に入り、この地に腰を据え、工房を構えて50年。ひいお爺様は亡くなったが、お爺様のことを今でも「坊ちゃん」と呼んで可愛がってくれているらしい。外見はお爺様より若く見えるが、御歳おんとし102歳。ドワーフ族は人族よりずっと長生きらしい。ドワーフ族にしてはまだ中堅といったところで、未だにお爺様にパーティーを組んで冒険に出かけようと勧誘したり、気に入った人間は弟子入りするように熱心に説得するそうだ。強引とも言う。情に厚く義理堅い、気の良いドワーフなのだが、「とにかくしつこい」とのことである。


 それなら、それを逆手に取って、この際鍛治でも学んでみてもいいかもしれない。俺はこの時、親方のことを軽く考えていた。

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